断章 光明
どうして、何故と。絶望の光景を思い出し少女は思う。
私が何かしましたか。どうして奪われねばならなかったのですか。
ただそこにある幸せを享受して生きていた。ただそれだけだったのに。目の前の幸せさえあれば他に何もいらなかった。荒廃した世界であっても盗みも殺しもせず真っ当に生きてきた。
それなのに何故壊されねばならなかったのですか。
夢で絶望の光景を再生するたび、少女は憎悪に駆られる。記憶で絶望の光景を思い出すたび、少女は憤怒に襲われる。
その対象はいつだってひとりだ。そう、あの煉瓦色の髪の青年なのだ。
放送で362-5地区の消失を知り、伯母の制止を振り切って現場へ走ったあの日。灰と瓦礫の中絶望したあの日。
伯母に連れられて、その日は伯母の家で泊まることになった。これからここで暮らすことになるのだろう。絶望を抱えたまま。
「どうして、どうしてなの」
嘆く少女を伯母はそっと抱き締めた。泣きやまない姪の様子に心を痛めた彼女は決めた。
「…本当のことを教えてあげようか」
真実を知っている。何が起きて、どうしてそうなったのか。原因と理由を彼女は知っていた。
この小さな少女に教えてあげてもいい。まだ両手で数えられる程度の年齢のいたいけな少女に示してあげてもいい。だがそれをすると、この子を巻き込んでしまう。
きっと元の平穏な日々に戻れなくなる。復讐の道を歩みたくなる。こんな少女をそんな道に放り込んでいいものだろうか。
「教えて。どうしてなの。どうしてお母さんとお兄ちゃんは死んでしまったの」
そして少女は知ってしまった。原因を、理由を。過程を。
伯母が嘘を言っている可能性は考えなかった。何故なら。
「ようこそ、征服者へ」
絶望しか残されていなかった少女のたった一つの希望だったのだから。




