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荒廃した街で、退廃した俺たちは  作者: つくたん
惨禍と参加の章
3/112

序章 悪徳

そうして始まる退廃した物語への讃歌。

楽譜などはありはしない。終着のない歌を、この世界に捧ぐ。


「362-5区画が吹っ飛んだぁ!?」

下っ端の報告に彼は素っ頓狂な声を上げた。報告書を読み上げた部下に信じられないという風に詰め寄る。

地区によって差はあるが、ひとつの区画には何千人と住む。それが、一瞬で吹き飛んだなどと。あまりの事態に少年は完全に動揺していた。ありえない。ただひとつの可能性を除いて。それが起きたというのか。ありえない。

「ちょーっと落ち着きぃや、なぁ?」

水葉(すいば)と呼ぶ声が背中から聞こえる。その声で落ち着きを取り戻した少年は不機嫌そうに振り返った。

長身痩躯の青年がそこにいた。深くかぶった帽子のせいで表情は読めない。腰まである長い髪がさらに表情の判別を難しくする。唯一見える口元だけが、楽しそうに弧を描いていた。

「何の用ですか、無名(むみょう)

「あー、今は(いつ)っていうのさぁ。車を失うと書いて、軼」

「…じゃぁ、軼。君は原因を知っているんですか?」

彼の名乗りが変わることは日常茶飯事だ。気分によって呼ばれたい名を名乗る。特に気にもとめず、水葉は本題を問う。本題は彼の名前ではない。

ひとつの区画が丸々消えた原因を知っているのか。詰問に彼は飄々として返す。答えなど知っているだろう、と。

「お前さんが頭の端に思い浮かべて、即座に否定した可能性さぁ」

それ以外ありえない。だからどんなにありえないことでもありえる。それ以外の答えはないのだから、消去法で残ったそれが答えだ。

その瞬間、ぽん、と通信端末が着信を告げる。パネルに表示された文面。緊急事態を告げる印。

「ってぇワケで、"一級"全員集合だってさぁ」

ありえないことが起きてしまった。緊急事態だ。

通信よりも先立って召集令を伝えに来た無名、もとい軼は笑みを貼り付けて水葉に手を差し出す。

「わざわざ呼びに来たんですか、ご苦労様です」

差し出されたそれを無視して、水葉は歩き出した。俺ってば無視されてやんの、と苦い自嘲も黙殺した。


荒廃した街に治安はない。あるのは悪徳の秩序だけである。その秩序を律するのが彼らだ。ヴァイス(白い悪徳)と呼ばれる組織がこの荒廃した街の秩序だ。

秩序を占める組織の幹部に年齢も素性も関係ない。あるのは唯一つの共通点。それを水葉も無名の彼も持っていた。

「……そして、362-5地区を吹っ飛ばした張本人もおそらくね」

遅かったじゃない。待ちくたびれたように女が二人を出迎えた。短くまとめた金髪と裾の短い服がさっぱりとした印象を与える。露出は多いが下品な雰囲気ではない。動きやすさを追求した結果、布の面積が減ったのだろう。

瑶燐(ようりん)、他は?」

「あと二人、まだ来てないからもう少し待ってあげてね」

瑶燐と呼ばれた彼女は会議室の空席を指す。円卓の空白の席を眺め、水葉は嘆息する。ここに座るべき人間が遅いのはいつものことだ。いつものことだが、緊急召集だというのに遅刻とは。

まったくもう、と言いかけた言葉に重なるように、ドアが開く。こつ、と赤いピンヒールを鳴らして入ってきたのは妖艶を絵にして描いたような白衣の女性だった。張り付くような白衣の裾をさばいて優雅に歩く彼女の左手には鎖が握られていて、その先は後ろに控える青年の首輪に繋がっていた。

「ごめんなさい、"犬"の躾に手間取ってね」

「相変わらず悪趣味ね、梠宵(りょしょう)

梠宵が犬と呼ぶのはその背後の青年だ。他にもいるらしいが瑶燐にとってはどうでもいい。肝要なのは彼女の悪趣味が気に入らないということだ。

ひとを犬畜生扱いすることに良心が痛むとかそういう話ではない。そんな倫理観など親の腹に置いてきた。この緊急事態に犬の躾を優先して遅刻する性根が気に入らない。

「悪趣味なら君もそうだろう、瑶燐?」

にっこりと笑って眼鏡の青年が口を挟む。悪趣味と罵るなら瑶燐だってそうだ。嬲り殺すのが何よりも好きな彼女が他者を悪趣味どうこうとは罵れない。

そうだろう、と微笑む青年に瑶燐は目をすがめる。嬲るのはそちらだって好きだろうに。この変態。言い返しかけたところで咳払いが割り込んだ。

捌尽(はちつき)だって大して変わらないじゃない、この……」

「あー、全員揃ったところで」

灰がかった銀髪の少し長めの前髪を払って仲裁に入った壮年の男性が手を叩く。くだらない罵り合いは終わりだ。このままではいつまで経っても本題が始まらない。こんな罵り合いをするために召集をかけたのではない。

「とっとと始めるぞ。……玖天(くてん)、報告を」

「はいはーい! 本題にインしちゃいますよーっと」

そう言うと、棒付き飴をくわえた少女は手元の操作盤を叩く。壁に据えられた大きなパネルに街の見取り図が載る。

ここはかつて国だった。大陸の片隅に構える小国だった。しかし、世界は"大崩壊"と呼ばれる未曾有の大災害によって荒廃した。残ったのは瓦礫と化した国々。国同士が身を寄せ合い、合併と侵略を繰り返し、大陸ひとつ丸々が国になった。

