休章 三幕
「できた!」
手取り足取り教えてもらうこと数時間。伯珂の助けで黄炬はようやく報告書を書き上げた。あとは通信で報告書を提出するだけだ。提出先を教えるために伯珂がパネルを叩く。説明を交えて端末を操作すると、画面に送信完了の文字が表示される。
「ほい、終わり。お疲れさん」
終わりの言葉に黄炬が長く息を吐く。どっと疲れた。朝一番に武具選びと階級分けの試験、間を置かずに任務で、帰ってくるなり医務室に行きそして報告書作成。とんでもなく多忙だった。
「お前さん、見るからに考えるより動くタイプだしなぁ。ま、そのうち慣れるさ」
それが新人の勤めだ。慣れるまでがんばれ、と伯珂は肩を叩く。もう夕飯時を越えている。報告書を書き上げるのに集中しすぎて時間を忘れていた。
「初任務と初報告書のねぎらいだ。メシおごってやるよ」
すでに報告書を提出し終えた霜弑は捌尽とともに白槙のもとにいた。提出されたばかりの報告書を眺め、白槙は苦々しく呟く。
「また厄介な…」
薬もだが、リグラヴェーダから出された課題もだ。最悪犠牲者を用意しろという。実際の効果が見たいだけなら自分で前線に向かってくれ。嫌でも見られるだろうに。
嘆息して白槙は端末を叩く。ややあって応答。玖天の声だ。
「はいさー、何でしょー」
「こんな時間に悪いが、ひとつ手続きを頼みたい」
任務発行の手続きだ。誰が何の目的で何処に行っているのか登録してから任務として各自に発行される。その役割を担うのも情報管轄の玖天の仕事のうちだ。
「ほーい、内容どうぞー」
白槙が今回の任務で得たこと、そしてリグラヴェーダからの課題を伝える。そしてそれをなすための手段を提案する。要するにあの組織の拠点をひとつ探し出してくれというものだった。
「任せてー」
親指を立てた玖天は軽快に端末を叩く。どうやら条件に合うものを探しているらしい。
「…そう簡単に見つかるのか?」
そう簡単に都合よく見つかるのか。疑問に思う霜弑に白槙がにんまりと笑う。あまりうちの情報収集能力を侮るな、と。その間にも玖天は高速で端末を操作している。
「ほい、23件ヒット。ガセありかもしれないから精査するね」
それを次の任務の目的地に。了解、と返事した玖天はもう白槙を見ていない。棒付き飴をくわえたまま、複数の端末を同時に操作する。高速でタイプされる文字。打ち込まれるパネル。端末の間においてあるメモ用紙に次々と書き込まれていく文字列。
恐ろしい勢いで情報が洗われていく。普段はお調子者の言動だが、やる時はやるのだ。そうでなければ玖天はこの地位にはいない。
「はい、終わりー!」
精査すると言った言葉から5分も経たずに仕事を終えた玖天はひとつの建物を挙げる。
「で、誰が行くの? 新人研修だから姫ちゃんはいるとして」
「そうだな…」
深夜。入浴を済ませた瑶燐の端末に通知が届く。リアルタイムで情報のやり取りが出来るように、また個別の通知を受け取るため、ヴァイスのメンバーには等しく通信端末が与えられている。
「…任務?」
嫌ね、と面倒そうに髪の雫を拭う。ゆっくりしたいのに、と呟く瑶燐を無視して画面は無情に通知を表示する。