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荒廃した街で、退廃した俺たちは  作者: つくたん
惨禍と参加の章
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序章 審問

375-64区画。そこがヴァイスの本拠地だ。廃材を積み上げて作った巨大な建物。規模はこの区画丸ごとだ。往古なら、これで一つの街を形成できていただろう。それほど大規模で巨大な建物が黄炬の目の前にそびえていた。

「ついてらっしゃい」

瑶燐と、この道中で3度名の変わった彼に連れられ、まるで城門のような門をくぐる。そのまま促されて内部に踏み入った。

まず目に入ったのは広いロビーだった。いくつかの部屋が見える。そのどれもが広々としている。その左右に廊下が伸びて、倉庫らしいところへつながっている。

ロビーに居座る人間たちはヴァイスの下っ端だろう。魔力など持っていないただの人間だ。ヴァイスと聞いて一般人が思い浮かべるのがこんなようなごろつき上がりの人々だ。組織にとっては末端の末端だが、それゆえに人数も多い。それらが一斉に黄炬を物珍しそうに眺めている。その視線からして、黄炬が何のために連れてこられたのかわかっているような目だった。

「あんまり見るんじゃないわよ」

新参者が怯えるじゃない。注がれる視線に呑まれて動けない黄炬から庇うように瑶燐が立つ。

視線を遮りながらロビーの奥まで歩く。円筒形のランプのような不思議なオブジェが鎮座していた。なんだこれ、という黄炬の疑問に先立って瑶燐が答えた。

「転移装置。"大崩壊"以前の遺物よ」

触れた者に反応し、同じ装置があるところまで転移させる。あまりにも拠点が巨大で移動が大変なのでこれで移動するのだ。これを使わなければ端から端までの移動で日が暮れてしまう。仕組みは解明されていないが、便利なので使っているのだという。今のところ故障も誤作動もしていない。

へぇ、と唸る黄炬の言葉は、転移装置の起動音に掻き消された。魔法陣が周囲に展開し、ばちん、と光の中に飲み込んだ。


眩しさに閉じた目を開くと、先程までとは違う光景の中にいた。

整然と机が立ち並び、その隙間を縫うように人が行き交っている。一番奥にひとつの部屋が見え、そこには無数のパネルが並んでいた。

「事務のフロアよ。別の転移装置でさらに移動するわね」

建物内の細かい案内は後だ。まずは黄炬を首領に見せなければならない。

好奇の視線を邪魔そうにしながら瑶燐が手を引く。先程のものより少し豪奢な細工の装置があった。曰く、組織内の地位によって使える装置が分けられているらしい。どういうわけかそういうふうに設定がされている。玄関からここまで来た装置は組織の人間なら誰でも使える。そしてこれは魔力を持つ人間しか動かせない。つまりこれの移動先はそれなりに大事な場所なのだ。

「あー、俺っちここからはパス…」

「あんたも来なさい」

この先に進むことを辞退しようとする彼に瑶燐が言い放つ。まぁそうだろうけどさぁ、と彼は情けない声を上げた。今までその口で言うほど感情を出さなかった彼だが、その様子からして本当に嫌がっているようだった。

問答無用、と瑶燐が転移装置へと引っ張る。逃げる前に装置を起動させた。


転移してきた先はまったく人の気配がしない回廊だった。申し訳程度の明かりが頼りなく足元を照らしている。遠くを見通せるほど明るくはないので、この先に何があるか黄炬はまったくわからなかった。

その中を3人は進んでいく。途中の部屋もなく伸びる暗く長い回廊は、進む者の罪を沈黙で責めているようだった。やがて、その責罪の回廊はひとつの大きな扉によって終着する。一枚扉を瑶燐が叩いた。

「一級、"呪禁"の瑶燐、"型無"の無名。例の人物を、例の件で」

ややあって扉がひとりでに開いた。内部は回廊よりもだいぶ明るい。その正面に事務机があり、一人の男性が座っていた。

年の頃は三十路を超えたあたりだろうか。壮年という言葉にぎりぎり引っかかるような男だ。くすんだ金の髪が光を受けて白く見える。ご苦労だった、という声は低く、見た目の年齢以上に落ち着いて見えた。

これが頭目だ。首領の顔など初めて見た。黄炬はじっとその顔を見つめる。白槙(はくてん)と名乗った首領はまっすぐ黄炬を見返した。

「黄炬、だったな。ここに来たということは、魔力持ちとして使命をなす覚悟があるんだな?」

「俺は…」

どう答えるべきだろうか。昨日までの日常と違いすぎる事態についていくのがやっとだというのに。

別に何かしようという覚悟があって来たわけではない。魔力持ちだ。選ばれた人間だ。そんな誇りなどあるわけがない。事故とはいえ殺してしまった命の責任の取り方がわかるまで生きようと決めただけだ。

