断章 蠢動
堂々と敵対宣言して以降、征服者による騒動が絶えない。
ヴァイスに関係のない一般人を巻き込もうとも構わない。なりふり構わない暴力的な手段を取る奴らの鎮圧にヴァイスはかかりきりになっていた。
しかも彼らは"零域"を飲むことをためらわない。暴走する異形のせいでこちらにも被害が出る。
「困った子ね」
リグラヴェーダが嘆息する。そうだな、と白槙が頷いた。
奴らのせいでヴァイスの戦闘員、つまり魔力持ちはほとんど出払っているような状況だ。次々と起きる騒動に駆り出される。これ以上征服者の制圧に人手を割くのは避けたい。何せヴァイスに寄せられる依頼は奴ら相手のものだけではない。
「いざとなったらお前も出すぞ」
拠点に留まる後方支援とはいえ、リグラヴェーダとて一級、つまり魔力持ちだ。実戦は十分可能だ。
「年寄りに戦わせないでよ」
自らの長命を指して言う。彼女が亜人であることは白槙も知っている。年寄りなとど思っていない癖に。白槙は嘆息して立ち上がる。
最近裾の埃が舞い上がって煩いと壁の中の者たちから呼び出しがかかっている。荒区の裾を支配するヴァイスの秩序はどうしたと叱責するために呼び出したいのだろう。
「俺がいない間、何もないといいが…」
妙な胸騒ぎがする。危惧する白槙をリグラヴェーダは一笑に付す。
「心配したって如何しようも無いわ」
いくら憂いたところで何かが変わるわけではない。起きる時は起きるし、起きない時は起きない。
「ぅー…」
緊急を告げる応援要請に玖天は頭を抱えた。
"零域"使用者が5人。四級ではどうしようもできない。そんな内容だった。それ以降彼らとの連絡はつかない。つまり全滅だ。
「ってもなぁ…」
異形化した征服者5人を一度に相手取り、かつ鎮圧できること。そんな芸当は二級でも難しい。各個撃破なら可能だろうが、囲まれたら死ぬだろう。囲まれないために人数を割くのも厳しい。何せ戦闘員はほとんど出払っている。ここでさらに吐き出すとなると拠点が手薄にならないだろうか。
しかしこのまま異形を放っておくわけにはいかない。迷った末に玖天はある人物に応援要請を回した。
「あれ?」
自室の端末が呼び出し音を鳴らしたことに水葉は目を瞬かせた。
「珍しいな、僕になんて」
それは任務を知らせる着信だ。
魔力どころか戦闘手段さえ持たない下っ端といってもいい五級の統括をする立場上、あまり実戦に出るようなことはない。もっぱら拠点内で暴れる馬鹿の処分くらいだ。捌尽と瑶燐とか。
そんな水葉に珍しく任務が回ってきた。
「よっぽど人がいないんだ…」
驚きを隠そうともせず呟いて、彼は端末を叩く。
「おはようございます」
手伝って下さい、と要請ではなく命令を下した相手は。
「もう怪我治ってますよね?」