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荒廃した街で、退廃した俺たちは  作者: つくたん
堪えきれない答えに応える章
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戦章 檻中

「……お待たせしてごめんなさいね」

対戦を前にして緊張からか発狂してしまった者の対処をしていたら放っておく形になってしまった。主催者としてあるまじき不手際だ。もっと物事はスムーズに行わなければならないのに、こうも余計な待ち時間をゲストに味あわせてしまうとは。

開口一番に詫びながら梠宵たちの元に現れたのは、長い銀髪の女であった。長い銀髪という目立つ容姿をしていながらも、髪よりも何よりも血のように赤い目に注目してしまう。それほど強烈に目を引く鮮烈な赤。

「貴女がオーナー?」

「えぇ。万姉と呼ばれているわ」

梠宵の問いに頷く。赤い目が真っ直ぐ梠宵を見たあと、横に滑ってこの部屋に招かれた一同を見る。

主人に仕える忠犬のように絖が梠宵の後ろに控え、玖天は手元の端末を操作して中継を繋ぎ、忸王はこれから戦いの様子が映し出されるであろうモニターを見上げ、リグラヴェーダは誰に勧められるより先にカウチに座りつくろいでいる。それらを一瞥してから、オーナーは残りの一人を見た。目を見開き硬直している"灰色の賢者"を。

「この見た目に覚えがあるみたいね。聞いていた通りだわ」

そのことを教えてくれたのはカウチに居座って早々にくつろいでいる魔淫の女王なのだが。

にこりと唇を持ち上げ、外面のいい笑顔を作る。かつてこの体の持ち主はこんな顔をしただろうか。万姉には知るよしもない。

「…………セシ、ル…?」

震えた声で絞り出されたのは、"灰色の賢者"の因縁の相手の名だ。血反吐を吐きながら復讐をなし、殺したはずの。

「どうして!? "アークウィッチ"セシル・ロベストはこの手で殺した! ボクがやった! それにマチガイなんかナイんだ…なのに…!!」

幻覚や幻想の類ではなく、確実に、絶対にこの手で殺した。それなのに何故目の前に存在するのか。

愕然とする"灰色の賢者"の顔を見て、オーナーは満足そうに微笑んだ。

「"前世"のことなんて覚えてないわ。ごめんなさいね。今の私は万姉のリグラヴェーダ。貴女の因縁の相手ではないわ」

リグラヴェーダ。その名前で複雑な事情は理解できるだろう。

その名前を出した途端、"灰色の賢者"はオーナーではなく、カウチでウェルカムドリンクを待つリグラヴェーダを睨んだ。

どうやら暗に示したことはちゃんと理解できているようだ。わかったようで何より、とオーナーが満足そうに頷いた。

「……リグ。アトで説明シテネ」

「えぇ」

懇切丁寧に説明をしてやるとしよう。"灰色の賢者"の因縁の相手の死体を用いて行った行為のことを。

「…え……え? あの……何がなんだか……わからないのですけど……」

よくわからないが剣呑な雰囲気は感じる。事情など知らないが、ここで剣が抜かれかねないほど張り詰めている。ちくちくとした雰囲気が肌を刺している。

これは止めなければと理性が働き、複雑な事情に立ち入ってはならないと忌避する本能を抑えて忸王が口を挟んだ。

「……医者の前で患者を作るような真似は止めてちょうだい」

同階のよしみで一番話しかけやすいリグラヴェーダに言う形で梠宵も忸王に加勢する。

"灰色の賢者"の1000年以上を生きた人生に色々あるのは察するがそれをここで持ち出して揉めるのは止めてほしい。

オーナーが同階の同僚と同じ名だというのは気になるがそこは何かの折に訊ねるとしよう。

今は外で行われる決闘の方が主題であり、因縁の清算も何も後回しにするべきだ。これ以上事態をややこしくしないでほしい。

「そうだねぇ。視聴者さんも待ちくたびれてるよー?」

中継を繋いでいる玖天が端末に表示されるコメントを眺めながら追撃を加える。この中継を見ているのはヴァイスの本拠地で待機している全団員だ。この戦いに自分たちの命運がかかっているのだと理解している彼らは固唾を飲んで中継を見守っている。

中継を見ている彼らは待っているうちに緊張に慣れてきてしまったようで、中継に寄せられるコメントも大分自分勝手なものが増えてきた。早くこの重苦しい雰囲気から逃れたいから早く戦ってくれだとか、どうせヴァイスの勝ちなのだからさっさと終わらせろだとか。

今、中継の画面には戦いの場となるバラックと瓦礫のフィールドが映し出されている。開始の合図を待っている一級たちや白槙、黄炬が退屈そうにしている様子がそこにはある。

捌尽が退屈しのぎに黄炬にちょっかいをかけ、反応を見て遊んでいる。そんな様子をいつまで映すのだと文句をつけるコメントが散見されるようになってきたのだ。

「ゲストを待たせるべきじゃないよー」

ゲストを待たせるべきじゃない。さっきそう言ったのはオーナーの方なのにこれ以上オーナーやら"灰色の賢者"やらの揉め事で待たせるのか。

そう玖天が指摘すると、そうね、と恥じ入ったようにオーナーはたたずまいを直した。

"灰色の賢者"の度肝を抜いて反応が見られただけよし。情報料としては上々だ。よい因縁を教えてもらった対価は後で、とちらりとリグラヴェーダに目線をよこしてからオーナーは改めて頭を下げた。

「ごめんなさいね。……それじゃあ、顔も用もないし…後はごゆっくり」

戦いが終わるまで、彼女らはここで待機だ。扉は施錠される。この部屋には軽食や飲み物も備え付けられているので退屈はしないだろう。まるで映画を見るようにこれからの戦いを眺めて過ごせるはずだ。

中継が繋がっていることからわかるように、通信の類は遮断されていない。何なら、この部屋のモニターに映し出される光景を見ながら戦っている者たちに連絡を取ることだってできる。

さらには武具の使用も禁止されていない。突破しようと思えば施錠された扉など力づくで破れるだろう。"灰色の賢者"は転移魔法の武具を持っているから戦場に乱入することも逃亡することもできる。

それほど緩い警備なのは自信の表れだ。たとえ逃げたとしても、絶対に逃がしはしないという絶対の自信。

「はいはーい。ゆっくりしますよー」

そこまで見抜いているのか、それとも単に気がつかないのか、曖昧な態度で玖天は手を振ってオーナーに応じた。早くしろと急かすコメントに返信して視聴者を宥める。

「とりあえず……皆さんの分の飲み物を用意しますね」

備え付けのポッドとティーカップがある。湯も茶葉も不足はしない。何時間も悠々と過ごせるだろう設備を見やり、忸王が立つ。

食堂の管轄者らしく給仕から始めよう。皆に茶を配り、落ち着く頃にはこの剣呑な雰囲気も消えているし戦いが始まるだろう。

「苦労するわね」

「そ、そう思うなら意味深な会話とか複雑な事情とか交えて話さないでください!」

誰のせいだ。眉を寄せて忸王は原因に言い募った。



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