任務 戦援
何を作っていた、などと。聞かずともわかる。答え合わせのように霜弑はその名称を口にした。
「あれは"零域"だろう?」
"零域"と呼ばれるそれは、肉体強化薬の一種だ。魔力持ちとそうでないものの差異を零にする領域へなどという謳い文句で、ヴァイスに対抗するために力を求める者たちにもてはやされた。
錠剤の形をとるそれは、一粒飲めば肉体の限界を凌駕して怪力をもたらす。脳による制御を外した文字通りの馬鹿力だ。それでもって力任せに捻ることができるという効果だった。
魔力も武具も持たない人々が対抗するための手段を模索した努力の結晶だ。だがそれは今は厳しく取り締まられている。対抗する力を潰したいわけではない。ヴァイスとて一時は魔力を持たない五級の人間にそれを配ったことがある。取り締まるに至った問題はその副作用にあった。
「は…っわかってるじゃねぇか…」
頭巾の男はひくりと息を呑んだ。やはりか、と霜弑は確信をより揺るぎないものへ変えた。
「だがな…あの時とは違うんだぜ…!」
彼らは、彼らの集団は以前にもこれを用いてヴァイスに抗戦を仕掛けたことがある。だが、それは潰されてしまった。先代頭目は無条件降伏を宣言し、薬は破棄されてしまった。
だが。彼らはまた立ち上がった。腑抜けの先代を殺し新生した。そして再びそれを用いた。凄まじい改良とともに。復讐のために。
「忘れるな、俺たちは征服者、支配する側だ…!」
奥歯に仕込んでいた錠剤を噛む。飲み込む。魔力持ちとの差異など零になるという領域に踏み込む。禁じられた副作用とともに。
「ぅ、お、オオオオオオオオオオオ!!!」
咆哮とともに、その身を化物に変えた。
"零域"は摂取すると肉体の強化をもたらす。骨と筋肉に作用する薬だ。ではそれを大量に摂取したら。盛り上がる筋肉と骨は人の形を保てなくなり、膨れ上がった肉体は化物と呼ぶしかない異形に変化する。そして、急激な肉体変化に耐えきれず心は壊れ理性が失われる。
それは、まるで想像の中の化物がこの世に出現したような。
「リーダー…?」
異形へと変じた頭巾の男へ、四肢が凍ったままの男が恐る恐る声をかける。膨れた肉体によって氷を引き剥がした異形は、その喉へと噛み付いた。そのまま食いちぎり、切断された首が驚愕の表情のまま地面に転がる。それを踏みつけて異形は首から下を貪り尽くす。
「っ…!」
あまりの光景に黄炬は思わず目を逸した。ゼロという名前のドラッグが一時期流行してそして取り締まられた、という噂をぼんやりと思いだした。
その間にも狼に似た頭と獅子に似た四肢を持つ異形は肉片と化した仲間を貪り続ける。ごき、めき、と嫌な音に混じって、びちゃり、と濡れた音がする。
「ウ、ゥ、ォオオオオオオ!!」
脚だったものを口の端にぶら下げ、異形は咆哮する。まるで慟哭のように。