起章 試験
翌日。寝不足気味の黄炬は水葉の迎えによって、昨日案内されたところとはまったく違うところに連れていかれた。
玄関にあたる1階のロビーから伸びる廊下を転移装置で移動を省略して着いた先。柱も何もない広い空間だった。天井も高い。今しがた入ってきたばかりの出入り口以外は何もない。
「鍛錬場ですよ。動き回るのにちょうどいい広さでしょう?」
手合わせの目的としてなら、ここで武具を用いても良い。武具使用禁止のルールで殴り合えない場合はここで対戦の形を取って争うこともあるという。
この中でならいくら暴れても問題ないという。たとえそれが癇癪の暴発でも。そう説明を受けた黄炬だが、本当かと疑念が残る。
「大丈夫ですよ。ここ異次元なので」
武具による魔法の一種だ。望みのところに望みの空間を作り出す。転移装置で移動してきただけの空間と思いきや、実は転移装置で異次元に飛ばされていたらしい。
異次元なのでこの中で何が起きても外に影響はない。次元を超えるほどの大魔法を起こす武具など存在していないからだ。今のところは。
その異次元を作り出した武具の持ち主だ、と紹介されたのは赤褐色の髪の青年だった。黄炬より少し年上くらいだろうか。髪は染めているようで、根元のあたりは本来の色らしい赤毛が見えた。首には革のチョーカーが巻いてあり、そこから革紐で繋いで銀色のストラップが下がっている。
「…絖……と言います」
低くどんよりとした暗い声で名乗る。成程彼が昨日紹介をし損ねた倉庫番か。つまりあの加虐趣味の女医の下僕か。首にあるのはチョーカーではなく首輪か。
彼からはものすごく不平と不満の雰囲気がした。女王様の元に馳せ参じて跪きたいのにお前のせいで、と言いたげな顔をしていた。やりたくもない不本意なことで呼び出されたのだが、この務めを果たせば主人に褒めてもらえる。だから渋々やる。という顔で。
「階級決めのテストの前に」
やることがあるんです、と水葉が言う。曰く、自分に合う武具探しということだった。だが武具と言えばこれがある。黄炬は目覚めのきっかけとなったバンクルを指す。これだけで良いのではないか、と訊ねた。
「魔力持ちって言っても誰もが全部の武具を扱えるわけじゃないんですよ」
装置と動力の歯車が噛み合わなければ動かない。どんなに強大な魔力を持とうとも、部品が合わなければ合わない。つまり、自身の魔力に適合する武具でないと発動できないのだ。
その適正をこれから調べる。もしヴァイスが保存している中に適合するものがあればそれを与える。魔力持ちひとりにつき大体適合するものは2,3種類といったところらしい。
「じゃ、絖。頼みますね」
「はい……」
こくりと絖が頷く。首元のチョーカーに繋がった細い鎖に手をやった。鎖とは別に下がっている銀のストラップ。細工が細かすぎてよく見えないが、2つは柱を、残り2枚は左右それぞれの門扉の形をしていた。
それらを組み合わせ、2本の柱に挟まれた両開きの門扉を作る。
「…"ドアーズ"」
絖の声に応じて首輪から下がった小さな門が燐光を放つ。同時に扉が4つ、黄炬の目の前に出現した。重そうな石の扉は装飾もない。
「…好きなのに入って…取ってきて……ください…」
「え?」
入れ、と言われても。ただの石の扉が立っているだけだ。その向こうに部屋は見えない。それに入れと言われても。門扉をくぐるだけの間抜けな図しか想像できない。
「ここと同じですよ」
あまり喋りたがらない口の絖がゆっくり話すのがまどろっこしくて、焦れた水葉が説明役を奪う。つまりこの扉は異次元に繋がっているらしい。今までヴァイスが収集した武具の保管庫だ。好きな扉に入って、直感で好きなだけ選んでこいというのだ。
戸惑いつつも黄炬は言われたまま、一番始めに目についた石の扉を開けることにした。ぎし、と鳴って開いた扉が黄炬を招く。何も言わず見守る姿勢の水葉と絖を振り返り、本当にいいのかと不安げな表情を浮かべる。
「大丈夫ですよ」
異次元に閉じ込めたりもしないし出られなくなったりもしない。保管してある武具が黄炬の魔力に反応して暴発したりもしない。黄炬の心配することは何一つ起きない。
これ以上迷っていると蹴り飛ばしますよと水葉が乱暴に背中を押して黄炬を送り出した。