任務 霧幻
線路を疾駆して程なくそれは見えた。レールを塞ぐようにして立つ5体の異形。
「黄炬」
水葉の合図に頷いて、黄炬は火球を創生して異形の1体にぶつける。首を焼かれ、残された胴体が崩れ落ちる。残りがこちらを凝視し身構える。
「線路、焼かないでくださいね」
水葉が子供特有の身軽さで線路の枕木を蹴る。黄炬を追い越し、異形を見据える。その顔は玩具を見つけた子供のようでもあり、獲物を見つけた獣のようでもある。
「瑶燐、"借りますよ"」
口の中で小さく呟き、手の甲まで覆う長めの裾に隠された右手をひらめかせる。その手に握られたものを見て黄炬は驚く。
何も持っていなかったのに、ということではない。武具なら力を発現されればそうなる。だがそうではなく、黄炬が驚いたのは持っているものの方だ。
「死を導け、骸を招け、我、与えしは…」
水葉が唱えているその口上は。聞き間違えるわけがない。
「"岩の如く"」
瑶燐にしか扱えないはずの災いであった。
黄炬の思いに反して問題なく災いは撒かれる。瑶燐のものであるはずの銀輪が水葉の手の中で輝き、一瞬の閃光とともに発動する。光を受けた異形達は、その口上の通り硬直する。岩のごとくに。
動きを止めた異形を指し、水葉が一言、新たな災禍を招く。
「…"別れの宣告"」
ばしん、と何かが弾ける音とともに、異形の1体が爆散した。
「うーん、瑶燐のようにはいきませんね」
瑶燐ならばもっと綺麗に爆ぜさせる。死体を見て水葉が小さく苦笑した。
「なら、変えましょうか」
水葉の言葉を受けて銀輪のかたちが崩れる。砂のように崩れ拡散したのも一瞬、すぐに新たな形をなす。
「黄炬、"借ります"」
水葉の手の中で新たに形をなしたそれは、黄炬のものであるはずのそれ。呆然とする黄炬をよそに、水葉は3つの火の玉を作り出す。そしてそれを硬直が解けた異形にそれぞれ投げつけた。被弾し、灰になる異形。すべてが燃え失せた頃、水葉は振り返り子供特有の無邪気さで微笑んだ。
「ほら、終わりましたよ」
「…どうして…?」
武具はそれに適合する魔力の持ち主にしか発動できない。たとえどんな強大で膨大な魔力を有していても。だから瑶燐の武具は瑶燐にしか発動できない。黄炬のそれも黄炬にしか。そのはずである。そう教えられたし実際そうだ。
なのにどうして水葉は。そんなことを考えている黄炬に水葉は答える。
「だから言ったでしょう、"借りる"って」
水葉の持つ武具。その名を"ドッペルゲンガー"という。
それ自体は固有の形を持たず、非発動時は銀の粒として水葉の周囲に拡散している。そして発動の際には粒が集まって形をなす。
しかし"ドッペルゲンガー"は固有の形を持ない。そこで他の武具の形を借りる。そして能力も複写する。他者の形と力を借りて顕現する偽りの影。だから"ドッペルゲンガー"。
偽りの影を扱うが故に水葉はこう呼ばれる。
不定形の幻でもって惑わす。故に"幻惑"と。




