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荒廃した街で、退廃した俺たちは  作者: つくたん
郷人による凶刃の章
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任務 宿意

一方で白槙は去来する胃痛に悩まされていた。

「大丈夫かしら?」

通信端末ごしのリグラヴェーダの声に片手を挙げて返す。そう思うならもう少し常識だとかそういうものを身に着けて欲しい。彼女はそんな価値観など持ち合わせてはくれないだろうが。

「人間同士で決められた最低限のルールですら人間が守れないんだもの、私が守れるわけがないでしょう」

「あぁ、そうだな…」

溜息混じりで返す。全くそのとおりだ。そうであるなら今頃壁の中にこもる連中はいないしこの世界は荒廃していない。

その言い方の通り、リグラヴェーダは厳密に人間ではない。"大崩壊"で絶滅したという、人間によく似た人間でないもの、つまり亜人だ。先祖返りで現代にそう生まれたわけではない。長命の特徴を持つ彼女の種は"大崩壊"を生き残り、人間に混じって細々と暮らしていたのだという。リグラヴェーダとて、見た目の年齢の何十倍を生きている。実際の年齢は聞いたことがない。恐らく途方もない年月だ。

「…それより」

誤魔化すように咳払いを一つして、白槙は話を本題に戻す。"零域"の対抗策の話だ。成分表を手に入れ試作を実験し、それを元にしてきちんとした中和薬は出来たのだろうか。

さすがに一晩では無理だろうか。白槙が問えば、まさか、とリグラヴェーダ。

「私を誰だと思っているの」

心外だと言わんばかりに眉をひそめる。通信端末の画面から消え、そして再び現れたリグラヴェーダは小瓶を見せた。

濃縮した成分で自滅させる以前のものとは違い、きちんと成分を鎮静分解する。沈静化した結果、変化した身体の負荷に耐えきれず絶命するので結果は変わらないが。過程の話だ。許容量を越えさせて殺すか許容量そのものを減らすかだ。

「ちゃんと役目を果たせるか試してほしかったのだけど…」

まだ試作の段階だ。対抗策としてヴァイスのメンバーに配布するには実験不足だ。そのため使ってほしかったのだが、その実験の舞台として頼みたかった捌尽は早々に飛び出してしまった。

「帰ったら厳しく叱っておいてね」

「あぁ…」

その後で霜弑が八つ当たりを受けるのだろう。霜弑には謝っておかねばならない。胃を痛ませながら白槙は思った。曲者どもめ。


建物内にひしめく異形をすべて片付けるのにそう時間はかからなかった。なにせ動かないのだ。片付けやすい的であった。

「もう終わりかな」

返り値をすべて回避した捌尽に一点の汚れもない。殺陣のほぼ中心にいて的を保持していた霜弑も同じく。対する黄炬は相手取った異形のほとんどを巨爪で潰していたため全身が返り血で染まっていた。

「黄炬」

霜弑は提げていた氷剣に魔力を込める。空気中の水分に干渉して黄炬の頭上に氷の球を作る。綿密なコントロールで氷の凝固を打ち消しただの水にする。落とすぞ、と一言言い、意図を掴めず困惑する黄炬に水の塊を落とした。

「っ、なに…!?」

「…簡単なシャワーだ」

おかげで血は流れ落ちただろう。しれっと言い放つ霜弑に、まぁそうだけど、と何とも言えない表情を浮かべる。血で濡れるより水で濡れたほうがましだ。とはいえ、このやり方は。

「さて、と」

捌尽は"徒桜"を鞘にしまって腰に提げた。その光景に違和感を覚えた黄炬は思い切って捌尽に訊ねることにした。あの刀は武具である。ならば黄炬の巨爪や霜弑の氷剣のように装飾品に形状を変化させて持ち運ぶことが可能であるはずだ。それをしないのは何故か、と。

「あぁ、別にアクセサリーにしてもいいんだけど」

ちなみに"徒桜"は指輪に変化する。だがそうして持ち運ぶより手で直接刀を持っていたい。人を傷つけられるものを持っているのが戒めになるのだと、つまり自制のためらしい。

「あとは単純に抜刀までの速さとか」

鞘に収まった状態で変化するのだ。指輪から鞘に収まった刀へ変え、そしてそこから抜刀する。形状を変えるその段階の分、ほんの僅かだが時間がかかる。たった瞬き程度の時間だが、その一瞬が生死を決する場合がある。だから常時発現させているのだ。

常時発現させるために常に魔力を注がなければいけないが、苦ではない消費だ。常時発現のために消費する量が、自然に回復する量を下回っているため常に発現させることが出来る。

「瑶燐もそうだよ」

彼女の絶対の法は常に発動されている。形状はカードのまま変わらない。発動中はカードに絵柄が浮かぶのだ。

施行する法を宣言するという準備の段階があるので、僅かなタイムロスさえ減らしておきたいということで常時発動させているのだという。

普段の生活では一番影響のない"集中攻撃禁止"の法を敷いてあるらしい。以前"刃物禁止"を発動させたまま食堂へ行ったら包丁が使えなくなったと忸王にたっぷり怒られたという。

「…絖もか」

鍛錬場となるあの異次元は絖が常に召喚し続けている。本人が気絶しても存在する。部屋を消滅させるには絖がそうしようと思った時か、絶命した時か、呼び出す武具が破壊された時だ。

「納得した?」

捌尽の説明に黄炬が頷く。霜弑以外に見向きもしない捌尽にしては珍しく丁寧な説明だった。

「それなら、任務に戻ろうか」

この工場を丸ごと燃やすことだ。だが、もしかしたらこの戦闘の騒ぎを聞きつけて誰かが来たかもしれない。野次馬の一般人か、征服者(ヴィクター)の応援が。念のため周囲を見回りしてから火を放とう。そう捌尽が提案する。

「何かあったら呼んでね」

武具を発動させればその魔力の動きで察知することが出来る。そう言い置いた捌尽は霜弑を引きずるように暗がりに連れて行った。見回りする気など皆無である。

抵抗すれば開放までの時間が長くなると身を持って学んでいる霜弑は諦めの表情でなすがままに連れて行かれた。

残されたのは黄炬だけ。とりあえず言われた通りに見回りでもするかと歩き出そうとした黄炬は、こちらを注視してくる視線に気がついた。

崩れた柱の陰に立つ少女の姿。征服者(ヴィクター)の人間かとも一瞬思ったが、それにしては所作がそれらしくない。工場から音がすると様子を見に来た野次馬のようなものだろう。

「あー…」

どう説明したものか。困りながら黄炬は少女の元へ寄る。逃げられるかと思ったが、少女は彼を注視したまま動かない。

少女の目の前まで歩み寄った黄炬は、頭3つ分小さい少女に目線を合わせようと軽く屈んだ。その時。

「…っ母さんの…兄さんの…みんなの…仇…!」

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