襲章 斬撃
捌尽は相当機嫌が悪かった。
「ちょこまかとよく動くね」
苛立ち紛れの刀がまた空振る。大人しく斬られてくれればいいものを。捌尽の苛立ちは斬撃を空振るごとに増していく。
捌尽が相手にしているこの少女、とにかく素早いのだ。軽い身のこなしで捌尽の刀を全回避する。着ているというより着せられている服の裾さえも捉えられない。
「むり。おまえ、きれない」
捌尽と相対する少女はぎこちない言葉遣いでそう言い放つ。喋った隙を突いて刀を横に薙ぎ払うものの、やはり虚しく空を切る。やはり速い。武具らしいものは持たず、白いワンピース一枚だけの出で立ちの少女。おそらくこの速さこそが少女の武器なのだろう。捌尽のわずかな視線の動き、刃の向き、筋肉の動き。それらを見て瞬時に回避行動に移っているのだ。
殺意、敵意を感じたら反射的に避ける。そうできるように訓練されたのだろう。戦いにのみ特化し、それ以外は動物としての最低限を残して斬り捨てた。そうして作られた野生児。
「確かに、僕の攻撃は当たらない」
それは認めよう。これだけ当たらなければ認めるしかない。
でも、と言いさした捌尽の視界から少女が消える。大きく跳躍して背後に回り込んだのだ。両手にそれぞれ装備されたパイルバンカーが背後から捌尽を狙う。完全に死角からの攻撃だ。
だが、初めから打ち合わせていたかのように捌尽はその攻撃を避けた。
「…でも、君の攻撃も当たらない」
軽く屈めた身体を起こす。
反射だけで避けるという芸当、一級であれば誰でもできる。訓練されるまでもなく、死地に身を置けば自然と身につく技能だ。そんな簡単なことをわざわざ訓練するだなんて。他の機能を削ぎ落としてまで。
「滑稽だよ。あぁ、難しい言葉はわからないかな?」
つまりは、と捌尽は言い直す。
「馬鹿ってこと」
「っだまれぇええええええええええ!!!!!!!」
獣の鋭利な爪に似たパイルバンカーを振りかざし、野性の動きで捌尽に詰め寄る。間合いに入り次第力任せに振り下ろす。巨獣の殴打にも等しい威力で繰り出される一撃。捌尽はそれらを難なく避けていく。
回避に特化したぶん、それ以外の能力は極端に低い。攻撃は単調だし挑発にも乗りやすい。そう分析した捌尽は距離を測り機を図る。そして、謀る。
「このっ、このぉっ!!」
手当たり次第に振り回すような動き。上から下に叩き下ろすだけの単純な動作。ということはこうしてやればいい。手近にあった木箱を蹴り上げる。そこにパイルバンカーが叩き下ろされる。木片が散り、爪が食い込んだ。がっちりと食い込んだ爪は簡単に抜けそうもない。
「単純で助かるよ」
食い込んだ爪に気を取られ、木片に視界を奪われ、見失った。それが敗因。捌尽の刀が少女の喉を貫いた。そのまま横に薙ぎ払って断ち切った。
「足りない」
死体となった少女を見下ろし、捌尽は呟いた。
これでは何のために霜弑と離れたのか。この程度ではまったく足りない。
「おかわりはないの? ねぇ。焦らさないでよ」
捌尽が苛立っているのは恋人と引き離されたからではない。一緒にいると危険だからと、あえて離れたのだ。戦闘に巻き込まれることではない。
危険なのは。
「僕は僕をもう止められないんだから」
撃滅の戦鬼がここにいるからだ。




