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荒廃した街で、退廃した俺たちは  作者: つくたん
郷人による凶刃の章
44/112

断章 灰色

そろそろ店終いをしようと酒場の店主は立ち上がった。月も落ち、日は昇る。本来ならもう少し開けているのだが客がいないのでいいだろう。表にかけてある看板を片そうと扉に手をかける。

だが、店主が戸を引くより先に扉は開き、女がひょこりと顔だけを覗かせた。

「アレ? もうオシマイ?」

きょとんと目を瞬かせる彼女に店主は首を振った。早めに閉めようと思ったが、彼女が客になるならまだ営業時間だ。店主はカウンターに戻った。

「ご注文は?」

訊ねれば彼女はしばらく考えた後、おすすめで、と答えた。ならば当店一押しのベリーのカクテルを見舞ってやろう。白いカクテルにベリーを投げ込むのと赤色に染まるのだ。

シェイカーを手に取った店主は注意深く彼女を観察する。見ただけで丈夫そうな、しっかりとした生地の長布を服の上から羽織っている。このご時世に旅人か。定住せず、広大な国土をまわる。そんなようなことを趣味にする酔狂はたまにいる。

腰まで届きそうなほど長い髪を結びもせず遊ばせている。髪の色は白というより灰に近い銀。

「…ナニ?」

妙な片言で彼女は首を傾げる。この容姿が物珍しいのは自覚済みだ。じろじろ見られるのは慣れている。おどけて笑った彼女は店主の差し出したグラスを受け取る。言われた通りに凍ったベリーを落とし入れると、白い液体はたちまち赤く染まる。それを傾けた。

「ん、オイシイ!」

一口飲んでそう感想をつけ、残りを一気に飲み干す。こん、と気味のいい音を立てて空になったグラスをテーブルに戻す。

「一気飲みは危ないぞ」

見目が女ということで度数は抑えたがそれでも酒は酒だ。店主が思わず水を差し出す。それを制して女は親指を立てる。

「ダイジョーブ、今スゴク気分がイイノ」

気分の良し悪しで酒の回りが決まるわけではないだろうに。妙な客だと普通なら思うだろう。しかしそんな酔狂を見慣れている店主は、あえてそれに乗った。

「へぇ、そりゃまた何で?」

訊ねれば彼女は口端を吊り上げる。例えば嵐の前の静けさ。波乱の幕開けの予感がする。

「トッテモ大きなコトが起きるヨ」

この国を、世界を揺るがすほど大きな事態が起きる。それが起きる瞬間が楽しみだ。

「へぇ、そりゃ大変だな」

彼女の言うことなど店主は何一つ信じてはいない。こういう妙な輩は適当に合わせて気分良く帰ってもらうのが一番だ。それが一番後腐れがない。だからあえて話に乗ってみる。起きるというそれは良いことなのか、と。

「良いかダッテ? 愚問だネェ…」

それを決めるのは当事者でも傍観者でもない。そんなものは後世に、歴史として刻む時に決めるのだ。良し悪しを今定めるときではない。

だが、何が起こるかは知っている。鼻歌を歌いながら灰色の女は笑った。

「傍観者はのんびり結果を待つしかナイんだヨ」

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