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荒廃した街で、退廃した俺たちは  作者: つくたん
襲撃の始劇の章
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襲章 砕撃

一方、水葉は女と対峙していた。

「女性相手なんてやりにくいですよ」

困ったように口を尖らせる。もちろん大嘘だ。どんな見た目でも魔力持ちは魔力持ち。油断すればやられる。使い方さえ知っていれば、ようやく立って歩ける程度の幼い子供でも国ひとつ滅ぼすことができる。それが武具だ。まったく、往古の時代、こんなものがありふれていただなんてとんでもない。

「アタシだってぇ、ガキ相手なんてやぁよ。ガキなぁんてぇ、殺したらぁ、目覚め悪いじゃなぁい?」

ねちっこさをはらんだ口調で女は赤毛を掻き上げる。怒った瑶燐も冷静さを保つためにあえて語調を伸ばすが、それとは別種の間の伸びだ。粘って絡みつくような、媚びるような。はっきり言って。

「不愉快ですね。この年増」

さらりと言ってのける。子供と言われたのだからこの程度意趣返しのうちだろう。

厚化粧の顔がひくりと引きつった。

「ガキのくせにぃ、勝てるとぉ、思ってんのぉ?」

後ろの雑魚に助けてもらってもいいのに。よく伸びる語調で、女は水葉の後ろに控える二級以下を指す。雑魚と呼ばれたことに黄炬の眉がぴくりと動いた。

「えぇ。まぁ、後ろのは戦力に数えてないので」

戦闘に巻き込まれないよう距離を取り、水葉の後ろにいるのは黄炬をはじめとする数人。どれも手負いだ。黄炬自身もここまでの移動の不注意でかすり傷を負っている。

ならば比較的傷もなく、消耗していない水葉が一瞬で片付ける。後ろにいる中で一番動けるだろう黄炬は、その他の護衛だ。

「さぁーすがぁー。一級サマはぁ、ガキでも一人で大丈夫ってぇ?」

「えぇ、そう言ってるんですよ。理解が遅いですね、この年増」

最後をことさらに強調して言い返す。一度ならず二度までも年増呼ばわりされたことで、女のこめかみに青筋が浮かぶ。

どうせならその血管を切ってやろう。もう一度、年増と呼びつけてやる。厚化粧が歪んだ。

「このクソガキ…!」

彼女の足元の地面が不自然に隆起する。ぐらり、とこの辺りの地面全体が揺れる。

「年増のヒステリーって怖いですよね」

わざとらしく溜息を。呟いた一言が女の怒りをさらに煽る。

「死ねぇええええ!!!!!!!!!」

隆起させた地面を鋭く尖らせ、地面から突き出す。足元から突き出る円錐形の棘が水葉を一直線に狙う。土くれの棘は水葉を貫くため突き進む。

それを見、水葉は借り物を決めた。

「瑶燐、"借りますよ"」

異性攻撃禁止。呟きに合わせて出現した不可視の壁が棘を止める。貫こうとした棘は水葉に届く寸前でぼろぼろと崩れ去っていく。

そして水葉は瑶燐からの借り物を返してすぐさま反撃に移る。

「お返ししますね」

年増、と口の動きだけでそう言って、水葉の"ドッペルゲンガー"は彼女の能力を真似る。地中から突出する円錐状の棘を"借りる"。

本来のものより僅かに速度と精度に劣るそれは真っ直ぐ彼女へ向かう。しかしその反撃は予想していたのか、嘲るように女の口端が上がった。女の太い指に着けられた指輪が光る。

「自分のにぃ、やられるわけないでしょぉ?」

水葉の放った棘は、同速同質量の棘でもって相殺される。見事に打ち返した女は見せびらかすように両手を広げる。左右にそれぞれふたつの指輪。すべて武具だ。

「アタシはぁ、これ、ぜぇーんぶ発動できるのよぉ?」

つまり彼女はこの4つすべてを使いこなせるということ。

魔力と武具の適性という都合上、ひとりが扱える武具は2つか3つが限界だ。それは誰でも変わらない。左右の手でそれぞれ別の絵を描くに等しいといわれるほど複雑だ。

それを彼女は4つも扱える。太ましく肥えた醜い見た目以上に、彼女はすごいということだ。

否。何か仕掛けがあるんだろう。女の魔力を感じ取り、水葉はそう判断した。複数の武具を扱うという割には、感じられる魔力が弱い。

「…で、たった4つが何でしょう?」

そもそも、複数扱えるということが自慢になりはしないのだ。水葉はそれを凌駕する。"幻惑"と呼ばれる謂れだ。

"ドッペルゲンガー"のレパートリーは何百にも及ぶ。それは何百という武具を扱えるのと同義である。それを前にして、たかが4つが自慢になるはずがない。

「でもぉ、真似っこできるのはぁ、1個でしょぉ?」

同時に複数は発動できない。いくらレパートリーが豊富でも結局はひとつを相手しているに過ぎない。

だが自分は違う、と女は指輪に魔力を込める。火球と水球が傍らに浮かぶ。風に煽られ髪をなびかせる彼女の足元で地面が隆起する。

「アタシはぁ、この4つを同時に発動できるのよぉ?」

その光景を見て、あぁ、と水葉は得心がいった。成程、そういうことか。

あの4つの武具は独立していない。4つで一揃いなのだ。つまりあの女は結局ひとつの武具を扱っているのだ。本人は複数と勘違いしているようだが。

いくつかのパーツで一揃いという武具は存在している。瑶燐の"ジャッジ"がそうだ。能力を発動するぶんには1枚で構わないが、数枚の銀のプレートはあれで一揃いだ。

女の指輪も、ひとつひとつに地火風水の属性が割り当てられているだけのものだろう。

「さくっと片付けましょう」

タネがわかれば問題ない。シンプルなやり方で、速攻で片付ける。作戦の提案者が一番に突破できなくてどうする。

「南、終わったわよ」

意気込んだ水葉の耳に飛び込んできた通信。残念。先を越されてしまったか。瑶燐の手腕に舌を巻く。法で禁じて災いで呪う戦術上、最も時間がかかると思っていたのだが。

「それならまた"借ります"ね」

先駆けた瑶燐にあやかるとしよう。水葉の手の中で"ドッペルゲンガー"が形を変える。

「"異性攻撃禁止"!」

銀のプレートに変じたそれを空高く放り投げる。絶対法が敷かれる。と思いきや。水葉の顔が悪戯を実行する子供のように歪む。

「なんて、ね」

銀のプレートの形を取る"ドッペルゲンガー"がその形を崩す。板は棒へ。サリッサへ。

複製された"スティンガー"はオリジナル同様、いくつもの銀槍に分裂する。雨のように降り注ぐ。

頭を、胸を、文字通り全身を貫かれ、女だったものは崩れ落ちる。

「"借りました"よ、無名」

サリッサの形を失い、無形の霧に戻る"ドッペルゲンガー"を見て、水葉は呟いた。

借りる者の礼儀として、事後承諾とはどうなのだ。そう言いたげに眉をひそめる黄炬に水葉はさらりと言い放つ。

「いいんですよ、あんな奴」

刺々しく言い放った水葉は通信端末に囁く。東、終わりました、と。

これで残りは霜弑と捌尽だ。霜弑はともかく、問題は捌尽だ。捌尽の相手をするであろう征服者(ヴィクター)の人間に心底哀れんで呟いた。

「可哀想に。人の形が残っていればいいんですけど」

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