とある一夜の“こわい”話・続
今年もこの季節がやって参りましたね。なのでまた“こわい”話を書きました。
今度こそ“こわい”話と思える……はずです。
満月が雲に隠れて月明かり一つ差し込まない真っ暗な夜。何の変鉄もない一軒家。その家の中のリビングにて、再び集まっている現役高校生達が円になって座っていた。
窓はカーテンが閉められていて、明かりは円の中心に淡く光る蝋燭が一本だけ。前と変わらず雰囲気だけはホラーチックになっている。
「それじゃ今年も始めようじゃねーか……真の恐怖を味わうための“こわい話”の会を……」
一人の少年が顔にライトを充てて不気味に笑う。
ちなみに、人数の方についても前回と変わらず、司会進行の少年含めて四人となっている。
「……あのさぁ、ちょっと良い?」
少年の相方的ポジションに指名されている少女が手を上げる。その表情は他のメンバーと違って苦い。
「んだよ、まだ始まってもいないのにいちゃもん付ける気か? 少しは空気を読んでもらいたいんですけど~?」
「別にそういうわけじゃないけど……ちゃんと真面目にネタを仕入れて来てるんでしょうね? それだけ確認したいんだけど……」
その発言は無理もないこと。前の話はボケが飽和して終わりを告げ、恐怖の恐の字すら感じさせない対談に終わっていたのだ。心配して当然のことである。
「だ~いじょうぶだって、少しは俺達を信用しろよ。前回のあれはちょっとした予行演習みたいな気分だったからな。でも今回は紛れもない本番だ。お前の背筋を凍り付かせるつもりでやってやるさ」
「それならまぁ……良いんだけどさぁ……」
「つーか今回もお前が来てくれたことに驚きだぞ俺は。何だかんだで楽しんでたんじゃねーかお前も」
「う、うるさいなぁ。ご託は良いから早く始めてよ」
「へいへい、そんじゃまぁ早速始めようとするかねぇ」
少年少女による前座が終わり、“こわい”話の会が幕を開く。
「で、今回は誰から行く? できれば俺は今回もアンカーを引き受けたいんだが……」
「それなら今年も一番バッターは僕が引き受けましょう……」
知的な眼鏡の少年がレンズを掴んでクイッと上に上げる。それから雰囲気を出すために不気味な笑みを浮かべ、それを見る少女はごくりと固唾を飲み込んだ。
~※~
とある場所に人気のない廃墟のようなお城があった。
そしてそのお城には妙な噂があった。
真夜中の深夜一時にそのお城に行くと、何処からか女の謎の声が聞こえてくるという不気味な噂が。
その噂は人から人へと伝わっていき、やがては誰もが知っていて当然と言えるような怪談話に発展した。
そうなると興味を持つものも少なからず出てくるのは必然。肝試しに行く者は多勢である。
そして今夜もまた、その怪談話を聞き付けてやって来た者達がいた。
「ね、ねぇもう帰ろうよぉ? こんな夜遅くに出掛けてるのがお母さん達にバレたら……」
「大袈裟だなぁ、大丈夫だって。こういうのはバレなきゃ済む話なんだし、ここに長居する気もないから安心しろってば」
「で、でもぉ……やっぱり怖いよぅ……」
小学生の高学年である男の子と女の子。男の子の方は怖いものに耐性があるようだが、女の子の方は見るからに怖がっている。ガタガタと足が震えっぱなしで、男の子の手を全力の力を込めて握っている。
「だったら付いてこなきゃ良かったのに。なんで付いてきたんだよお前?」
「だ、だって……一人で行かせるのは危ないと思ったから……」
「お前は俺のお母さんか? 心配してくれるのは嬉しいけど……まぁ良いか。それじゃさっさと行くぞ~」
「ま、待ってよぅ! 早い! 早いってばぁ!」
辿々しく歩く女の子をリードしながらお城の中へと入っていく子供達。
中に入ってまず最初に見えたのは、数え切れない数の甲冑の兵士だった。月明かりに照らされているものもあり、それがより不気味さを引き立てている。
「~~~っ!!」
「……帰るなら今だぞ?」
「~~っ!!(ぶんぶん)」
「ふーん……後悔しても知らねーからな俺は」
既に限界が近くなっている女の子だったが、声を上げることなく口を塞いでどうにか耐えている。彼女なりにも頑張っているんだろう。
男の子は臆することなくお城の奥へと進んでいく。何段もの階段を登っていき、お城中をくまなく探索し続ける。
