襲章 序動
一番はじめに異変が起きたのは玖天が統括する部署である情報管理室だった。
「…んにゃ?」
玖天はいつものように拠点に寄せられる膨大な量の情報を処理していた。その情報に紛れて、明らかな敵意が送り込まれていた。ウイルスだ。情報管理を機械で行う以上避けられないものだ。
「もー…」
棒付き飴をくわえた玖天が眉を寄せる。ヴァイスが今の地位にある以上、こういったネットワークへの攻撃は日常のこと。だから大して珍しいことではない。
いつものように削除プログラムを起動させる。あとは自動で外敵が排除される。そのはずだった。
「え?」
途端にエラー音が鳴り響く。玖天のいる部屋だけではなく、情報管理室のフロア全体に。
「大変です! プログラム動きません!」
モニター監視のオペレーターが叫ぶ。
このままではシステムが乗っ取られる。玖天が半ば叫ぶように指示を飛ばす。
「ウォール展開、ブロックして!」
「ウォール展開。メインシステムへブロックかけました。…状況、モニターに表示します」
フロアの一番大きなモニターに全システムの状態が表示される。正常なシステムは青、以上は赤で表示される。
「…嘘…」
オペレーターのひとりが呆然と呟く。木の根のように広がるシステムの中枢以外のほとんどが赤く塗り潰されていた。そして、この間にも次々と赤色の面積は増えていく。
「手動で片付けるしかないね」
棒付き飴を噛み砕いて、玖天は溜息を吐く。まったく、よくもまぁやってくれた。
いつもの調子で言うが、内心玖天は焦っていた。自慢のプログラムが突破され、システムの過半数が侵される。こんな事態など初めてだ。
極秘データが詰まった中枢はなんとか守れたが、これもいつまで持つか。壁が破られる前に侵されたシステムを修復して外敵を排除しなければ。
「モニタリングは5番チーム、あとは修復に回って」
「排除は誰が?」
「ん、あたし」
あっさり言い放って、玖天は新しい飴をくわえる。冷静に、冷静に。そう言い聞かせて端末に向かう。大丈夫、自分はヴァイスの情報を握る最高の天才ではないか。
「売られたケンカ、買ってやろうじゃないの」
そしていつも以上の速度でキーを叩き始めた。
そして、爆発。
システムの修復と問題の排除にかかりきりで拠点周辺の監視が薄かった。それが原因だった。
「システムに続いて拠点まで…」
拠点の入り口には門番代わりに四級の何人かがたむろしているはずだ。憩いの場であるから、誰かしら常にいる。
「応答せよ」
オペレーターが呼びかける。返答はなかった。
「緊急発令は?」
「システムエラーのあたりでとっくに!」
ヴァイスには非常事態に備えて用意されているマニュアルがある。緊急時の配置や状況ごとの各部署の対応について記されている。もし白槙や一級が不在でも組織が機能できるように。
「よし、じゃぁ続きするよー」
玖天が呼びかける。階下の状況を見ようと動こうとはしない。
何故なら彼女の仕事はシステムの維持管理だ。その役目を全うするのが先。迎撃を指示するのは別の人間だ。
大丈夫、大丈夫。おまじないのように唱えた。




