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荒廃した街で、退廃した俺たちは  作者: つくたん
災厄と最悪の章
33/112

休章 失当

来た時と同じ時間をかけてようやく拠点へと帰還する。時刻は昼の盛りをとっくに過ぎて日が落ち始めていた。

「…昼飯…」

その存在を思い出し、黄炬の方ががくりと落ちる。今更昼飯にありつくには遅すぎる。しかし食べないまま夕飯時まで待つのは腹が寂しい。間を取って軽食程度に抑えるか。否。それでは満足せずにおかわりを要求し、気がつけば満腹になっているに違いない。

「好きにすれば?」

悩む黄炬を瑶燐はばっさりと切り捨てる。朝夕の2食派なので、付き合いでもなければ昼は抜く。早々に報告書を書き上げてしまおうと瑶燐は黄炬を置いて自室へ向かおうと足を向ける。その前にリグラヴェーダに聞いておきたいことがあるので薬局に寄らなければ。

「おぉ、黄炬!」

食うか食わざるか、悩む黄炬に快活な声がかかった。伯珂だ。

黄炬を見つけて駆け寄ってきた伯珂だったが、側に瑶燐の姿を認めて足を止める。自分よりも年下だが瑶燐は上司だ。きっちりと敬礼をする伯珂に瑶燐は片手で返す。

「どうもです、瑶燐さん」

「えぇ。…なに、あんたたち知り合いだったの」

瑶燐の問いに伯珂が頷く。知り合ったきっかけを話すと、瑶燐は、へぇ、と一言漏らした。

「そうだったの。…じゃ、私は行くから」

報告書忘れないでね、と嫌な一言を言い残し、瑶燐は転移装置に触れる。さっきとは違う意味でうなだれる黄炬へ手を振って光の中に消えた。


「あら、おかえりなさい」

「ただいま、梠宵」

とりあえず優雅に紅茶をすすっている梠宵と、その下で文字通り椅子になっている絖の存在は置いておく。特に絖。深く聞くだけ無駄だしだいたい予想はついているので放っておく。

「リグ。あれは何?」

リグラヴェーダのいる薬局に足を踏み入れるなり、瑶燐は口を開いた。

あの薬はいったいなんだったのか。中和薬というには効果が妙だ。

「霜弑から成分表をもらったから有効活用しただけよ」

あの中和薬にはふたつの効果を持たせている。ひとつは反"零域"としての効果。これは事前に説明したとおりだ。"零域"の成分を中和して無効化する。だがこれはオブラートに過ぎない。サンプルがない以上確実に無毒化できない。中途半端なものを出すのはリグラヴェーダの矜持に反する。

だから別の効果をもたせることにしたのだ。それは、"零域"そのものとしての効果だ。ただし何倍にも濃縮したものである。たった一錠で異形に変ずる薬の、何十倍もの成分を込めた。

「あれだけきついものを与えられたら人間は耐えられない」

毒が過ぎれば猛毒である。制御を外したとはいえ肉体の許容量を越えて限界を迎え、そして自壊する。

そうなるように仕組んだのだ。話を聞いた梠宵には呆れられてしまったが。

「なんてひと…」

「それ、私も言ったわ」

優雅に足を組み替え、梠宵が口を挟む。でしょうね、と返した。

この薬師は本当に、なんてひとなのだろう。最も凶悪で最も害悪な薬屋め。

「何とでもお言い、それが私よ」

梠宵に返したように瑶燐にも返す。最強最悪、結構ではないか。


「へぇ、そんなことがねぇ…」

黄炬に任務の様子を聞いた伯珂が何とも言えない声を出す。黄炬が涙ながらに話すのは理性を持った異形でもなく瑶燐の振り撒いた災いによって動きを拘束されたことだ。

「ったく、本当に怖かったんだぞあれ」

そうごちて、黄炬はサンドイッチにかぶりつく。食べるつもりはなかったのだが、一級唯一の良心が天真爛漫な笑顔で勧めてきたから買ってしまった。忸王め、商売が上手い。

「まぁまぁ、動きを止められただけでよかったじゃねぇか」

こっちなんかもっと悲惨なんだぞ、と伯珂が長い溜息を吐いた。伯珂は四級だ。つまり上司はあの名の無い彼である。上司ということは、新人研修は彼に担当してもらったわけであるが。

あの曲者っぷりときたら。思い出すだけで年甲斐もなく涙が出そうだ。伯珂は思わず目元を抑えた。

「武具がなぁ、怖くて…知ってるか?」

"スティンガー"と呼ばれるサリッサだ。サリッサとは、身丈を越える長柄の両端に菱形の穂先がついた槍のことだ。本来ならば、地面に対し斜めに立てかけたサリッサを持たせた兵を並べ、文字通り槍の盾とするものだ。しかし彼はそれを片手で操る。

「ただの長柄の槍かって思うだろ、違うんだ」

彼の武具は腕輪からサリッサに変ずる。だがそれは特殊な能力を秘めたサリッサだ。上空に投げればそれはいくつもの光の槍となって広範囲に降り注ぐ。

彼はそうやって敵も味方も関係なく貫いて殺す。あれに何度巻き込まれたか。医務室の世話になったことなど両手では足りない回数ある。

「ほんと、あいつにとってオレはいてもいなくてもいい路端の石ころみたいなもんさ」

巻き込んでしまった時、彼は血だらけの伯珂を見下ろすだけで何もしなかった。運が悪かった、とだけ言って残して。

「今は研修も終わってひとりで任務に出られるようになったからいいものの…」

苦い思い出を振り返り、伯珂は苦笑する。今となってはいい思い出だ。

だが黄炬は研修中の身。一級の実力に触れてその強さを目の当たりにするのも新入りの義務だ。いずれ一緒になるだろう。

「オレみたいになるなよ?」


「……んなコトしたさぁ?」

「したんじゃない?」

伯珂と黄炬の会話を盗み聞きつつ、覚えがない、と首を傾げた彼に忸王はくすくすと笑った。



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