そして終盤辺りに差し掛かったその時だった。
「―――――」
「~~~っ!!?」
その声が聞こえた瞬間、女の子は叫び声を上げようとした。寸前のところで男の子に口止めされたものの、とうとう放心状態になって気絶してしまった。
「……今確かに聞こえたよな?」
どうやら声は男の子にもちゃんと聞こえていたらしい。長く続く廊下の奥から微かにだが。
確信を得た少年は恐れを抱くことなく女の子を背負って進んでいく。
かつん、かつんと足音が響き渡り、同時にその声も次第に聞こえやすくなっていく。
「……ここだな?」
何を言っているかはまだよく聞き取れないが、声が聞こえてくる一室のドアを発見した。男の子は壁に背を預けて慎重に近付いていく。
「…………よし」
息を飲んで覚悟を決める。そして、男の子は勢いよくそのドアを開いた。
「…………おぉ」
ギシギシと軋むベッド。忙しなく身体を動かしている♂と♀。汗なのか愛液なのか分からないものが周囲を濡らし、しかしその二人は気にすることなく互いの欲求を解消するために身体を動かし続ける。
肉と肉の間に何度も棒を突き刺し続け、♂も♀も満足げの笑みを浮かべながら一つになろうと互いを愛し続ける。
……ちなみにその♂と♀、二人ともふくらはぎ辺りから足が透けて無きものになっている。
「あっ、駄目、私、もうっ! あァ! イく! イっちゃう! あっ……あァァァァっ!!」
「……やべっ、俺も濡れてきた」
~※~
「♂は♀がイったばかりだというのに、そんなこと気にもせずに腰を動かし続ける。まるで機械仕掛けのように出し引きされるその交わりは、見ている男の子の分身さえもドロドロにし、気が付けば男の子も自分を慰めるために背負っている女の子を使って――」
「何の話だァァァァ!!?」
少女が猛り狂った叫びと共に眼鏡の少年を蹴り飛ばす。眼鏡の少年は背中から壁に激突し、ぐったりと動かなくなった。
「“こわい”ってんでしょーが!! 今のは最低最悪の“ひわい”な話でしょーが!! 馬鹿なの!? そんな簡単なことすら理解できない馬鹿なの!?」
「……ごくり」
「何固唾を飲んでるの!? ここはそういう場じゃないでしょ!? ねぇ私何か間違ったこと言ってる!?」
「お、落ち着けって、よく考えてみろよお前。足が透けてるってことは本当に幽霊がいたんだろ? しかも見ているだけで男の子が女の子に手を出そうとするなんて、そんなの呪いとしか言えない。ちゃんと怖い話になってるだろーが。なぁ?」
「聞いてた分だと、足が透けてる情報は取って付けたような感じだったけど!?」
「まぁまぁそんな興奮するなって。こういう場面に遭遇するのって仕方ないことなんだって。お金のない奴等がセ○クスする場所なんてあまりないんだし、人気が少ない心霊スポットで行為する人が実際いるんだよ」
「そんな俗説誰が信じるか!!」
「いやマジなんだって。これは俺のクラスメイトの一人が体験した実話(※マジな実話)なんだけどさ。何でも友人で数人集まって心霊スポットに行ったらしいんだけど、そこで奇妙にも一台の車があったらしくてな。しかもその車の中から何か聞こえていたみたいで、ある一人の奴がその車のドアを開けたんだよ。そしたらその中ではカーセ○クス中だった二人が乗ってて、それにビビって皆退散してった……とのことだ」
「うわぁ……本当にそんなことがあるなんて信じられないよ……確かにそれは怖いかもしれないね……」
「だろ? だから今の怪談もある意味では成立してんだよ。はい、これで納得したな?」
「い、いやでもやっぱり私が思っているような“こわい”話じゃないような……うぅん? 本当の意味での“こわい”話っていうのが分からなくなってきたよ私……」
「だいじょーぶだいじょーぶ。今のは一番最初だったからジョークが少し混じってたんだよ。次からはマジでいくから失禁しないように引き締めておけよ」
「任せとけ。ここで一発度肝を抜かれるような“こわい”話を聞かせてやるぜ」
少年から懐中電灯を受け取るトサカ頭の少年が不気味に笑い、その笑みの迫力に少女は再びごくりと固唾を飲み込んだ。
~※~
その昔、暇を持て余した若者達が集まり、とある話をしていた。
