襲章 反撃
「はい、チェックメイト!」
たん、と玖天がキーを押す。途端にモニターの赤が青に書き換わっていく。
「あとはオートでバックアップ呼び出して復旧、修復ね」
「はい!」
緊迫していた部下の表情に笑みが戻る。晴れやかな笑顔に玖天も思わず繕ったものではない、本来の明るさを取り戻す。
「さて、迎撃だよ! 戦況の把握!」
指示通りにオペレーターの指が滑らかに動く。壁に貼り出した大きな画面がシステム状態から拠点の地図に変わる。その地図に次々と印がつけられていく。戦闘が行われている場所だ。
「安全なルート割り出して、にのちゃんところに送って」
「はい! これ以上やらせはしませんよ!」
「よっし、その意気!」
ぐっと親指を立てて今日何本目かの飴の棒を手に持つ。さっきまで舐めていたものだ。飴の付いてないそれはあとは捨てるだけ。
「前線を20階以下に抑えられるように配置して」
「その上にいるのは?」
すぐ足元の階まで戦いは広がっている。このフロアにもいずれ来る。騒音と振動がする。近い。
不安を具現化するように、扉が押し開いた。
「動くな! ここは我々が制圧し――」
「ほいっ」
押し入ってきた男の眼球めがけて飴の棒を投げる。玖天が放ったそれは見事男の視力を永遠に奪う。
思わず右目を抑えた男の懐に入り込んだ玖天は、事務机に置いてあった鋏を取って男の喉に埋めた。どさり、と倒れた男に見向きもせず、玖天は部下たちを見やる。
「あたしが一級だって忘れた?」
そう言って自分を指す。何も頭脳だけで一級になったわけではない。それに見合う力を持っている。普段見せないだけで。
「だいじょーぶ! ここもみんなも守るからさ」
悪用されるのを防ぐため、拠点各地の転移装置は緊急時には停止している。つまり、このフロアへの出入りは非常階段と、そこからここまで伸びる一本の廊下のみである。それ以外はない。廊下が制圧されれば袋の鼠だ。壁や天井を破らない限り侵入はできない。その唯一の出入り口を塞ぐように玖天が立つ。
「実戦って久々だなぁー」
そう言って、首に下げたペンダントをそっと握る。
怪我人が次々と運ばれてくる。
「予想よりもずっと少ない…」
梠宵が呟く。少ない怪我人。つまり怪我を通り越して殺されている。
「っ、地上で…異形が……」
全身を包帯で巻かれた男が息も絶え絶えに訴える。銃を乱射しながら乱入し、弾が尽きたら"零域"で異形に変じた、と。
それだけではない。魔力持ちがいたのだ。ヴァイスの四級以上と同じように、武具と魔力を揃え扱いに習熟した者が。
「梠宵さん!」
全身血まみれの男が肩を担がれて仲間に運ばれてくる。
「急患です! 急いで診てください!」
肩を貸している男がそう叫ぶ。梠宵は白衣をはためかせてそちらに向かった。ただし、その手が掴んだのは消毒液の瓶でもなく包帯でもなく。
「なっ…!」
腰に提げた愛用の鞭である。
振るわれたそれに頬を打たれ、男たちはその場に倒れ込む。がしゃん、と隠し持っていた刃物が床に落ちた。
「悪い子ね」
かつん、とヒールを鳴らして絶対女王はふたりを見下ろす。怪我人とそうでない者の区別がつかないとでも思ったのか。
梠宵が偽物と判断した理由はふたつ。ひとつは全身血まみれの割に傷口が見当たらないこと。そして、この状況で怪我人だからと大声を上げて喚く輩はいてはならないということだ。
怪我人はその度合いに応じて札が付けられ、それに応じて順に治療が施されていく。先に運ばれた軽傷者より後に運ばれた重傷者だ。だからまず梠宵の助手が札をつけていく。その手順を無視して診ろだなどと。
ヴァイスのメンバーなら梠宵の過激さは絶対に知っている。手順を無視しろなどと言い出すような度胸はまずない。言おうものならこの通り鞭で殴られるし、喚く元気があるなら大丈夫だとどんな重傷でも後回しにされてしまう。喚くなどまずありえない。
「悪い子は躾けないとね」
いつも腰に提げている鞭をしまう。そして左の人差し指にはまっている指輪を引き抜く。9つの尾を持つ鞭が現れる。先端だけではなく節々にも鉄の鋲が取り付けられた、見るからに苦痛をもたらしそうなものである。
「いい声で啼いてね」
鞭に指を這わせて梠宵は笑った。