序章 回顧
序章
始まりは何だったか。灰と瓦礫の中、彼はただそれだけを考えていた。
荒廃した世界の中、荒廃した街で生きてきた。決して豊かではなかったし治安も良くなかったが、それでもどうにか仲間とと身を寄せ合って過ごしてきた。
親はもう死んだ。この荒廃した世界では珍しいことではない。盗みや小さな悪事をして日々を繋ぎながら、なんとかやってきた。
たまに予測不可能な自体はあれど、退廃した中では比較的平穏な日々。
それも今日、壊れてしまった。
何故、と。灰と瓦礫の中、彼はただそれだけを考えていた。
目の前を行き過ぎた馬車の荷台から何かが落ちた。陽の光を反射してきらめくそれは腕輪だった。
落としたものに気付かず馬車は行き過ぎようとする。どうする。盗んで売りさばくか。否。あの荷台に刻まれた刻印は手を出してはいけない者達の印だ。白い悪徳と呼ばれる者達はこの荒廃した街の秩序を形作っている。そんな大きな組織が運ぶ荷に軽率に手をつけてはいけない。
ここは親切に教えてやって恩を売ろう。そう考えた彼が小さな打算を胸に道に転がっている腕輪を拾った。
その瞬間、馬車からの落とし物にようやく気付いた御者が表情を変え、罵声とともに殴りつけたのは荷の番をする少年ではなく落とし物を拾った彼で。
不意に殴られ泥にもんどり打った彼は、あぁやっぱりこんな世界で親切心など見せるべきではないなと理不尽さに嘆き、そして自らの無力を呪い。
その瞬間、業火が巻き上がった。
どうして、と。灰と瓦礫の中、彼はただそれだけを考えていた。
巻き上がった炎はすべてを包み込む。赤を超えて青へ。青を超えて白へ。白く、白く、炎はどこまでも白く。
彼を理不尽に殴りつけた御者も、荷台からの落とし物に気付かなかった鈍感な少年も、騒ぎを聞きつけ集まってきた見物人も。すべて白い炎で染め上げる。最期の一呼吸まで飲み込んでいく。
そして彼の住んでいた地区は、灰燼に帰した。あとにはもう何も残らなかった。爆炎の中心でただ一人、彼だけが呆然と立ち尽くしていた。
始まりは何だったのか。何故、どうして、と。灰と瓦礫の中、彼はただそれだけを考えていた。
呆然とする彼の手のに握られた銀の腕輪だけが、答えを知っている。