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荒廃した街で、退廃した俺たちは  作者: つくたん
惨禍と参加の章
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序章 邂逅

混乱した思考の中で思い返す。何が起きたのだろうと。わからない。だが、自分以外のすべてが吹き飛んだ。燃えて。灰になって。自分だけが。

誰が殺した。誰が壊した。俺が殺した。俺が壊した。

だめだ。考えるな。考えてはいけない。それ以上思い出してしまってはいけない。逃げろ。逃げろ。思い出すな。逃げろ。走れ。走るという行為で思考を埋めろ。でなければ現実に追いつかれてしまう。

息が切れる。足がもつれる。動けない。動かない。逃げられない。逃げろ。逃げろ。何から。現実から。どうして。燃やしたから。何で。皆殺したから。

逃げろ。だめだ。逃げられない。足が、もう。それでも前へ。少しでも遠くへ。でないと追いつかれてしまう。

「っ、ちくしょう…!」

右手に握った銀の腕輪だけが妙に熱い。まるで叱咤するように。そのあたたかさが彼の唯一の救いだった。

それを持つが故に全ては起きたというのに。


「見ぃーつけた」

目的もなくがむしゃらに走る青年の背中を見つけ、名無しの彼は口元を歪めて笑う。軼という一時の名はもう飽きたようで、今は別の名を名乗っていた。(からめ)というらしいがそれもいつ変わるだろう。

「逃げたらダメさぁ。俺っち、寂しくて泣いちゃうよ?」

現実から。事態から。逃げてはいけない。当事者として責任はきっちりと。その魔の力を持つが故の責任を。そうでなければ人々は何のために死んだのか。ただ現実逃避するためだけに何千と死んだのか。

なぁ、と無名の彼は隣を見る。それが合図のように瑶燐が右腕のブレスレットに触れる。

「…"呪禁"の名を示せ。"咲き誇る災い"、発動」

ぱしん、と空気が割れる音がして、妙な雰囲気が周囲を覆う。空気が変わったことに気付かず疾走する青年を標的に定める。

これが魔の力を持ち、それを正しく行使することができる人間の姿だ。お前のように闇雲に振るう暴走した力ではなく。そう思いながら彼女は能力を発動する。

「死を導け、骸を招け。我、与えしは――"静かなる闇夜"」


何が起きた。急に何も見えなくなった。まるで闇夜に目を塞がれてしまったかのように。恐怖と混乱で叫び出しそうになって気付く。声が出ない。暗闇に喉を締め潰されてしまったかのように。

見えないまま踏み出した足が何かに躓いた。その場に崩れ落ちる。血の味がする口の中に泥の味が加わった。自分の荒い息が聞こえ、限界を訴える足の痛みを感じる。それ以外の感覚は突如として遮断されてしまった。

「動くなよぉ、死にたくねーならさぁ」

側で声がした。そちらの方に振り向こうとして、地面に投げ出されたままであった手に痛み。

上げたはずの悲鳴は音にならなかった。


"スティンガー"と呼ばれるサリッサを標的の青年の手に突き刺し、文字通り地面に縫い止めた彼は笑う。

「瑶燐姉サン、どうするんで?」

いたぶるのが好きな瑶燐のことだ。突き刺したくらいでは満足しないだろう。お望みなら左も。右掌に突き刺したサリッサを軽く揺らす。傷を抉られる痛みに青年が声にならない悲鳴を上げる。

「それ以上やると梠宵の仕事を増やすことになるわよ」

多忙な梠宵は仕事が増えることを嫌う。忙しい理由は医療部の指揮だったり犬の躾であったり様々だが。

それに今回の目的は獲物をいたぶることではない。力に目覚めたばかりの青年を保護することだ。嬲るとするならば青年が保護を頑なに拒否した場合だろう。保護を受け入れてもらえるまで丁寧に説得する場合だ。

拒否などさせない。受諾させるためにあらゆる手段を使わせてもらおう。それだけ危険な力なのだ。ただの癇癪で何千と殺めることができるほどに。

闇雲に震えばこうなるのだと教え、そして正しく行使するために導かねばならない。この魔の力がなんなのか。古に失われた力が今、この時代に目覚めてしまった理由を、意味をこの青年は知らねばならない。

「まぁとにかく、お話からね」

青年を拘束するために発動した能力を解除する。ブレスレットに再度触れた。

「"咲き誇る災い"、解除」


唐突に光が晴れる。まるで暗闇の中に光が差したようだった。

「こんにちは」

目の前に知らない女がいた。誰だ、と怒号とともに手を振り上げようとした。が、代わりに激痛が来た。声帯が震える。

「ぁああああああああああ!!!!!!」

「あーぁ、何やってんだか」

女の後ろにいた男が笑う。刺し貫かれた手を振り上げたら痛いだけだろうに。そう付け加えたことから、刺し貫いた張本人はこの男のようだったが、まるで他人事のように笑っていた。