来たくて来たわけじゃない。死にたいか死にたくないか。単純な問いに後者と答えただけだ。目的があるわけでもない。

「俺は死にたくない。それだけです」

責任を取るまで死ねない。だからそのために。黄炬の言葉を黙って聞いていた白槙は、やがてふっと笑みを零した。

「そうか。それでいい」

はいそうです覚悟があります、と言い出したら欺瞞にも程がある。そんな腹積もりが簡単にできる男などそういないし、そんな覚悟ができるなら最初からこんな大惨事は起きていない。

よくわからないままに連れて来られて、言われるがままに頷く。それで今はいい。理解など後から嫌でもついてくる。理解したくなくても思い知るのだから。それほどの過酷さが待っているのだから。

「今日からお前をヴァイスの一員であることを認める。……忸王」

白槙が脇に目を逸らす。いつの間に入ってきたのか、それとも最初からいたのか、控えていた少女が頭を下げる。可愛らしい栗色の髪が揺れた。

「悪いが黄炬に内部の案内をしてやれ。瑶燐と無名は残れ」

ふたりには伝達事項がある。この場を脱する機会をうかがっていた彼は、げ、と唸った。その横で瑶燐が伝達事項とはなんだろうといくつか予測を立てていた。そんなふたりを横に、忸王という少女は黄炬の前に歩み出た。

「一級、忸王です。よろしくお願いします」

「あ、こちらこそ、よろしく、お願いします」

年は黄炬より下だろう。頭ふたつぶん低い身長。肩ほどの栗色の髪を左右の高い位置で結っている。ちょっとした良家の子女のような雰囲気がした。頭目である白槙と直接対話できるということは、彼女もまたそれなりの地位にあるのだろう。高い地位にあるということは、やはり魔力持ちなのだろう。つまり彼女もいつかに力に目覚め大惨禍を起こしたのだ。天真爛漫という言葉が似合うような大人しそうな娘のなりをしておいて、どれほどの地獄があったのだろう。考えかけて黄炬はやめた。

「はい。じゃぁ黄炬さん、行きましょうか」

忸王が外を指す。そのままついていきそうになり、慌てて振り返って白槙に一礼する。一員として認められたということは、自分は新参者で、目の前の彼らは上司。上には従い、礼を示さなければ。

その様子を瑶燐が苦笑気味に見ていた。新参者があくせく右往左往するさまは見ていて面白い。その笑い声は本人には届いていなかったようだ。扉が閉まる重厚な音に掻き消される。

その気配の残滓も消えた頃、白槙は伝達事項であるとある情報をふたりに告げた。

「187-82区画の"アレ"が動き出したようだ」

「はぁー…あいつらコテンパンにされたくせに、よくやるさぁ」

ヴァイスには対抗する組織がいくつかある。ひとつの区の自警団が拡大して興ったヴァイスは周囲の区を飲み込んで大きくなった。ということは、飲み込む前から元々いた自警団なり自治集団を追い出したということ。追い出された人々が恨みを持ってヴァイスに反目しているのだ。

今回の一団もそのひとつで、かつてテリトリーだった場所を取り返そうと躍起になっているうちに目的を忘れ、ヴァイスに復讐を果たすためだけに動いているような連中だった。復讐のための手段は問わない。もはや歯止めが効かなくなった危険な集団だ。抗争に関係ない一般人さえ犠牲にする。

その復讐の刃として、魔力を持つ者や武具を集めているという情報が今回もたらされたのだ。そしてその決起は近いという。確かな筋からの間違いない情報だ。

「懲りないわね」

成程。黄炬の身柄を確保しにあの男たちは現れたのか。それより先にこちらがつかまえてしまったが。

なりふり構わず暴走する復讐ほど面倒で厄介なものはない。鬱陶しい。心底彼女は呟いた。

「で、どうするの?」

「聞くまでもないだろう」

相応のものには相応の行為を。牙を剥いてくるなら叩き潰すまで。


復讐だと誰かが言った。

「ヴァイスの野郎め…魔力持ちだろうと思って来てみれば、すでに手中か…」

左の二の腕に包帯を巻いた男は苦々しく呟いた。以前の争いで受けた古傷が痛む。くそ、と吐き捨てた。やり返さなきゃ気がすまない。たとえまたやられてもだ。受けた傷以上に返してやらなければならない。

組織の全滅を恐れて事実上の降伏宣言を下した先代頭目は、それを不服とするメンバーで血祭りにあげた。もはや復讐を止める人間はいない。あとは進むだけ。殺すだけ。復讐を。復讐を。

「今の俺たちはあいつらに怯える臆病者じゃない! 思い出せ、俺たちの名は!!」

Victor(征服者)!!」

「そうだ、俺たちには"これ"がある!」

今回こそはやれる。前回は準備不足で倒された。人も物も足りなかった。だから対抗する力をつけた。次こそは勝てる。あの白い悪徳を赤く染めてやろう。


取り出したのは、ひとつの錠剤。

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