「じゃあ今日は自分が最も怖いと思ってることをネタにしようか。お前らって何が怖いと思ってるんだ?」
それはごく些細な話。『自分が最も恐れているもの』という話だった。
「僕はやっぱ害虫かなぁ。あのウネウネした見た目が気色悪くて、想像するだけで背筋が凍り付きます……」
「オイラは当然嫁だぁよぃ。何も悪ぃことしてないってのに、当然どたまぁぶん殴ってきやがるからよぉ。最早狂人としか思えねぇよオイラァ」
「俺は箪笥かな。詳しく言えば箪笥の角。あれのせいで俺は一体何度小指を腫れさせたことか……ていうか今も絶賛晴れ晴れならぬ腫れ腫れとしてるんだけど」
「私はそうだな……君かな? 学習能力のない知能を持ち合わせ、幾度となく箪笥の角に小指をぶつけている君の馬鹿さ加減が怖くてしゃーない」
「よし、お前ちょっと便所来いや」
他愛もない話にわいわいと賑わいを見せる男達。
しかしそんな男達を見て、とある一人の男が嘲笑いながら彼らを見下していた。
「おい何だお前。人の顔見て笑うとか失礼だぞ。どいつもこいつも俺の知能を馬鹿にしてんのか? おーコラ?」
「いえいえそうではないんですよ。ただ貴方達が情けないと思いましてね」
「んだとぉ!? オイラ達まで巻き込むたァ良い度胸してんじゃーねぇかお前さん!!」
「いや何で俺!? むしろ俺は被害者なんですけど!?」
知能を馬鹿にされ、挙げ句の果てには責任転嫁の片棒を担がされる。色々と可哀想な男である。
「やれやれ、良い若い男達が情けないですね。この世に怖いものなんてあるはずがないじゃないですか。大袈裟な人達ばかりだなぁ」
「喧嘩売ってんのかぶっ飛ばすぞてめぇ!! んなこと言ってお前も怖いものの一つや二つがあるんだろ!? 俺は全てを見透す男だから分かるんだよ!!」
「はははっ、小指が箪笥にぶつかることすら見透せない人が何言ってんですか。冗談は程々にしましょうよ」
「「「それは確かに言えてる」」」
「腹立つ!! こいつら腹立つ!!」
皆馬鹿にされているはずが、最終的にディスられているのはその男一人。もう一度言うが、色々と可哀想な男である。
「……とまぁ、貴方の言ってることは間違いじゃないんですけどね。実は僕も一つだけ怖いものがありまして」
「ほらぁ~! やっぱり俺の言う通りだったじゃ~ん! 俺が正しい! お前ら間違い! よってお前ら皆無能~!」
「それで貴方は何が怖いんですか?」
「おい無視か。ガン無視かコラ。都合の良い聴覚をお持ちのようですねぇ皆さん方~?」
「僕はですね……饅頭が怖いんです」
「ギャハハハハ!! 聞いたかおい!? 饅頭だってよ饅頭!! 子供がピーマン怖いって言ってるより幼稚で情けねぇ~!!」
「あの……ちょっと静かにしてくれません貴方? 全員で張り倒しますよ?」
「……はい」
しつこいようだがもう一度言う。色々と可哀想な男である。
「うっ……すいません、饅頭という単語を口にしたら具合が悪くなってきました。今日はもう帰らせてもらいますね……」
そう言うと、ちょっかいをかけていた男は青ざめた顔になって口を抑えながら去っていった。
「また意外なものを怖がる人だったなぁ」
「……ふっ」
「何一人笑ってるんですか? やっぱ怖い――というよりキモいですね君」
「お前らいつか絶対ぶっ飛ばしてやっからな? 絶対覚えとけよ。……まぁ、最初の犠牲はお前らじゃないけどな……」
可哀想な男は悪い笑みを浮かべ、一人去っていく男の背中を見つめていた。
~☆~
「よしよし、準備は万端だぜ……」
その夜、男は自分を馬鹿にした男に復讐することを決意し、実行した。
その男が怖いと言っていた饅頭。男は買えるだけその饅頭を町中から買い集めた。自分の貯金が破産するくらいの饅頭の数々を。
真夜中に寝静まった男を見計らってこっそりと家の中に侵入し、寝ている男の周りにありったけの饅頭を置いた。
これは彼の策略。朝目覚めたらありったけの饅頭が設置されていて、その男をビビらせるという至って単純な作戦である。
「ふひひっ、朝が待ち遠しいぜ。気長に待ってやろうじゃぁねぇかおとっつぁん」
それから男は待った。何時間もずっと男を観察したまま待ち続けた。
そして翌朝、その時がとうとうやって来た。
