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荒廃した街で、退廃した俺たちは  作者: つくたん
堪えきれない答えに応える章
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蛇章 因果

からん、とベルが鳴った。


少しだけ彼女の種族の話をしよう。

彼女の種族は真実を独占して氷に閉ざす氷神を掲げて成り立った亜人である。ベルベニ、シャフ、キロ、アレイヴ、スルタン、竜族、古代に存在した数多の亜人と違い種族そのものの名はなく、そしてまた彼女らも名乗ったことはい。仮に名をつけるならば、蛇の下肢に由来して蛇族あるいはリリスとでも呼ぶべきか。

彼女らは淫魔を祖とし、魔力というものを媒介に生きる不老不死のイキモノである。基本的にまず死ぬことはなく、その生態により種の頂点に昇華された者であれば頭を吹き飛ばされるどころか全身塵にされたとて蘇る。魔淫の女王リグラヴェーダもまた頂点に昇華された者である。

だが昇華されていない者は過剰な殺傷を受ければ死ぬこともある。肉体が塵にされれば蘇生は難しい。

またその生態によりヒトと同じ生命力に定義される者もいる。ヒトと同じように伴侶と添い遂げて死ぬ。

そう。頂点に昇華された者はさておき、不老不死ではあるがそれは完璧なものではないのだ。だがほぼ不老不死ゆえ、子孫をなすことがない。

しかし死ぬ個体も現れる。こうなれば個体の数は減る一方である。増えることはなく、減ることはある。増えなければ緩やかに衰退していく。

だから個体数を一定に保つため、彼女らは神の教唆によりある手段を取っていた。それは、同胞に迎え入れるに相応しい肉体を確保し、引き入れることである。

彼女らは死ねば魂は神の身許で浄化を受ける。そして同じく浄化を受けた肉体に詰めて再び"誕生"する。その容器ともなるべき肉体を外部から調達するのである。

入れ物となる肉体は誰でもいいわけではない。世界の深淵に触れ、絶望の底で血反吐を吐きながら砂を掻く無限の努力をした者のみだ。

リグラヴェーダもまた、過去に色々と調達した。

妻の面影を追った父親によって自我が消された娘。無限の争いを繰り返す修羅となった娘。運命の分岐の鏡を覗いた娘。

そして、"大崩壊"以前、北の大地を根城に世界を支配していた集団の頂点に君臨する深淵の魔女と呼ばれていたモノも。

リグラヴェーダは深淵の魔女とやらの首に縄をかけ、そして肉体だけを同胞として受け入れた。深淵の魔女本来の魂の方はあれこれ弄り回しているうちに磨耗して消えてしまった。

その深淵の魔女こそ、"灰色の賢者"が刈り取り忘れと言っているモノである。

往古、故郷を滅ぼした深淵の魔女はまだ生きている。事実を検算して導き出した結論に従い、"灰色の賢者"はそれを刈り取り忘れと称した。

だが、こうして"灰色の賢者"の刈り取り忘れはリグラヴェーダが回収してしまった。刈り取ろうにも刈る芽がない。それなのに芽を探しているのが哀れだ。ないものを探して身悶えている"灰色の賢者"を哀れみ、そして笑う。

だが、話はここで終わらない。その深淵の魔女の肉体を受けて"誕生"した同胞こそ、決闘の場である44ー444地区の主なのである。

魂は浄化を受けた同胞のものであり、"灰色の賢者"の因縁の相手ではない。だが見た目はまさに因縁の相手なのだ。復讐の相手と同じ見た目をしたものがそこに君臨している。

これを知った時、"灰色の賢者"はどうするだろう。リグラヴェーダの種族の誕生の仕方は知っている。少し考えれば、刈り取り忘れがその器の条件を満たすことも気がつくだろう。気がつき、両者を結びつけられるだろうか。

このタイミングでこんな話をわざわざした理由。この先に待つ事実。仇が回り回って見た目を変えずに形を変えて目の前に現れること。

"灰色の賢者"はどこまで答えを導き出せるだろうか。どこまでが予想の範疇で、どこからが衝撃の事実だろうか。すべてを知ってどのくらい身悶えしてくれるだろうか。

はるかなる高みから俯瞰してリグラヴェーダはうっそりと笑う。


からん、とベルが鳴った。


検算も済んだし用はない。"灰色の賢者"を部屋から追い出してリグラヴェーダは息をつく。

ヒトは見ていて飽きない。ことにこのヴァイスというのは因果が絡むに絡んでいる。だからこそリグラヴェーダはヴァイスに身を置く。

かつて復讐のあまり災禍を引き起こしたがゆえにその掃除をしようという"灰色の賢者"を発端として、複雑に因果が織り成されている。まるでそれは繊細な編み物のようだとリグラヴェーダは思う。このドレスの裾のレースのように細やかに因果と因縁が織りあげられている。

編みあげられた模様がハッピーエンドとなるかバッドエンドとなるかはまだ判然としないが、リグラヴェーダはその結末を見るためにここにいる。過程を眺め、結末を見届ける。

因果といえば。そろそろ自身に課されたものも片付けなければならない。"零域"の材料と調合方法を記した文書は行方が知れない。この文書の居場所を突き止めて始末することがリグラヴェーダに課された使命であった。

"零域"は伝説の秘薬を目指して作られた。"獣王の角"と呼ばれて伝えられるそれはリグラヴェーダの種族が秘技として保管している秘薬のひとつである。

理想のものに近付けるため、"零域"の開発者である科学者は研鑽を積んだ。改良に改良を重ねたそれは"獣王の角"に近付きつつある。このままではいずれこの領域に到達する。

否、到達すること自体は構わない。そこからリグラヴェーダたちの素性に踏み込んでこなければ。だが科学者たちは知的強姦者となって彼女たちに踏み込むだろう。だからそうなる前に、到達する前に消す。

肝心の科学者は葬った。しかし調合方法を記した文書はまだ生きている。それを消さなければ、いずれ誰かがここまで踏み込んでくる。秘匿のベールは剥がされて丸裸となった真実が犯されてしまう。

その大役はリグラヴェーダに任された。だからリグラヴェーダは調合書を葬らなければならない。

さて、その調合書は何処にあるだろうか。この国だか街だか大陸だかわからない広大な土地を網羅する玖天の情報網でもかかりはしないだろう。

真実を司る我らが氷神なら居場所を知っているだろうが、探すことも役目だと言って秘匿の氷に閉ざすだろう。

ならば別の手段を取るとしよう。伊達に5万年ほど生きていない。目的を叶えるための方法などいくらでもあるのだ。


からん、とベルが鳴った。


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