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荒廃した街で、退廃した俺たちは  作者: つくたん
災厄と最悪の章
32/112

任務 特効

どうしようか。瑶燐は思考を回転させて突破口を探していた。人質になる方が悪いと黄炬を見捨てることもできる、だができればそれをしたくないとは思う程度には瑶燐は黄炬のことを気に入っている。

黄炬の魔力はほぼ尽きている。火球は作り出せない。だとすると巨爪による格闘戦だが、異形の怪力に敵うはずがない。法なり災いなりで支援しなければいけない。だがそれをしようと瑶燐が動けば、その瞬間に異形は黄炬を殺すだろう。

完全に詰みだ。絶対的優位を確信して異形が嗤う。あちらは仕掛けられない。だがこちらは仕掛けることができる。

「勝チ、ダナ」

最高に歪んだ笑みを異形は浮かべた。


同時刻。リグラヴェーダは上機嫌で本のページをめくっていた。読んでいるわけではない。ただの手遊びだ。

やたら機嫌がいいのね、と同階のよしみで紅茶を飲んでいた梠宵がリグラヴェーダを見る。

「理由を聞いてもいいかしら?」

梠宵とリグラヴェーダは似た者同士だ。だから機嫌がいい時がどういう時なのか見当がつく。例えば、企みがうまくいった時だとか。

「何を仕掛けたの?」

「別に、ただの遊びよ」

梠宵の問いにリグラヴェーダはただ口端を吊り上げる。

あの資料で作った中和薬の効果などたかが知れている。身体全体のほんの一部分の筋肉を破壊するのがせいぜいだ。それによって多少理性が戻るかもしれないが。

「せっかく成分表があるのだから使わなければ、と思っただけよ」

この薬師がまさか、ほんの一部だけを損なわせるだけのような、そんな中途半端なものを渡すと思うのか。形の良い唇を吊り上げるリグラヴェーダは、きっと起こっているだろう事態を思う。きっと面白いだろうに。生で見られないのが残念だ。

「どういうこと?」

「薬が過ぎれば毒…なら、毒が過ぎれば?」


「…ぁ…?」

まず始めに異変に気がついたのは、黄炬だった。おかしい、何かが変だと直感した。黄炬に続いてそれに気がついた瑶燐がその違和感の正体を経験から突き止めた。

異形の背中に妙なこぶがある。それはさっきまでなかったものだ。こうして対峙している間にできたのだろう。その証拠に、こうしている間にも背中のこぶは少しずつ隆起している。

流石に異形本人も気がついたようで、背中に意識をやる。あのふたりが何かしたのだろうか。否、そんな素振りはなかった。絶対的優位のままだ。

何、と問おうとした時、異形の身体がびくりと震えた。

「…ガ、ァ…!?」

まるで発作を起こしたように、がくりとその場にくずおれる。せっかく捕らえた黄炬が逃げてしまったがそんなものに構っている余裕は異形にはない。また、びくりと引きつった。

口に違和感を覚えて唾を吐き出す。血と一緒に歯が抜けた。すべての歯がぼろぼろと抜けていく。口内に溜まる血は唾の要領で吐き出すには多い。ついに口の端からこぼれた。その間にも、びくり、と身体は変に引きつり続ける。

何が、何を。混乱する思考の中、異形は原因を考えていた。"零域"ではない。"零域"にこんな効果などない。まるで、内部から破壊されていくような。――内部。

「サッキノ、薬、カァ…!」

それ以外に思い当たらない。あの緑色の液体だ。身体を歪に引きつらせ、異形は苦悶する。肥大した筋肉の下で何かがうごめいているようだった。身体はぼこぼこと隆起と鎮静を繰り返し、そしてついに盛大に背中が裂けた。大量の血を撒き散らし皮を裂き。しかしそれでもおさまらない。

「オノレ、オノレェ…!!」

ばちん、と。ひときわ大きな音を立てて、異形は内部から弾け飛んだ。それはまるで見えない何かが異形を内側から食い破ったよう。爆砕された肉体が四方に肉片と血を散らす。

黄炬の目の前に耳だったものがぼとりと落ちた。


「…本当に…」

なんてひと、と梠宵が力いっぱい吐き出した。リグラヴェーダの企みは想像以上だった。

「何とでもお言い、それが私よ」

梠宵の罵倒を聞き流し、リグラヴェーダは紅茶をすする。一口飲んでソーサーに戻した。ちなみにこれは梠宵の足元で這いつくばっている絖が淹れたものだ。

「口に合わなかった?」

一口だけ飲んで戻すとはそういうことだ。絖へのお仕置きを考えつつ訊ねた梠宵にリグラヴェーダは首を横に振る。そういうことではない。とてもいい香りと味だった。だが。

「奸計がうまくいった時の方が何杯も美味しいの」

嵌められた者の絶望と嵌めた者の至福と。あの味に比べれば。


「…自滅?」

戸惑う瑶燐。リグラヴェーダは何をしたのだろう。

弾け飛んだ四肢がそこから再生するといったようなことはなさそうだ。何も動く気配はない。撤収していいのか判じかねていた瑶燐はしばらく考え、よし、と腹を決めた。

「帰るわよ」

目的は果たした。これ以上はいいだろう。新手が来る様子もない。仮に異形がこの四肢断裂の状態から復活したとしても払いのければいいだけだ。さすがに勘弁してもらいたいが。

「予言、外しちゃったわ」

異形によって鉄柱に叩きつけられた黄炬は骨折こそしていないもののかすり傷は負っている。これでは無傷とは言えない。予言の的中率が下がってしまった。困ったように瑶燐は頭を掻いた。

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