襲章 迎撃
階段を降りきった忸王は目の前の惨状に思わず口元を抑えた。
灰と土煙と瓦礫と、その下に埋まるもう動かない人々。
「一撃で…」
殺されたのだ。ものの壊れ方からしてやったのは常人ではない。"零域"で人間が変じた異形だ。力任せに人ごとへし折った。
「何てことを…」
絶句した忸王は頭を振って歩みを進める。生存者を探して救助するのが役目だ。惨状にへたり込んで怯えるわけにはいかない。
「"ディアボリーグ"」
指輪からレイピアを出して、注意深くあたりを探索する。
やがて、崩れ落ちた瓦礫の下に半死半生の男を見つける。
「しっかりして!」
忸王が駆け寄り、レイピアの一振りで瓦礫を斬り男をそこから引きずり出す。倒れた柱に下敷きになっただけでそう深い怪我は負っていない。だがこの様子では骨の幾つかが折れているだろう。
早く梠宵の元へ運ばなければ。手近な布で応急処置を施す。
「っ、忸王さん!!」
その背後に迫る影。
「ずいぶん物分りがいいじゃねぇか」
にやついた男は押し当てたままの銃口を更に強く押し付ける。背中に当たる硬い感触に絖はわずかに眉を寄せた。それは力任せに押し当てられた痛みではなく、自身に痛みを与えているのが梠宵以外の者である不快感故のものだ。
だが、前者と勘違いした男はさらにつけあがる。調子に乗れば口が軽くなる。口が軽くなれば余計なことも喋る。
仲間を何人か事前に送り込んでいたこと。その者たちが襲撃を手引きしたこと。聞いてもいないことをべらべらと口外する。
その口の軽さと調子の良さがいかにも雑魚らしくて下らない、と梠宵は言うのだろう。
「おい、連絡しろ。武器庫は押さえた」
「あぁ、もしもし。こちらB隊。医務室のC隊に…」
ぴくりと絖の表情が変わる。不穏な気配が絖から漂った。
「…殺す……」
次の瞬間、銃を突きつけていた男の下半身は消失した。
「如何したの?」
伏せていた目を開けて、リグラヴェーダは眼前の女を見据える。
「何故…?」
女は動揺を隠せなかった。確かに頭を吹き飛ばしたはずだ。至近距離で放った火球は直撃した。それなのに、何故無傷で生きている。
すんでのところで避けた。否。火球はリグラヴェーダに直撃した。眼前で放たれたそれは確かに当たった。当たったのだ。
「さぁ、知って如何なるというの?」
愕然とする女にリグラヴェーダは平然と答える。お気に入りの服が焦げてしまった。困ったわ、と着替えを何にしようか考え始める余裕すらある。
リグラヴェーダは亜人だ。ヒトとは違う。長命である彼女の種族は"大崩壊"すらも生き残った。その所以は桁外れの生命力にある。自身に魔力ある限り、それを糧に再生する。その生命力はしばし蛇に例えられる。
今回もそうだ。直撃した火球が立てた爆炎が晴れる前に欠損した頭部を再生したにすぎない。
「化物め…!!」
半狂乱に近い声で女が叫ぶ。リグラヴェーダはそれを聞き流した。
「何とでもお言い。それが私よ」
からん、と何処かでベルが鳴った。




