序章 護庫
逃げ出すように薬局を出た黄炬が次に連れてこられたのは22階だった。
棚やら梱包された荷やら、布で覆われた木箱やら。雑然としていてまとまりがない。物は多いがそのぶん人が少ない。
医務室のある階層も静かだったが、あれは人が静かにしようと思って作られる静寂だ。こちらは人の気配がないが故の静寂。
「ここは倉庫と言うか荷物置き場というか…そういう階だよ」
食料から生活雑貨。ありとあらゆるものを雑多に置いてある。
忸王が言うには古い記録なんかも保存してあるそうだ。
「武器とかも置いてあるし…」
「武器、って……」
これのことか。ポケットの中の腕輪を取り出す。
黄炬の魔力の目覚めによって362-5区画を一瞬で消し飛ばしたもの。
あれだけのことをしたにも関わらず、取り上げられることなく黄炬の手元にある。また一時の感情の衝動で惨劇が起きるかもしれないのに、誰も取り上げない。
「あぁ、それじゃなくて、普通のナイフだとか…」
黄炬が手に持つそれは武器ではなく武具と呼ばれる。銀でできたそれに魔力を込めることで魔法が発現する遺物だ。
それは炎で焼き尽くしたり、他の場所へ転移したり、ものによって様々な効果がある。まさに魔法だ。
そういえばそんな話を瑶燐が説明した気がする。聞いていたが装置と動力のくだりしか理解できていなかった。
「例えばね」
忸王が自身の左腕に装着しているブレスレットを指す。これも立派な武具だ。
ディアボリーグ、と呟いて手をかざす。その瞬間にブレスレットが消え、その代わりに手に握られたのは禍々しい意匠のレイピア。
「こういう風に、武器になったりするのもあるんだよ」
その武器を振るって攻撃するのだ。
そう説明しながら忸王は現出させたレイピアを戻す。金細工の美しいブレスレットが再び忸王の左腕に嵌まる。
「で、その使い手は"大崩壊"以降とても少なくなっちゃって…」
そうして遺物となってしまった。作り手を失った武具は新しく作られることもなく、過去のものが古物として発見される。
そして思い出したように魔力持ちの人間が生まれる。それらを集め、保護しているのがヴァイスだと。
「どうしてそんなことを?」
「さぁ。でも、魔力持ちと武具が出会ってしまった事故が起きる以上、ヴァイスが保護するしかないと思うよ」
君みたいに。忸王は黄炬を振り返る。
しようと思えば術者の癇癪で暴発する。そんなものを排除するのは無理だ。だから保護し、力の使い方を教える。
「包丁だって振り回せば凶器でしょ?」
だが、調理という概念を教えたら凶器は道具になる。それでどんな料理をつくるかは当人次第だが。
それと同じようなことをヴァイスはしているのだ。包丁の刃を握らないように持ち方を教え、凶器としてではなく道具としての使い方を教えて。
黄炬から腕輪を取り上げないのもそれだ。包丁が凶器になることを知ったのなら無闇に振り回したりしないだろう。振り回そうとするのなら全力で止めるし止めるための仕組みもある。
「話が逸れちゃったね。…で、集めた武具を保管して管理するのが……」
ここの倉庫階の担当なんだけれど、と続けようとして、忸王が唸る。
紹介しようと黄炬を連れてきたのだが、倉庫番の定位置に目的の人物がいない。
倉庫番の役目である以上勝手に出歩くようなことはしないはずだし本人の性格もそれをよしとしない。
何処に行ったのだろう。すっかり困り果てた様子の忸王にやたらと明るい声がした。
「いたいた! にのちゃーん!!」
黄炬がそちらに目をやると、忸王と同じくらいの年頃の少女が駆けてくるのが見えた。
忸王が大人しい少女ならこちらは活発なお転婆娘だ。元気よく騒がしい。
「玖天ちゃん、どうしたの」
ちょうど側までやってきた少女に忸王が問う。この少女がその倉庫番なのだろうか。まさか。こんな女の子が。
考え込む黄炬に忸王が首を振る。玖天ちゃんは倉庫番じゃないよ、と否定する。
「そうだ玖天ちゃん。絖さん何処に行ったか知らない?」
「それねー。わっちゃんから伝言なんだけど」
続く言葉に黄炬は耳を疑った。
「"御主人様に呼ばれているので、紹介はまた後日"」




