断章 暗沌
さてどうするか、と白槙は頭を悩ませた。それがどういうことか飲み込めてないようだったが、あの少女は征服者に加入を許された立派なメンバーである。
征服者に都合のいいことしか吹き込まれていない無垢な少女。彼女はヴァイスを悪としか見ていない。見ないように嘘を吹き込まれた。
魔力持ちの覚醒の事故の被害をこうむった者がこうして復讐に来ることは何度もあった。復讐心を利用され、対抗組織に取り込まれ先鋭として放たれることも経験がある。
その対処方法は様々だったが。その時と同じようにするのか。あんな年端もいかない少女を手に掛けるのは心が苦しい。
「お悩みみたいですね」
「水葉」
ノックもせずに入るな、と非難を込めて名前を呼ぶ。じゃぁ入りました、と事後承諾でしれっと言い放つ水葉に溜息を吐いて切り上げる。
「どうします?」
組織を預かる頭領としてはどうしなければならないかは明白だ。ただ、白槙個人の部分がそれを許さない。
仮に、お前は征服者に騙されていたのだと教えたところで、伯母が嘘を言うはずがないと突っぱねられてしまうだろう。他人の真実より身内の嘘を優先するだろう。
「お優しい。…リーダーはそれでいいですよ」
白槙がそうだからこそ、身を預けていられる。報告書を置いた水葉は白槙に微笑んだ。こうやって情を垂れる性格だからこそ、自分たちは非道でいられるのだ。頭領が優しすぎる分、情のない振る舞いをしてバランスを保っているのだと言い訳して堂々と悪徳の行いをすることができる。
「…瑶燐を呼んでくれ」
長い息を吐いて、ようやく白槙は決断した。
同刻。霜弑は目を覚ました。おはよう、と文字通り絖を椅子にしていた梠宵が呼びかけた。
「…あぁ」
緩慢な動きで霜弑は立ち上がる。急に起き上がったことで目眩に襲われるが、無視して立つ。挨拶もそこそこに医務室を出た。向かうのはもちろん捌尽の元だ。
「歪んでるわ」
瑶燐が吐き捨てた。
「あんたとあいつの間に何があるっていうの」
「愛だよ?」
唾でも吐きかねない勢いの侮蔑にしれっと答える。
「僕は霜弑を愛してる。霜弑だから愛してる。霜弑も僕を愛してる。僕だから愛してる」
それだけでいい。歪んでいるなどと、結構なことではないか。霜弑、と呪いのように捌尽はその名を呼ぶ。
そろそろ目が覚めた頃だろう。起きたら真っ先に自分の元へ来るだろう。待ちわびる捌尽を瑶燐が不快感もあらわに顔を歪める。
呪いのように名を呼んで、縋るように抱き合う。そんな関係のどこに愛があるというのか。その根底にあるものは執着ではないか。
「歪んでいるわ」
もう一度、瑶燐は吐き捨てた。