襲章 病撃
男は自身の下肢が消失したことに気付いただろうか。それくらい一瞬の出来事だった。
絖に銃を突きつけていた男は、上半身を血の海に投げ出して絶命した。
「てめ…!」
倉庫の中を物色していた男が血相を変えて脇のホルスターに手を伸ばす。
絖が何かするより撃った。否。先制したのは絖だった。銃を取り出したはずの男の右手は手首から先が消失していた。
「へ…?」
間の抜けた声。鮮血が新たに血の海を作るその光景で、男はようやく状況を把握した。
「くっ、来るなぁ!!」
そして錯乱。武具が安置してある棚に駆け寄り、目についたものを引っ掴む。適当に手にしたそれがたまたま適合し、魔力の覚醒をもたらしてくれるのではないかと思って。
だが絖は動じない。そんな奇跡は起きないと確信している。仮に男が魔力持ちで、たまたま掴んだ武具と適合して発動する。そんな偶然ありはしない。何故なら。
「…それ…レプリカなので……」
その台詞を理解するより先、男の首は消失していた。がしゃり、と模造品の武具が落ちた。それを拾い、元あったように棚にしまう。下半身を失った男と手首と首を失った男。彼らは自分に何が起きたか理解できただろうか。
絖の持つ武具"修練の門"は異次元を作り出す武具である。今は鍛錬場として開放してある空間だ。その出入り口は好きなところに作り出すところができる。
その能力をもって作り出した出入り口を相手の半身が入るように出現させる。つまり身体半分だけ中に入っているような格好だ。その状態で繋げた出入り口を閉じる。あとはギロチンの要領で、出入り口の境の部分で切断される。今頃、男の下半身と首、手首などが異次元の向こうに転がっているはずだ。
「…よし…」
血の汚れを拭き取り、元あったところに並べ直す。レプリカとはいえ丁寧に扱わなければならない。
そう、この倉庫にあるこれらすべては模造品だ。武具ではないただの武器、銃火器の類は本物だが、武具は精巧な作り物だ。
武具は魔銀で作られる。魔銀を用いなければそれはただの装飾品だ。魔法のような力は宿らない。この倉庫にある模造品は白槙がオリジナルに似せて作らせたものだ。
本物はすべて絖の"ドアーズ"の中に収納されている。そしてそれは絖でないと開けることはできない。絖が死ねば術者を失う。術者がいなければヴァイスの武具庫である"ドアーズ"は開けることができない。それに用いられた空間魔術式を読み解けば開けられるかもしれないが、そんな芸当ができるのはリグラヴェーダくらいだろう。
言い換えれば、彼は守っているのだ。
その身だけではなく命をもって。命を鍵にして。身を扉にして。故に彼はこう呼ばれる。
身の扉と命の鍵で護る。故に"護庫"と。
しかしこのままでは危ない。部下にあたる倉庫の見張りは何人かいるが、どれも五級だ。異形が踏み込んできたらひとたまりもない。
閉鎖するなら侵入していない今。しばらく思考した絖は首から提げているストラップを握る。
「…"ドアーズ"」
これ以上荒らされないよう、あらゆるものから隔絶する。異次元の箱にこの階層を閉じ込めることにした。
武具庫でも鍛錬場でもない別の異空間だ。通行が妨げられないよう非常用の階段だけは残して、その他のフロアを異次元に飲み込む。唯一外界と接する石扉に、がちゃん、と鍵をかけた。
そしてすべてを閉じ込めた絖は走り出す。女王様の元へ。




