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荒廃した街で、退廃した俺たちは  作者: つくたん
襲撃の始劇の章
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襲章 恨撃

復讐を。と頭領である男は爪を噛んだ。

手段は問わない。とにかくヴァイスの人間を殺せれればいい。そのために仲間も何も犠牲にすることを厭わない。無関係の一般人ですら巻き込んで構わない。

とにかく殺せ。ヴァイスを殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ。

無限に続く怨嗟が聞こえる。それは今まで犠牲になった者たちの断末魔だ。自分の犠牲は無駄にはなりませんよね、と犠牲になった者たちの声が聞こえる。どれだけ骸を積み重ねてもいい。だから、復讐が成るまで止めることはしませんよね。亡霊がそう囁いてくる。

その囁きを掻き消すように、からん、と鐘の音が聞こえる。まるで葬儀の列のように、深い闇の中に鐘が鳴る。そんなイメージが脳裏に浮かぶのだ。

これは犠牲になった者たちの鎮魂なのか。積み重ねた犠牲に苛まれる罪悪感が生み出した幻覚か。ぎり、と爪を噛む。血が滲んだ。この一滴の血も復讐の糧となる。

「あぁ、ボスったらまったく何してンだか」

薄汚い白衣が視界に割り込んだ。鎮静剤だと言われて錠剤を飲み込んだ。目眩で揺れる思惟がはっきりしてくる。

「…すまない」

「やー、いいですよ。こっちこそ席外してスミマセンね。実験のデータを採取したかったモンで」

復讐に燃える一団を率いるのは心労がたたるものだろう。何せ復讐心が結託の理由だ。少しでも手綱を緩めれば暴走して崩壊する。そうならないように手綱を握り、暴走しないように宥め、かつ完全に鎮静しないようにする。集団の感情を制御するなど難しい話だ。こうして鎮静剤を多用するのも仕方ない。

同情しながら、征服者(ヴィクター)の科学者である彼はクリップファイルに挟んだ書類にペンを走らせる。実験で得た情報はどんな些細なことでも即座にメモしなければならない。

そろそろ身の振り方も考えるべきかもしれない。この件で征服者(ヴィクター)は完全に崩壊する。あの程度でヴァイスが全滅するはずがない。襲撃された拠点も防衛が済み、周辺に潜む幹部級も一級が迎撃しているだろう。あとはこちらを潰すだけ。

そうなれば"零域"を開発した科学者である自分は間違いなく殺される。それは非常に困る。まだまだ研究したいことはたくさんあるのだ。征服者(ヴィクター)のひとつやふたつ、どうなっても構わないが、研究は続行したい。こんなところで死ぬわけにはいかない。

幸いにもヴァイスに反目する集団はそれなりにいる。そのうちどれかに適当に引き入れてもらえばいいだろう。そしてそこで実験を続ける。

「うーむ」

はるか昔、"大崩壊"より前の時代。大陸に覇を唱える国があったのだという。栄華を極めたその国には脅威などなかった。外交も内政も落ち着いていて、脅かすものは何もなかった。

しかしそれが一晩のうちに滅びた。何があったのかは語り継がれていない。だが、一晩でその国は化物が闊歩する国と成り果てたのだという。

一体何があったのか。伝承として語り継がれている難解な文章しか答えはなかった。暗号のようにありとあらゆる暗喩が用いられた、一見童話にしか見えないそれ。

それを読み解き解釈を重ね、科学者故の探究心で調べた結果行き着いたのがとある薬の存在であった。薬、あるいはそれに相応するものなのだろうというところまでは理解した。だがそれ以上がわからない。材料も製法も。

その薬学にもっと近付きたい。古代の技術を復元したい。それが科学者である彼の望みであった。その望みは"零域"として人間の努力の結晶となった。だが、あの程度では足りない。伝承ではもっと凄まじいもののはずだ。まだ研究が必要だ。

きっとあの"蛇の魔女"とかいうヴァイスの薬師だって同じことを夢見ているはずだ。そう彼は信じていた。だから彼女は同業者でありライバルだ。今は一歩先に進まれているが、彼女などに絶対に負けるわけにはいかない。あの女に解析される程度の薬では伝承のものに到底届かない。

「まだまだっすよ」

だから実験する。何度でも理論を組み立てて実証する。伝承の真実に到達するまで。

かつては魔力がありふれ、武具が当たり前の世界だった。民間人ですら包丁の代わりにナイフに変じる武具を使い、水汲みの代わりに水を生み出す武具で水資源を確保した。調理のため火をつけるのですら武具でだ。今の時代、ただ火を起こすものですら我々が使えば一国を滅ぼすと言われている武具を、日常で当たり前に。

そんな世界での兵士にあたる者たちはより強力な武具を持っていたに違いない。それが一晩で滅んだのだ。いったいどれほどのものだっただろうか。

それを再現し、手にすることができれば自分は最高の科学者になれる。

砂を掻く努力を見せてやろう。彼はうっそりと笑った。

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