侵略と併合のせいで文化や人種が混じり合い、争いが耐えなくなった。貧富の差は拡大して、荒廃した国は国の体裁を失った。生き残った貴族階級達はかつて首都であったところに壁を建築して内部にこもってしまった。残された平民達はその壁の裾にしがみつくように暮らしている。裾といっても大陸ひとつぶんだが。

「今回吹っ飛んだのは362-5区でー」

国という体裁をなしていた頃、国を管理するために区画を区切り、番号をつけていた。400以上もある区画は番号が少ないほど首都に近付き、治安は良くなる。

壁の中の貴族共はこんな末端の区画が吹き飛んだところで気にしないだろう。むしろありがたがるはずだ。裾にしがみつく荒区の貧民が消えてくれて助かった、と。

だがそこに生きる者にとっては重大な問題だ。だからこそ秩序を守る組織があり、組織に属する彼らはここにいる。

「んで、来た情報を解析してみたら、ですねー」

この荒廃した街のすべての情報管理を請け負っている少女が操作盤をさらに叩く。幾つかのグラフを提示し、街の地図と重ね合わせる。これが示すものを、ここにいる者達はよく知っている。

「……"魔力持ち"か」

「そのとーり! 捌っちゃん賢い!」

はるか昔、この世界には魔の力が溢れていた。特別な素質など必要なく、ごくありふれたものだった。それらは"大崩壊"によって失われた。魔の力は遺物となってしまった。

だが、時折先祖返りのように、こうして魔に目覚める者がいる。遺物を現物として扱える者達が。

区画を吹き飛ばした大事故の犯人はそれを持つ者だ。偶然か故意か。目覚めてしまった力がこの惨禍をもたらした。

「お迎えが必要ってわけね」

今頃、あまりの事態に混乱している頃だろう。呆然と灰と瓦礫の中に佇んでいるはずだ。どうして、何故、と答えを知らない疑問を繰り返して。

混乱したままでは力の使いみちを誤る。このままでは待っているのは第二の惨状だ。だから保護して導いてやらなければならない。それをなすための組織が我々なのだから。秩序維持の裏でこのために働いている。

「で? 誰が行くの?」

手負いの混乱する獣を宥めて首輪をつけるのは誰だ。握った鎖を弄びながら梠宵は訊ねる。犬は好きだが獣は好みではない。

「言っておくけど、僕は霜弑(そうし)と一緒じゃないと嫌だからね」

捌尽が隣の青年を引き寄せる。お前はまったく、と溜息を吐きつつまんざらでもなさそうな様子だ。灰がかった銀髪の下の顔はほんの僅かに赤い。

「私も手間のかかる犬の躾があるから。それに、まだ治療中の患者もいるしね」

「梠宵あなた、まさか手術中なのに来たの?」

「あら。緊急だから来いっていつも言うのは瑶燐じゃない」

だから施術の途中だがやってきた。放っておかれることとなった哀れな患者は腹を開かれたまま麻酔で眠っているだろう。おそらく死なない。死んだらそれまでだ。

医師でもある梠宵の過激な発言に瑶燐は唸る。召集がかかったら早く来いと確かにいつも言っているが。犬の躾ごときで遅刻するなと言ってはいるが。だが、手術中はさすがに。いや、優秀な医者である彼女が良いと判断したのだから良いのだろうが。

「まぁいいわ。とりあえず配置はいつもどおりでしょう?」

医師である梠宵とその犬、情報管理を担う玖天、そして事態を見守る構えの数人。組織の運営や支援に携わる者たちが出る必要はない。だから瑶燐や捌尽、霜弑といった実行部隊が出る必要があるのだが。

あの通り捌尽は同性の恋人である霜弑を離さないし、霜弑もそれに応えるつもりでいる。この会議が終わればいつも通り部屋にこもるのだろう。そこで何をするかは瑶燐の知るところではない。

少年だてらに幹部の一角を担う水葉は面倒臭いと顔に書いてある。強く請わなければ動かないだろう。だとすると残りは。

「俺っちと瑶燐姉サン?」

この胡散臭い笑みを貼り付けた名無しの男と一緒だ。瑶燐は溜息を吐いた。一緒に組むことは初めてではないとはいえ面倒臭い。名前も主義も主張も気分で変わる彼に振り回されることばかりで。

「行けばいいんでしょう、行けば」

誰が行くのかと取り仕切り始めたあたりでそんな予感はしていた。覚悟を決めた瑶燐に、そうそう、と梠宵が声をかけた。

「私は忙しいから。…これ以上仕事を増やす真似はしないでね」

一瞬、極寒が過ぎ去った。思わず背筋が粟立つような声音でそう囁くと、目だけは笑わない笑みを浮かべて梠宵は手術室へ踵を返す。そろそろ麻酔が切れてしまうかもしれない。

「っはー、梠宵姉サン、怖ぇでやんの」

肩を竦めて、彼は困ったようにへらりと笑う。言葉とは裏腹に彼は一切恐怖を感じていなかったが。あの程度の脅しなど、彼の持つ恐怖に比べればさほどでもない。

「怪我するな、怪我させるな、か。難しいわね」

梠宵の言いたいことを的確に察して瑶燐は眉を下げる。動揺と混乱のただ中にいる人間を宥めることに自信はない。実力行使するしかない。しかし怪我をするのもさせるのも禁止となると難しい。

だができる。彼女の持つ魔の能力ならそれを可能にする。その能力でもって彼女はこの地位にいる。

「…ヴァイス、一級……"呪禁"の瑶燐、行きます」

その手には銀色に輝く手札。


讃歌はまだ、前奏にすぎない。

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