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荒廃した街で、退廃した俺たちは  作者: つくたん
堪えきれない答えに応える章
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戦章 接敵

よし、と更夜は空を見た。ゴーグル越しの視界には、ヴァイスが放ったのだろう小さなドローンの動きもよく見えた。

(はず)ねーさん、迎え火つけてあげてよ」

奴らがここにやってくるように、誘い込むための一撃を放ってほしい。

請われ、面頬で顔を覆った女は切れ長の瞼をそっと開けた。目を閉じて集中していた彼女は手を翻す。

「"ラゴドアルグ"」

声に応え、彼女の目の前に巨大な弓が現れた。

彼女の身長以上もある巨大な大弓は持ち上げることを最初から諦めているのか、同じ意匠の台座に据えられている。薄青にぼんやりと光沢を持つそれは雷光のようであった。

そして、矢を番えることなく彼女は大弓の弦を引く。否。矢はある。それは術者の魔力を矢に変換する。構えて放てば魔力は矢となる。

「……ブチ抜く!」

ひゅ、と。はるか遠くのヴァイスへと狙いを定めた彼女が矢を放つ。矢の軌道に沿って雷撃が駆けていく。間にあった瓦礫も何も雷電で消し飛ばし、雷の矢は宿敵を捉えた。


正面から何かが来る。直感で感じた瑶燐は銀のプレートを翻した。

「"飛び道具禁止"!」

投げるものや放るもの、打ち出すもの。あらゆる飛び道具による攻撃を禁止する。プレートを掲げて宣言する瑶燐の前で雷撃の矢は不可視の障壁に弾かれた。絶対の法律により飛び道具が禁止されたために矢の一撃が無効化されたのだ。

「あっぶな……」

巨爪を構えて瑶燐の前に出た黄炬が呟く。この巨爪を盾にして庇おうとしたが瑶燐の方が早かったようだ。むぅ、と眉を寄せる。

瑶燐の方が早かった。早かったということは黄炬の反応速度はまだ一級たちに追い付いていないということだ。反射神経に自信はあったのだが。

「……いいえ、助かったわ。ありがとう」

何やら難しい顔をしている黄炬に瑶燐が声をかけた。結果的に瑶燐の方が早かったが、庇ってくれたことに対して礼を言わぬほど恩知らずではない。

「姫ちゃんだいぶ反応速度上がったね」

しみじみとまるで教師のような口ぶりで捌尽が呟いた。

瑶燐より前に踏み込み、武具を盾にして庇うということがあの一瞬で判断できて実行に移せるとは。

悪くない。ヴァイスに来たばかりのような、帰る場所を失った迷子のような顔をしていた時とは全然違う。

黄炬をそうせしめたのは、ヴァイスでの経験だろう。強くならなければと覚悟を決めて成長したからだ。

「よっぽどあの子のこと……」

「捌尽。それ以上はしばくわよ」

その話をしたら殺す。瑶燐がぎりりと捌尽をねめつけた。

征服者(ヴィクター)の一味を親類にもった少女は自らの不幸を黄炬のせいにした。黄炬の魔力の覚醒の衝撃に巻き込まれて家族が死んだことを恨み、そして凶刃を向けた。瑶燐はその少女を闇に葬り、そして黄炬に耳触りのいい言葉でごまかした。無為な嘘は露呈して爪痕を残しただけだった。

「あー……うん……まぁ……」

曖昧に黄炬が頷く。そこは追々改めて瑶燐を追及したいので今は適当に濁しておく。

忘れたわけではない。だが、今は目の前の敵だ。少女のことは端に置いておく。とりあえずは。

「ほら、行きますよ」

妙な空気が流れてしまった。雰囲気を壊すために水葉が急かす。

わざわざ正面から矢をぶちこんでくれたのだ。挑発に決まっている。闇雲に真っ直ぐ走るのも飽きたし、その誘いに乗ってやろうじゃないか。

そしてあわよくば自分のレパートリーに加えてやろう。水葉はにんまりと悪戯をする子供のような顔で口端を吊り上げた。

"ドッペルゲンガー"は一度見ればその能力を模倣する。おおむねこんな能力だと理解すれば細かい整合性は勝手に合わせて理屈を作って再現してくれる。

あの雷の矢はレパートリーにはないものだ。いったいどういう武具なのだろうか。ただ電撃を矢のように指向性を定めて放つだけなのか。矢の軌道に電撃が沿って走っているのか。気になる。見たい。解析したい。好奇心の答えはこの先にある。

「……そうだな。……瑶燐、黄炬。終わったら逃げるなよ」

襲撃から明けて数日間。後片付けをしながら今日まで。瑶燐は徹底的に黄炬を避けた。黄炬も拠点の後片付けやら鍛練やらを優先して積極的に瑶燐を追わなかった。どう切り出していいかわからないまま迷っていたので他のことをしているうちに何か案が思い浮かぶだろう、と。色々言い訳を並べて後回しにした。

切り出せば瑶燐との仲は決定的になるかもしれない。それがヴァイス全体にどう影響を及ぼすだろうか。考えていたらきりがないから後回しにした。

いや、それも言い訳だ。単に信じられなかったのだ。あれだけ自分に親身に接してくれた瑶燐の裏切りが。人を弄ぶことが得意な無名や恋人以外どうでもいい捌尽がやったのならまだ納得できる。だが瑶燐だ。彼女は誠実であると黄炬は心の中で無条件に信じていたし、それが裏切られたことをまだ信じられなかったし信じたくなかった。忸王からその心情を理解するように諭されてもだ。だから聞けなかった。

どちらの気持ちもわからなくもない。両者の気持ちを慮りつつ、それでも霜弑は冷淡にはっきりと突きつける。逃げるなよ、と。

この決闘が終わったら強制的にでも席を置いてやる。覚悟しろ。いつまでも煮え切らない奴らめ。

「と、いうことで。ほら、話している間に目的地っぽいの見えてきましたよ」

無残に壁がぶち抜かれた廃墟がひとつ。屋根は吹き飛んでいて壁しかない。窓も扉も老朽化している。

その廃墟の中にいくらか気配を感じる。ようやく戦いになりそうですよ、と水葉は頭上のドローンを見た。中継の向こうの観客は飽きて仕方なかっただろう。

「それでは瑶燐、先陣をどうぞ」

「言われずとも」

"集中攻撃禁止"。法律を敷き直して瑶燐は廃墟へと飛び込んだ。




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