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荒廃した街で、退廃した俺たちは  作者: つくたん
郷人による凶刃の章
43/112

断章 常闇

「あら、どうしたの?」

珍しい客に少しばかり目を瞠ってリグラヴェーダが立ち上がった。彼がここに来るというのは滅多にない。来る時はただ一つ。自身の疑問の答え合わせだ。人間とは比にならない長命のリグラヴェーダに答えを請う時だ。

「やぁやぁリグ姉サン。なぁに、ちょーっとヒマ潰しさぁ」

立ち上がったリグラヴェーダを制して名無しの彼はいつもの笑みを浮かべる。へらりと気の抜ける胡散臭い笑みだ。

「もう…」

机を挟み、対面するように向かい合って座り、双方落ち着いたところでリグラヴェーダが不満そうに呟く形で口を開く。"零域"についてまだ弄りたいことがあるというのに、あまり彼の話で時間を割かれないといいが。

「いいだろ、リグ姉サンにとっちゃ、何だってヒマ潰しさぁ?」


リグラヴェーダは人間ではない。"大崩壊"以降絶滅したといわれる亜人だ。人間に似た、人間ならざる者。人とは生活も容姿も寿命も異なる。

リグラヴェーダの種族の場合、容姿こそ人に似れども、その寿命は人間のそれをはるかに越える。それこそ年齢を数えるのが馬鹿らしくなるほど。

人間には理解できない長き時間。悠久の時間。何年も何十年も何百年も何千年も。おびただしいほどの。気が遠くなるほどの。


「悠久を過ごすってどんな気分?」

昔、そう聞かれたことがある。誰だったろうか、忘れてしまった。

どうと聞かれても困る。大したものじゃない、と答えた気がする。何もない。何も。ただ時間だけが過ぎていく。それだけだ。それ以外はすべて風化していく。何の感慨もわかない。

砂漠の砂粒を数えるようなものだ。そこに意味はなくまた理由もない。何もない。茫洋とした寂寞。

時折、それに飽いて力を貸す。今回、その相手が白槙だった。だから彼女はヴァイスにいる。ただそれだけだ。そう、つまりは暇潰しなのだ。力を貸すことに飽いたらまたどこかへ行くだろう。

「でも暇潰しは貴方もでしょう?」

彼女の種族特有の、蛇のような瞳孔を持つ目を細めてリグラヴェーダは笑った。

主義も主張も持たない彼は個を示す名を持たない。故に何者にもなれない。故に何者にもなれる。すべてを包括する存在となれるのだ。そう信じて彼は踊る。

「さぁ、どうさねぇ?」

はぐらかそうと彼は肩を竦める。だがこの悠久の魔女にはお見通しのようだ。じっと見据える目に降参を示す。

「あぁはいはい、リグ姉サンには敵わないさぁ」

「わかったら最初から誤魔化そうとしないで頂戴」

どうせ見抜かれているなら煙に巻こうとしても無駄だ。それより本題に入ってくれないだろうか。

「いやぁ、リグ姉サンに聞きたくて。…人間の努力ってどうよ?」

彼が指しているのは"零域"のことだ。現代の人間が作り上げた、過去の遺物を越えるための努力のあがき。

彼女は薬師だ。悠久の時を生きる彼女の種族は薬の製造に長けている。彼女にかかれば、どんなことだって出来るだろう。代償と方法がえげつないことを除けば。その薬師として、"零域"はどう思うのだろうか。

「そうね。…こうだから人間は好きよ」

目的を達成するためにあらゆる努力をしてみせる。砂山を掻く努力と彼女は呼んでいる。巨大な砂山をよじ登るために掻いて登る。掻いても砂はすぐに崩れて開始地点に戻される。だがそれでも掻く。爪が剥がれても。指先の肉が削れても。手の骨が削れても。ひたすらに登り続ける。

そうして膨大な努力を積み上げて人間は目的を達成する。完全に頂点で完結してしまったリグラヴェーダの種族にはできないことだ。だから羨ましくて愛おしい。

そう、皆愛おしい。捌尽の執着の愛も瑶燐の狂信も。霜弑の凍った時間も無名の存在証明も水葉の茫洋も。玖天の地獄も梠宵の楽園も絖の束縛も忸王の道理も。白槙の懊悩ですら愛おしい。

「当分飽きることはないわね」

歪みにあがく人間の、見ていてなんと飽きないことか。

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