任務 無幻
「借りるって言いましたよ。さて、と」
異形は片付いた。もう大丈夫だ。現状の報告をしなければと水葉が首元の小型通信機に手をやる。
すぐに連絡が取れるようにとヴァイスのメンバーに身分証明書と一緒に支給されているものだ。黄炬もそれを与えられているがインカム状のそれが邪魔なので呼び出し通知がない限り外してポケットに押し込んである。
「もしもし、こちら水葉…」
言いかけた水葉の声をかき消すように、盛大な爆音が響いた。音はスピーカーから。そして拠点の方角から。
「緊急! 緊急!!」
慌ただしくなる通信機の向こう。続く爆音。拠点の方角にある建物の隙間から見える噴煙。
ここのところ各地で暴れまわる征服者。その対処に追われるヴァイス。一級すらもが出払い、手薄になった拠点。不在の頭領。それらが意味するものは。
「まさか…」
黄炬の顔から血の気が失せる。思わず駆け出そうとするがその手を水葉が掴む。
「黄炬、落ち着いてください」
でも、と言いさした黄炬を黙らせ水葉は続ける。拠点が征服者の襲撃を受けている。それは当事者のみならず傍観者にも明らかだ。だからといって慌てふためいて拠点に戻ってはいけない。
ヴァイスの動揺を知られてはならない。ヴァイスを快く思わない者たちはたくさんいる。それが今回の襲撃に乗じて加勢しないとも限らない。
仮にそれがないとしても、何も準備せず駆けつけた者たちを征服者が待ち伏せしている可能性もある。
「だから少し遠回りをしましょう」
手順に一手間加えるだけで驚くほどすんなりいけるのだ、こういうものは。急がば回れということだ。
「まずは僕らみたいに任務に出ている人たちと連絡を取り合いましょう」
本来それをするはずの通信室は恐らく手一杯だ。ならば先にこちらで連絡しあい、向こうの負担を少しでも減らすべきだ。
「それをするくらいの猶予はありますよ」
それに、実働部隊である一級が出払っているとはいえ、拠点にはまだ一級がいる。あまり実戦には出ないが、彼らだって自分たちに比肩する実力を持っている。簡単にやられはしない。
「僕らはやれることをやりましょう、ね?」
同刻。彼女もまた爆音を聞いた。
「冗談…!」
一瞬ですべてを理解した瑶燐は歯噛みする。なんということだ。ヴァイスにすべてを捧げる狂信者は苛立って吐き捨てた。
「あんたたちのせいでメンツ丸潰れじゃない、どうしてくれるのかしら」
異形だったものを乱暴に踏みつけて蹴り散らす。最後に大きい塊を踏み潰し、なんとか腹をおさめた瑶燐はそこでようやく自身の携帯端末に着信が入っているのを知る。
「もしもし、僕です」
通信機から聞こえてきたのは同僚である少年の声だった。
同刻。彼らも爆音を聞いた。
「…捌尽」
捌尽の腕の中で、霜弑が呟いた。行かなくていいのか。行かなければ。霜弑が言わんとしていることを悟って捌尽が頷く。しかし動く気配はない。捌尽の両手は霜弑に回したまま固定されている。
「…捌…」
「うん、わかってるよ」
言いかけた霜弑を制する。行きたいのは山々だ。だが。ちらりと捌尽が霜弑から目を離す。見た先は、四肢を細切れにされた異形だったもの。
足りない、と言った。まだ駄目なんだ。足りない。そう言いながら捌尽は撃滅の名の通り刀を振るった。
「これ以上やったら、僕は僕を止められるかな…」
自嘲気味に捌尽は小さく力なく笑う。彼は常に飢えている。少しでも潤うようにと霜弑はそっと捌尽に口付けた。
「……あのバカップル出ないんですが…」
応答のない通信端末を見て、水葉は不機嫌そうにごちた。