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荒廃した街で、退廃した俺たちは  作者: つくたん
初めと始めの章
29/112

任務 執行

朝の支度を終えた黄炬が任務通達の指示通り玄関ホールに向かうと、そこには瑶燐がいた。

「あれ?」

三級の統括は霜弑だ。つまり黄炬の上司は霜弑だ。だから霜弑がいると思ったのだが。黄炬が疑問をぶつけるより先に瑶燐が説明する。今回の任務の目的を達成するには瑶燐のほうが適任だからとのことだった。

「それに、霜弑が倒れたの」

ついに疲労が限界に達したようだ。文字通り抱き潰された霜弑は医務室のベッドで寝ている。そのため任務にも最適ということで瑶燐が出ることになったのだ。

「大丈夫、"私たちは無傷で帰ってくる"」

私の予言は百発百中なのよ、と笑った。


「さて、行きましょうか」

瑶燐が背を預けていた瓦礫から身を起こす。かつん、と靴音高らかに歩き出した瑶燐のあとを黄炬も追った。

このあたりは地図上、居住地となっている。人の往来がしやすいようにトロッコを改造した運搬車が配備されており、人々はそれを使って簡単な鉄道を敷いている。その鉄道に乗ってヴァイスの拠点からここまで移動してきたわけだが、結構な距離だった。あの広い拠点を一瞬で移動できる転移装置が羨ましい。

「転移装置は発信側と受信側がいないと使えないからね」

それに仮に目的地に転移装置があったとしても、長距離の移動には膨大な魔力がいる。あまり推奨できない、とは瑶燐の弁だ。

「"大崩壊"以前は誰もが簡単にできたらしいんだけどね」

空気中に魔力が含まれるほど豊富だった。その大気中に霧散する魔力を引き出していたから今ほど大変ではなかったらしいのだという。海をまたいで大陸ひとつ渡ることさえ容易だった。今それをやろうとすれば半分の距離も行けないだろう。たとえ一級の全員の魔力を合わせても。それほどに空間転移というものは難しいのだ。

「でもさ」

だとしたら拠点のそれはどうなる。拠点内の移動には転移装置を使っている。魔力持ちではない人間もだ。あれはどういう仕組みなのだろう。あれには魔力が必要ないとでもいうのだろうか。

「あぁ、あれ?」

曰く、あれにはあらかじめ魔力を充填してあるらしい。作動の際にはそれを消費して転移魔法をなす。だから誰でも使えるようになっている。その充電を行うのは白槙だ。

魔力は時間とともに回復する。ならば使わねばもったいないと律儀に毎朝白槙が各所を回って充電しているらしい。

「そんな仕組みをどうやって…」

「――"灰色の賢者"」

黄炬の疑問にかぶせて瑶燐が答える。

「"大崩壊"の時代からいる、この世界と歴史の生き証人」

すべてを知ると言われる人物だ。名前も素性も知らない。顔と通り名だけを瑶燐は知っている。他の一級の面々も同じようなものだろう。謎ばかりの人物だ。ただ、ヴァイスがあそこに拠点を構える際に白槙の頼みで転移装置の機構を組み上げて各所に設置したということは知っている。

「詳しいことはリーダーが知ってると思うわ」

白槙に聞けば答えてくれるだろう。どこまで教えてくれるかは疑問だが。必要なら嫌でも思い知ることになる。そうならないということは今はまだ必要ないことだ。そうあしらわれるさまが目に浮かぶ。

「さて、任務に戻りましょうか」

無駄話はここまでだ。目的地は目の前なのだから。瑶燐が視線を前方に据える。これだけ無駄話をしているというのに拠点は静かだ。まるで瑶燐たちに気付いていないかのように。

黄炬はともかく、瑶燐など広く顔も知られているだろう。それが堂々と外を歩いて、鉄道まで使って、そして見つからないとは。

「言ったでしょう? "誰にも見つからない"って」

得意げに瑶燐が笑う。そういえば鉄道に乗る前にそんなことを言っていた気がする。私の予言は本当に当たるでしょう、とくすくすと笑った瑶燐の右手で、じゃらり、とブレスレットが鳴った。

「さぁ、次は"無傷で帰ってくる"も当てないとね。…さて」

どれにしようかしら、と瑶燐がもったいぶりながら取り出したのは数枚の銀色のプレートだ。それが武具であることなど気付くのに時間はいらない。

「"ジャッジ"」

ぱし、と空気が割れる音がした。あたりの雰囲気ががらりと変わる。風が不自然に止んだ。

瑶燐が持っていたプレートから一枚選び出して上空に投げつける。プレートが中空へ留まった。

「――"集中攻撃禁止"!!」


呪いの法、"ジャッジ"。それが瑶燐の持つ武具の名前だ。

プレートにはそれぞれ法が記されている。それを選び、宣言することによって法を施行する。そしてすべての行動は絶対の法によって縛られる。絶対服従だ。覆すことはかなわない。呪いに似た故、彼女はこう呼ばれる。


呪い禁じる絶対法の女王。故に"呪禁"と。

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