休章 譴責
耳に残る言葉はただ一つ。仇、と。
目を覚ました黄炬の視界に飛び込んできたのは白一色だった。それが医務室の天井であるということを理解したのは梠宵が声をかけてきたからだった。
「おはよう坊や」
いまいち状況を掴めていない黄炬の様子に苦笑する。いい、とまるで教師のような口調で説明してやる。
諸々のことを済ませた捌尽が、疲れきった霜弑とともに戻ってきてみれば、黄炬が胸部を刺されて気絶していたのだ。幸いにも急所を避けていたし、短刀が栓の代わりをして出血を抑えていたため一命を取り留めるに至ったのだ、と。
「情けないわね」
その場には少女が立っていて、彼女が刺したことは明らかだった。彼女を拘束し黄炬を医務室に運んで今に至る。捌尽はその経緯の説明のために席を外している。ついでにそのまま無断で霜弑と黄炬を連れ出したことを叱責されている。
霜弑はというと、主に捌尽のせいで拠点に着くなり倒れてしまって、医務室のベッドで横になっている。黄炬の寝るベッドを隔てるカーテンの向こうで昏睡している。ただの過労なので数日眠れば回復する。
「見た目の通り貧弱なのよ」
だから無理がたたってよく倒れるのだ。原因は主に捌尽のせいだ。何がとは言わないが。
寝かせておけばいいだけなのだから、わざわざ医務室でなくとも自室で構わない。だがそうしない。するように以前梠宵が求めたことがあるが、同室の捌尽が拒否するのだ。曰く、寝顔を見ていたら欲情するので、だそうだ。
「あの子については放っておいてちょうだい」
というより構うと捌尽が騒ぐので放置していて欲しい。ちなみに目覚めるまで絶対に捌尽は見舞いに来ない。寝顔を見ると以下略ということだ。
それより、と梠宵は黄炬を促す。起きれるなら起きろ、と。
「怪我自体は大したことないわ。浅すぎて治療の必要が無いくらい」
念のため数日は大人しくしていてもらうが。任務は無しになるだろう。傷病手当が出るのでその間の給与については心配しなくていい。
「そしてその足で玖天のところへお行きなさい」
今、玖天があの少女について取り調べをしている。彼女の素性を調べねばならない。そして場合によっては、それなりに痛い目をみてもらう。
「…それって…」
黄炬の表情に不安の色が浮かぶ。あんな小さな子に何をしようというのか。ヴァイスの人間に手を出したということで死をもって償えだとか、そういうことをするのだろうか。
「まだ話を聞くだけよ」
これが瑶燐でなくてよかった。残虐な性格の瑶燐はヴァイスに反する者へ一切容赦をしない。絶対の法でもって裁き災いで罰する。彼女が取り調べを担当していたら、今頃少女はどうなっていたか。
だがまだ素性不明ということで調べる段階だ。仮に征服者の人間であったら身柄は危ういが、そんな印象は感じられないのでそうはならないだろう。
最も有力な説は、征服者に何かをされ恨みを持つ少女が、黄炬を征服者と勘違いし刺したのではないかというものである。真偽は今玖天が取り調べている。
「貴方からの見解も聞きたいそうだから、玖天のところにお行き」
時間なの。梠宵が鞭を取り出す。
「犬の調教が見たいって言うなら話は別だけど?」