襲章 細撃
「忸王さん!」
叫ぶ声より先に忸王は反応していた。傍らに置いたレイピアを掴み、振り下ろされた爪の一撃を受け流す。
異形が相手だ。受け止められはしない。レイピアでは刀身が細すぎて正面からのぶつかり合いには適さない。
それに異形と忸王とでは体格の差が大きい。そう。単純な力では絶対に負ける。だから忸王は力ではなく技を身につけた。
忸王が剣を手に取るのは奪うためではなく守るためだ。
力でも速さでも他に劣る忸王が習得したのは、弱点を的確に貫くレイピアだった。
風をまとい、それを衝撃として放つレイピア"ディアボリーグ"。繊細な剣技でもって忸王はすべてを守ろうと奮闘する。故に忸王はこう呼ばれる。
この荒れ果てた世界に咲き誇る繊細なる華。故に"細華"と。
「突剣技――」
忸王の"ディアボリーグ"に風がまとう。
風圧の衝撃をまとった斬撃に襲われ、異形が短く悲鳴を上げる。だがその風圧の刃は異形の表皮を僅かに裂いただけだった。すぐに立て直し、反撃に転じる。
お手の要領で掌で地面を叩く。直撃すれば文字通り叩き潰されてしまうだろう。忸王はどうにかそれを避けた。しかし次々と爪が叩きつけられる。がむしゃらに破壊するための一撃を避けるのは苦ではないが、徐々に端に追いやられていく。
そして、ついに忸王の背中が壁に触れた。逃げ場はない。正面から受け止められはしない。来るだろう爪撃に備えて目を閉じる。
「っ……!!」
だが、いつまで経ってもそれは来ない。疑問に思って恐る恐る目を開けると、そこには立ったまま絶命している異形。ぐらり、とバランスを崩して床に倒れた。
いったい何が。絶命している異形を見、周囲の様子をうかがう。不思議に思いつつも、とりあえず忸王は瓦礫に埋まったままの男の救助に入った。上に伸し掛かった瓦礫の残骸をレイピアの生み出す衝撃波で叩き壊し、引きずり出す。
「大丈夫?」
「はい、すみません、ご迷惑を…」
「気にしないで。それより歩ける? ならBルートで退避して」
まだ他に救助者がいないか探すから。そう付け足して忸王は階段を指し示す。肋骨は折れているようだが足は無事だ。よろめきながらも指示通りに歩き出す男を見送って、忸王は耳を澄ます。
忸王は耳が良い。飯時に殺到する大量の注文を聞き逃さないように発達した。針が落ちる音すら聞こえるのではないかと揶揄されるほどだ。
その聴覚を駆使して忸王は探す。誰か助けを求めていないか、逃げ遅れている人がいないか。注意を周囲に配りつつ、意識の網を広げる。
より耳を澄ますために目を閉じたことで聴覚以外も敏感になった。嗅覚に違和感がある。血でも灰でも埃でもない、不思議なにおいだ。
においの元を探ろうとより注意深く聴覚に集中する。しばらくして、妙なことに気がついた。
破壊音。悲鳴。それらの音が消えている。異形が殺していっているのではない。あれは見境なく破壊する化物だ。目についたものを問答無用で叩き壊す。人だろうと物だろうと。
だから異形ではない。異形が死んでいっている。誰かが順番に倒していっているわけではない。各所で一度に何体か倒れていく。
それはまるで、殺虫剤を振りかけられた害虫のようで。
「……薬?」
思い至った忸王はそっと通信端末を手に取った。