襲章 胎動
緊急警報を聞いて、絖は梠宵の元を離れた。
彼の役目は倉庫番。拠点の中階層にある武器と武具の番人であり、鍛錬場として開放している空間の維持管理人。
「…"修練の門"…」
ぼそりと呟く。何人かがもつれ込んだのか、戦闘をしているのが感じられる。別に空間を閉じようとは思っていないのでしてもらって結構だが。展開し維持することはそう疲労を感じない。
「おっと、動くなよ」
後ろから背中のあたりに硬いものを押し当てられる。この感触は銃だろう。
もうこんな中階層まで侵入したらしい。となると下にいる四級や五級は全滅に等しいか。
「へへ、さすがの一級様もスパイは考えなかったか?」
成程、この中階層にいる理由は侵入したのではなく元々中に入り込んでいたのが蜂起したのか。外からの侵入者はまだ階下にいるということか。あらかじめ入り込んでいた者たちが手引することで上層まで一気にたどり着く計画なのだろう。
手引のためあらかじめ入り込んでいたということは、中階層にはあと何人かいると考えていい。絖はそう冷静に分析した。
「武器と武具を明け渡せ。…扉を開けろ」
男の要求に絖は素直に従った。鉄扉の脇にあるパネルのキーをひとつずつ押す。
暗証番号を入力すれば、重厚な鉄扉はゆっくりと開いた。
爆発はまだ続いている。
緊急警報を聞いても、リグラヴェーダは立ち上がらなかった。否、立ち上がれなかった。
「征服者のくせに人間の形をしているのね」
眼前に突き出された指を見てそう呟く。その中指には赤い装飾が入った銀の指輪があった。
知らない顔が来客したと思ったらこれだ。武具を突きつけられ何事かと思えば爆発音。そして今に至る。
「"零域"だけに頼る我々ではないさ」
リグラヴェーダに手をかざす女は得意気に言い放った。
「今回は総力戦でね。幹部とて出撃するさ」
ヴァイスを全滅させるつもりで来た。だから大事にしまっていた武具と魔力持ちも引きずり出してきたということか。
内部に潜ませていた者から手引きを受け、一気に侵入した幹部級が一級を片し、"零域"によって異形となりはてた雑兵の群れが残党となったヴァイスを片付ける。各地の任務で出払っている者たちが慌てて帰れば、待機している他幹部が叩く。そういうような作戦なのだろうなとリグラヴェーダは冷静に判断を下した。
「さて、このまま死んでもらおうか」
魔力持ちの女はかざした手を構え直す。その手に魔力が集中する。肌でそう感じたリグラヴェーダはゆっくり目を伏せた。そして、形をなす火を前に微笑んだ。
爆発はまだ続いている。




