序章 型無
忸王に呼ばれ、彼は素直に従った。招かれるままに来てみれば、一級の実働部隊の連中が揃っていた。珍しいことだ。緊急招集でもない限り集まったりはしないのに。その輪の中心にいる人物を見て、彼は理由を察した。成程、よってたかって新人で遊んでいたのか。
「どーも。皆サンお揃いで」
「…無名」
水葉がぽつりと呟いた。忌々しそうに嫌悪をにじませて。胡散臭い笑みを浮かべるこの男が水葉が嫌いだった。真意が掴めない飄々とした様子に振り回されて消耗するからだ。深くかぶった鍔のない帽子と腰まである長い髪のせいで隠れて目元が見えないせいで表情が窺えないのだ。唯一見える口元は常に胡散臭く笑みを浮かべているし、そこから吐き出される言葉に誠意はない。意見も主義も主張も瞬く間に変わる。
「…あれ?」
瑶燐によってここに連れてこられるその時彼も一緒にいた。その時は絡だったか何だったか、そんなような名前を名乗っていたはずだ。無名などという呼称は聞いてもない。
「あぁ、姫ちゃん聞いてないんだ?」
捌尽が代わりに説明する。彼はよく名前が変わるのだ。まるで日替わりのように名乗りが違う。日替わりどころではない。ひどい時には10分かその程度で。
「それだと混乱するからね。共通の呼称をつけたんだ」
それが無名という呼び名である。名が無い、故に無名。どんな名乗りの時でもそう呼べば応える。
「なんでそんなこと…」
「あー、俺っち、記憶ねぇの」
彼曰く。目覚めた魔力の暴発による事件以前の記憶がないのだ。自分が何者で、何処の人間で、何をしていたかがきれいに抜け落ちていた。覚えているのは名が一文字だったということくらいだ。
「言うっしょ、下手な鉄砲、数撃ちゃ…ってさぁ」
名を変え続けていればいずれ正解にたどり着くかもしれない。だからそれを信じて名を変えるのだと。名乗ったそれを呼ばれることで正誤を判断し、違うと思えばまた変える。
「信じないほうがいいわよ」
そうなのか、と納得しかけた黄炬に瑶燐が口を挟む。
「私、名前を変え続けないと死ぬ呪いがかかってるって言われたのよ。捌尽は?」
「僕には何だったかな、殺し屋に狙われているから素性を隠すために、だったかな」
瑶燐の言葉に捌尽が続ける。反目していてもこういうところでは息が合うのだな、と霜弑が心中で呟いた。ちなみに霜弑が彼から受けた理由は、気分の一言であった。
「こいつは信用しちゃだめですよ。それに値しませんから」
溢れ出る嫌悪を隠そうともしないで水葉が吐き捨てる。その時気分で主義も主張も変え、掴み所がないのが彼だ。それを信頼も信用もできないと嫌う者もいる。水葉がその筆頭だ。
「水葉クン、そう怖ぇ顔しなさんな」
「させてるのは誰ですか」
即座に切り捨てる。俺っちだなぁ、と彼は困ったように頭を掻いた。実際はさほど困ってもいないが。
まぁそれはいいとして。ひとつ疑問がある。彼は、そういえば、と話を変えた。
「姫ちゃんって何さ?」
数分後、由来を聞いた彼が大爆笑したのは言うまでもない。