いったい彼と彼女は何者なのか。何故手を刺されて拘束されているのか。これは罰なのか。見渡す限り、地平線の向こうまで灰燼に帰させてしまった自分への。

疾走という行為で思考を埋めていた。その疾走が取り上げられた今、空いた思考の領域に現実が流れ込んでくる。殺した。燃やした。自分が。全部。

「色々と混乱してるみたいだけど、まずは聞いてね」

自分の返事を待たず、1つめ、と女が人差し指を立てる。

「私たちは敵じゃない。あなたを害さない」

「刺しといてそれって説得力がねぇさぁ」

「お黙り」

男が茶々を入れる。それをぴしゃりと言い返して女は目配せをする。男が刺したままの鉄棒を抜いた。

棒の先端に両刃の穂先がついている。これが手の甲の傷をもたらしたようだと冷静に分析する自分と、逃げろという本能と、敵でないといったことへの安堵と、本当かという疑問と、様々なものが混じり合う。その結果動きあぐねている自分の姿を、あちらはどうやら話を聞く気だと判断したらしい。

「名乗っておくわ。私は瑶燐」

「俺っち? 今は絡っていうんさぁ」

ヨウリン、カラメ。口の中で名前を反芻する。今はと男が言ったことが気になるが、今はこいつらの正体を知るのが先だ。目的によっては振り切って逃げる。逃げられるかは疑問だが。唐突にこちらの視界と声を奪う妙なことをされたら逃げられないだろう。そういえばあれは一体何なのだろう。

男が持っていた鉄棒が消えている。長身の身長より長い槍のような鉄の棒だ。この自己紹介の間になくなるとは思えない。何処に行ったのだろう。代わりに、男の右腕に銀の細い輪がいくつも連なった腕輪が見える。始めに男の姿を見たときにはなかったような気がする。鉄棒は何処に行き、腕輪は何処から来たのか。

「とりあえず、あんたの名前は?」

「……黄炬(こうき)

素直に答えた。黙っていても仕方ないことだ。

コウキ、と瑶燐と名乗った女は繰り返した。黄炬という字面まで聞かれたので答えておく。いい名前ね、と感想をもらった。

「で、本題ね」

3つめ。自己紹介の時に2を示していた手に薬指が加わる。

「私…アレもだけど…ヴァイスの人間よ」

「ヴァイス!?」

驚きで思わず声がひっくり返った。

ヴァイス。この街に住む人間なら誰もが知っている。この荒廃した街の秩序を守る巨大な組織。大本はどこか一つの区画の自警団だったが、人手不足で隣の区画も自警するようになり、その隣の区画も、とそうしているうちに規模が大きくなりすぎて街一帯を占めるまでになった。

具体的に何を目的として活動しているのかはあまり知らないが、この巨大な街に秩序を敷いて管理している。職がない人間に仕事を斡旋したり、災害が起きれば救助に乗り出る。争いが起きれば仲裁する。

言ってみればこの荒廃した中の政府みたいなものだ。本当の政府は安全な壁の中に引きこもって貴族たちと贅を貪っているのだけれど。

そのヴァイスが、何故、自分に接触してきたのか。理由が思い浮かばないわけがない。この大破壊の始末だ。秩序を維持する組織としてはこんな大破壊を見過ごせるわけがない。犯人を捕らえて、そして。

「……殺すのか」

「さぁ? どうすっかはお前次第さぁ」

なぁ、と絡というらしい男が瑶燐に問う。そうね、と彼女は答えた。

「私達の正体がわかったところで、ちょっと移動しましょうか」

続きはその後で。落ち着けるところに行こうと瑶燐が指し示す。見れば、何人かの男たちがこちらに向かってきている。あれは誰だろう。ヴァイスは街を支配している組織だが、対抗する組織もあると聞く。それだろうか。

「のんびりしてる間にタチの悪いのが来ちまってなぁ」

やれやれといった風に肩を竦めた。口ぶりからして予想通り、ヴァイスの対抗組織のなにがしかであるようだった。

「絡。10分で来なさい」

瑶燐が自分の手を取った。軽く引っ張られて立ち上がる。絡を置いて駆け出した。


「瑶燐姉サンは人使いが荒ぇなぁ」

困ったように彼は苦笑する。こういう事態になった時のための合流地点と定めたところまで、ここから8分はかかる。差し引き2分でこの人数を片付けろというのだ。

「ひぃ、ふぅ、みぃ…30? …1人あたり4秒かぁ」

武器を手にした何十人を前にざっと計算する。相当な難度だ。格闘戦であればの話だが。

「ほれ、来ぃや。"スティンガー"」

彼が右手を振るう。その瞬間、素手であったはずの手にサリッサが握られる。本来なら地面に刺し、突っ込んでくる人間を待ち伏せるためのものだが今回はその使い方をしない。

本来の使い方から逸脱し、サリッサを投擲する体制を取る。この間に1分が経っていた。時間がない。槍投げの要領で投擲する。投げられたそれは向かってくる男たちへ向かって空を飛ぶ。

と、その軌道が不意にぶれた。否。ぶれたのは軌道ではない。サリッサだ。まるで分裂するかのように輪郭が揺れ、その姿がいくつも分かれる。

投げられたそれが男たちの頭上に到達する頃、おびただしい数に増えていた。そして、そのまま雨のように降り注ぐ。地面ごと男たちを刺し貫いた銀の雨は目的を果たし、本体を残して収束する。後に残ったのはわけも分からず死んだ男たちのだった。

「ジャスト、2分」




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