表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
荒廃した街で、退廃した俺たちは  作者: つくたん
堪えきれない答えに応える章
107/112

戦章 戦火

我々は殺さなくてはならないのだ。


まだかなぁ。何回目かの捌尽の呟きが空気を揺らした。開始の合図があるから待てといちいち答えるのも億劫で、誰もがその呟きに答えなかった。

「ところで捌尽」

「瑶燐、なに?」

言葉を交わすのも癪だが、ひとつ確認しておきたいことがある。そう瑶燐は捌尽に声をかけた。

開始の合図が出て開戦したとして、捌尽はどうするのか。自分たちの命を握るくせに足手まといの黄炬を行動不能にしてから捌尽単独で敵を全滅させる作戦はまだ捌尽の中で生きている。白槙はそれを咎めても止めてもいない。このまま開戦したとして、本当に捌尽はまず黄炬を手にかけるのだろうか。

話題の黄炬はというと、少し離れた場所で無名に遊ばれている。距離があって声が届いていないせいで、話題に乗っていることには気付いていない。

「あぁ、それ? それはね、考えたんだけど止めようかなって」

白槙の狙いは黄炬を鍵にして一級が団結することだ。捌尽と瑶燐、水葉と無名という徹底的に対立する2組を黄炬という要素の元に協力させる。その意図は捌尽もわかっている。

白槙の意図は理解した。だからその意図を尊重して協力しよう、となれば美談なのだが物騒な案を取り下げた理由は残念ながらそれではない。

とても単純に、捌尽が黄炬を斬ることで負傷した部下のために霜弑の仕事が増えることを嫌ってだ。報告書の作成やら捌尽代理の反省文やら何やらで仕事の時間が増える。構ってもらえる時間が減る。それだけだ。

「それにほら、本人の意思は尊重するべきじゃない? ……姫ちゃん、今日まで鍛練してたみたいだし」

たった何日かの鍛練で埋められるほど浅い溝ではないが、少しでも並び立てるようにと黄炬が頑張っていたことを知っている。

それなら黄炬の努力を無下にしないためにも少しは任せてやろうじゃないか。

霜弑以外に興味はなく他人には冷淡と評されるが、ひとを無下にはしない人並み程度の良心は持っている。自己評価だが。

「……意外ね」

「見直した? ……それに、理由はそれだけじゃないんだ」

それに、と付け足す。単独で敵を全滅させる作戦を取ろうとしないのにはもうひとつ理由がある。

「相手はたった数十人でしょ? 四級にも満たない。非戦闘員も混じってる」

奴らは文字通り総力戦で来るという。精鋭を選抜する余裕があるヴァイス側とは違い、奴らは今いる全員でかかってくる。その"全員"には戦闘経験も技術も何も関係ない。非戦闘員だとしても"零域"を飲ませて異形化させて戦力にするだろう。そこまで追い込まれている。

魔力持ちでさえ四級程度、いいところ三級だ。二級に並ぶくらいのものが1人か2人か混じっているかもしれないが、期待はできない。そこに"零域"で異形化させてまで戦力にした非戦闘員数十人。あちらの戦力はその程度だ。

そんなものを相手に刀を振るって、満足できるわけがない。"撃滅"の名を称し戦鬼と恐れられるほどのこの渇いた衝動が潤うわけがない。中途半端な消化不良に終わるのは目に見えている。それを宥められるのはただ血のみで、それを得るまで撃滅の戦鬼は止まらないし止められない。誰でも構わないと言って見境なく刀を振るうだろう。見境のない刃はもちろん仲間だろうが切り伏せる。

そんなことになるのは簡単に予想がつく。理性から解き放たれた衝動は捌尽自身でさえ止められない。だから解放せず抑えたままでいなければならない。

よって、この衝動が理性の制御を越えない程度に戦いを遠慮しないといけないのだ。遠慮するには、この黄炬を鍵にして協力という縛りがちょうどいいのだ。

「先頭で斬り込んだら止まらなくなっちゃうからさ、後ろからサポートくらいがいいブレーキになるかなって」

「そう」

"そう"なった捌尽の姿を瑶燐はよく知っている。止める側になったこともある。

理性の制御を越えて暴走する狂暴性を鎮めるためにさらなる犠牲を求めた捌尽を制止するのはとてもとても苦労した。法で何重にも縛り、拮抗状態のまま3日睨み合ってようやく捌尽は落ち着いたのだ。

つい先日の襲撃でも捌尽は狂暴性を解き放って衝動のままに暴れ、9000にものぼる数を斬って捨てた。それでも彼の狂暴性は血が足りないと呻いて悶えていた。

"そう"ならないためにも捌尽は自分を制御するという。だから単独で戦わない。単独で戦わないから黄炬を行動不能にしたりしない。足手まといと認識するほどの実力の溝を利用して前線に立たない。

「お気に入りの姫ちゃんがひとまず安全で安心した?」

「……まぁね」

皮肉げな捌尽に舌打ちして顔を逸らす。黄炬に肩入れしていることを揶揄されて顔を歪めた。

「なぁーに楽しそうに話してるさぁ?」

「これが楽しそうに見えるの、無名」

だったら梠宵に視力検査してもらうべきね。辛辣な言葉を吐く瑶燐を遮り、にぃ、と名無しの彼は口の端を釣り上げた。

「幸災楽禍。メシウマってやつ。あ、あと今は"(りつ)"さぁ」

「あんたほんといい趣味してるわね」


それから数分後。

「さぁ、始めよう」

唐突にどこからか声が響いた。この闘技場のオーナーの声だった。

拡声器など見当たらないが、どこかにスピーカーでも仕込んでいたのか。いきなり響いた声に黄炬は驚いてびくりと肩を跳ね上げた。

「ビビりすぎさぁ」

「いやだって……」

びっくりしたんだから仕方ない。もごもごと反論を口の中で転がす黄炬をよそに、準備が整ったという旨の声が流れた。

相手チームを全滅させれば勝ちというルールを改めて説明し、それからひとつ咳払いをして言葉を区切る。

「長らく待たせたな。これより殺し合いの開始といこう」

それでは、と告げた声に続いて、かち、かち、と秒刻みの音がする。カウントダウンのつもりだろう。

「10」

9、8、とカウントダウンは続く。0と同時に飛び出せるように瑶燐は踵を浮かした。これ以上、ヴァイスに反する存在が息をしていることが我慢できない。早く殺さなくては。

「5」

黄炬はそのカウントダウンを言いようのない顔で聞いていた。出たところ勝負しかないのだが、伯珂に出会ったらどうしようかと不安がつきまとう。

「3」


「……0!」


バラックと瓦礫のフィールドで、2つの勢力が同時に駆け出した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