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荒廃した街で、退廃した俺たちは  作者: つくたん
堪えきれない答えに応える章
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戦章 火蓋

真っ先に走り出したのは瑶燐だった。

これ以上ヴァイスに反する存在を許してはおけない。一刻も早く殺さなければ。焦燥のような衝動を動力にして瑶燐は瓦礫のフィールドを駆けた。

「……"集中攻撃禁止"」

施行する法は汎用性の高い"集中攻撃禁止"だ。1つの対象への連続した攻撃を禁止する。こちらが単独で、相手が複数であるならより効果的に作用する。

真っ先に駆け出した瑶燐を追うように前に出たのは黄炬だ。手柄を立てて活躍したい。足手まといでないことを証明してみせる。その思いで足を動かす。

やれやれ若者は逸るものですね、と苦笑した水葉がやや遅れて後ろにつき、君は瑶燐より年下じゃないかと指摘する捌尽が霜弑と共に追う。駆け出した5人をスタート地点で見送った名無しの彼は開始前と変わらずその場で退屈そうに瓦礫に座り込む。その様子を一瞥してから白槙は玖天に通信を試みた。

「玖天か?」

こういう見せ物ならば普通は遮断しているだろう通信端末による通話は妨害されておらず、自由に対話ができる状態であるとオーナーは言っていた。

本当かどうか疑わしく思いながら、白槙はある目的のために一応試してみることにした。普段とまったく変わらないレスポンスで快活な少女の声が返ってきた。

「はいはーい。中継放送は順調だよ。カメラ用のドローンも飛んでるし」

上空をふわふわと飛ぶいくつかの球体は玖天が中継のために持ってきたものだ。空を飛ぶ球体は眼下の光景を映像として記録する。撮ったものは記録媒体に保存することも可能なのだが、今回はそのまま拠点の通信網へと流して中継用のカメラとしている。

これもまた、オーナーは禁止しなかった。映すなら映せばいいし撮るなら撮って構わないと。今まで関わりがなかったせいで、そういったことには厳しいのかと思いきやずいぶんと開けっぴろげだ。

「あぁ。……それはいいんだが」

ひとつ頼みがある。そう白槙は玖天に告げた。それは、上空を飛んでいるドローンで白槙を映さないでほしいというものだった。見映えなどの需要のために交戦の様子を映すのは構わないが、それ以外、どこで何をしているかということについては隠すようにしてほしい。こうして通信端末での連絡は聞き届けるし、ましてや逃げも隠れもしないのだが。

「目的を達成するために必要なんだ」

「はいはーい。りょーかい」

征服者(ヴィクター)の奴らが何らかの手段で映像を見て現在位置の把握をしたりだとかすることを防ぎたいのだろうか。疑問に思いつつも玖天はとりあえずそれを了承した。

ドローンで的確に追うために、各自の魔力の波長をデータとして入力してある。そのデータを参照しセンサーによって皆をサーチして追尾して撮るという仕組みになっている。そのセンサーの追尾対象から白槙を外せばいいだけだ。むしろカメラに映すこともしないように、探知した段階で離れるように設定する。操作は玖天の手元の操作端末でできる。

「ほい。これでドローンは追わないよ。何するかわかんないけど、頑張ってねー」

「恩にきる」

ありがとう、と言って白槙は通信を切った。上空のドローンは確かに白槙からカメラを逸らすように動いていた。これならば映る心配はないだろう。確かめてから白槙は足を踏み出した。

ざっざっと堅実な足音を立ててどこかへと歩き始めた白槙の背中を名無しの彼はさっきと同じように見送った。その様子を上空のドローンが映す。きっと働けとか何だとか文句のコメントが寄せられているのだろうなと想像し、彼は小さく笑いを漏らした。

すぐに片付く有象無象など、自分がわざわざやるまでもない。瑶燐が張り切って片付けてくれるだろう。だったら自分は自分の目的を優先する。先程得られた情報の整理だ。

討伐数を競うという勝負の話はどうでもよかった。たとえゼロでも無名だからの一言で諦めてくれるだろう。というわけで、存分に思索にふけることにする。

梠宵たちの待機場所で何が起きているかを知るために通信を繋げて音声を聞かせてくれと絖に頼みこんであった。向こう1ヶ月の絖の仕事を引き受け、梠宵からの調教の時間を受けられるように約束した結果、絖は快く通信を繋げることを了承してくれた。

こうしてこっそりと繋げていた通信で、さっきあった喧騒を聞いていた。万姉と名乗る"リグラヴェーダ"と、我らが薬局の主"リグラヴェーダ"。そして"灰色の賢者"の動揺と叫び。

どうやら、我らが"魔淫"のリグラヴェーダと万姉は古き知人であるようだ。リグラヴェーダはヒトならざるモノだから、きっと万姉も同様だろう。名前からしてそうだ。ヒトならざるモノである彼女らは、素性を隠すために共通の名を名乗るという。その共通の名こそがリグラヴェーダという名前だ。リグラヴェーダの名前を名乗っているのだから、万姉はリグラヴェーダと同族であるに違いない。

そして万姉は"灰色の賢者"の古き知人であるらしいという。だが万姉側にその認識はない。これはどういうことだろうか。

前世と万姉は言っていた。前世のことなど覚えていないから突っかかられても困るのだと。

それはつまり、万姉には前世と今世があるということだ。前と今、2つの世があるということは一度死んで転生したということになる。

だが、それは妙だ。リグラヴェーダは死なない。至近距離で頭を吹き飛ばされても死なない。心臓を刺しても死なないし四肢を切り落としても再生する。首と胴を分離したらどうなるかまでは試してないが、きっとそれをやっても死なないというのは予想がつく。それほど死なない。そんなリグラヴェーダと同族であるのなら、万姉もまた同様に何をしても死なないはずだ。それなのに一度死んで転生した。

このことは頭の隅に記憶しておくべきだろう。彼女らは死なないが、何らかの条件で死ぬことがあるのだと。

"灰色の賢者"が口にした前世の名前と合わせて記憶に刻み付ける。まったく。覚えることがいっぱいだ。いっそメモでも取れればいいのだが、得た情報を片っ端から書いていたらページがいくらあっても足りない。ページが無限にあるノートでもあれば話は別なのだが。

そういえば以前、"灰色の賢者"が言っていた。無限のページがある手帳があるとか。しかも誤字脱字修正機能つきで、中身は自動で整理される。適当にページを開けば閲覧したい情報がそこに書かれているという。さらに他人は閲覧と記入ができないように鍵をかけられる。

まさに夢のような道具だ。その夢のような手帳は"大崩壊"以前はありふれた文房具のひとつだったという。今ではもう数えるほどしかない。

手に入ることがあるなら是非ともほしいものだ。だがきっと、そう簡単には手に入りはしないだろう。


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