襲章 刺撃
【滅多刺しあります 注意】
梠宵の手際は見事だった。
凶刃を振りかざした男を鞭の一撃で沈め、手足を拘束して床に転がした。
殺しはしない。人を生かすのが梠宵の仕事で、殺すことは使命に反する。それは矜持が許さない。それに何人かは生かして情報を吐かせることも必要だろう。
助手である犬たちにしばし治療を任せ、梠宵は男を拷問することにした。
「は、口を割るとでも思っているのか」
床に転がされた男が梠宵をねめつける。その生意気な目を見て梠宵の口端が吊り上がる。
物分りのいい犬を愛でるのも楽しいが、こうして手を噛んでこようとする犬を叩いて躾けるのも楽しい。さて、どれくらいで音を上げるだろうか。
「生かす術を知っているということはね」
どうすれば死なないかということも知っているということだ。九条鞭に指を這わせ、梠宵がゆっくりと告げた。
この男は何打目で許しを請うだろうか。言っておくが生易しい拷問はしない。苛烈な拷問をするといえば瑶燐もだが、彼女はたいてい嬲るのに夢中になって情報を吐かせる前に殺してしまう。だが梠宵は違う。生死のぎりぎりを見極めて嬲る。
「"ファイアウィップ"」
この九条鞭は梠宵愛用の武具である。聞き分けのない犬にお仕置きをすえる際にも用いられる。
その名の通り、炎を宿した鞭だ。節々に鋲をつけ、長くしなる九条の鞭は炎をまとって対象を打ち据える。打撃の痛みと炎の熱さでもって叩きのめすそれは、梠宵の過激な性癖を象徴しているようだ。
それでもってただひたすらに攻め抜く。奴隷を屈服させるかのように。故に彼女はこう呼ばれる。
鉄の鞭の絶対女王。故に"鉄鞭"と。
その二つ名を示す九条鞭が振り下ろされる。炎を宿すそれが男の背を打ちのめす。服が燃え、肉が避けた。
普段愛用する一本鞭より九条鞭は威力が高い。1本が9本に変わったのだから、単純に考えて威力は9倍。それに加え、節々に打った鋲が肉をえぐる。そこに炎が加わるのだ。
炎を宿す鋲付きの九条鞭という単純な武器ではあるが、その威力はえげつない。数打もすればえぐれた肉から骨が見える。
その炎鞭の2打目が振り下ろされる。ばちん、と肉が爆ぜた。想像を絶する痛みだろう。だが男は耐える。こんなもの、数年前の抗争で征服者が敗北を喫した屈辱に比べれば。
「意外と根性あるのね、そういうの好きよ」
嬲り甲斐があって楽しくて好きだ。3打目を叩き下ろそうとした。
「御主人様…!」
打ち下ろそうとした梠宵の背に声がかかる。絖だ。どうやらここまで走ってきたらしい。珍しく、躾け中以外で息を荒げている。
「…その男がですか…?」
えぇ、と梠宵が肯定する。ついでに3打目を振り下ろした。悲鳴が上がった。
「…そうですか…」
絖の表情が変わった。彼を取り巻く雰囲気も変化する。
絖が怒った。珍しいことだ。梠宵は4打目を叩きながら思った。
無言で絖は床に転がっていたナイフを拾う。怪我人のふりを装って梠宵を刺そうと忍ばせ、そして殴打の際に男が落としたものだ。それを握り、絖は男の側にしゃがみこんだ。脂汗を垂らす男と目を合わせる。
「…なに御主人様に手を出しているんですか」
ナイフをその眼窩に突き刺した。絶叫が上がった。引き抜いたナイフをそのまま、もう片目に刺す。
両目を潰したら次は。頬に血が跳ねたにも関わらず、絖は刺し続ける。
「…聞いていますか…?」
じわり、じわりと絖の足元に血溜まりが広がった。
「無視ですか?」
悪い子だ、と罵る。また突き刺した。もう血溜まりは面積を広げない。
「犬」
もうこれ以上は、と梠宵が止めに入った。その暗く、沈んだ瞳にそっと呼びかける。
「犬。やめなさい。犬。――絖」
「もう死んでるわ」