「うわっ!? 何だこれは!? 大量の饅頭が目の前に!?」
目を覚ましたその男が視界一杯の饅頭を見て驚きの反応を見せる。
そして――
「ふぅ……こんな怖い饅頭は早々に食べ尽くしてしまおう」
「…………は?」
特に怯える様子もなく、その男は饅頭を一つ手に取って食べ始めた。
「……ハッ!?」
そこで男はようやく気付いた。この男にいっぱいくわされたんだと。
そう……饅頭だけに。
「や、野郎ぉぉぉ……覚えてやがれぇぇぇ!!」
男は涙ぐみながら去っていった。そしてその叫び声は町中に伝わっていたんだとか何とか。
~☆~
「糖分の取り過ぎだったんですって……確か糖尿病とか言ったかしら」
「怖いわねぇ……甘いものも食べ過ぎは良くないってよくわかった気がするわ……」
「……………………」
数日後、饅頭騙しをした男が死亡した。死因は饅頭の食べ過ぎたことによる栄養失調が大きな原因とのこと。
その話を聞いた可哀想な男は固まった。ダラダラと汗水を滝のように流し、墓前に備えてある死亡した男の写真を見ながら。
そして、男はぽつりと呟いた。
「……饅頭……怖い」
~※~
「だから何か違うゥゥゥゥ!!!」
お約束のように少女の声が響き渡る。そんな中、少年は感心した様子で頷いていた。
「ほぅ……少し内容を面白おかしくした引用話と思いきや、最後の最後でまさかのフェイント……やるじゃねぇか!」
「やるじゃねぇか! じゃないってば!!」
「何だよまた何か文句があんのかよ? ちゃんと最終的に怖い話になってただろーが。人は思わぬところで取り返しのつかない罪を背負うことになるというリアルな恐怖を……」
「いや怖いけども!! 私もちょっとゾクッとなったけど!! でも怖さの方向性がおかしいんだってば!!」
「馬鹿野郎。怪談話が全部ホラーチックなものだと思うなよ? 時代が自然と流れていくように、怪談もより高度なテクニックが加わって目新しさを垣間見せていくんだよ。これはその片鱗だ」
「流行に流される若者みたいなことを偉そうに言うな!! 私は認めないからね!? こんなの“こわい”話じゃないから!!」
「ったく、ギャーギャーとうるせぇ奴だな。誘われてきた立場なのになんだよその物言い? 俺はまこと悲しいよ!」
「こっちが悲しいよ!! 今年も期待を裏切られ続けて涙が出そうだよ!!」
「お、おぉう……泣くなってお前、俺が悪かったって」
わんわんと泣き始める少女を宥める少年。期待を持たれているとは思わなかったからこそ、少し動揺しているのかもしれない。
「ふぅ……しゃーねーな。んじゃ最後は俺がとっておきの“こわい”話をこう『ビシッ』っと決めてやんよ」
「……信じるからね? 今度裏切ったら号泣するからね私?」
「ま、任せとけって。それじゃ今年の夏の大目玉! 俺の“こわい”話を聞きやがれお前ら!」
~※~
むかーしむかし、あるところに三匹の子豚と親豚がいました。
「良く聞け腐れ豚共。お前達の食費のせいで我が家の家計は絶望的な数値を生み出してしまった。よって、今日からお前達には自立した生活を送ってもらうよ」
そう、それは親豚による唐突な提案――もとい命令だった。
「え? 食費って、それはお母さんが余分に高い高級牛肉ばっかり買って来るから――」
「御託を言う子供は私の子ではない。失せろ糞豚共。見ているだけで豚臭が移りそうだ」
「いやアンタも豚――」
それが親豚と交わした最後の言葉。理不尽な理由により、三匹の子豚達は突如家から追い出されてしまった。
~☆~
「一時はどうなるかと思ったけど、案外どうにかなりそうだな」
その後、三匹の子豚達はそれぞれ計画的に行動を開始し、安定した日常へと戻った。
一番上の兄は藁の家、二番目の豚は木の家、三番目の豚はレンガの家を建築し、むしろ実家にいる頃よりも充実した生活を満喫していた。
……だが、その日常が非日常へと変化するのは今から起こる出来事から始まることとなる。
「……ん?」
藁の家に住む兄が出かけようと外に出た時だった。少し遠くの方に、思いがけない一匹の動物がこちらに向かって歩いて来ていた。
「ヘッ、ヘヘヘッ……腹が減ったと思いきや、こんなところに良い餌が……ヘヘッ、ヘヘヘヘヘッ……」
鋭い犬歯を持ち、ベロベロに唾液を漏らす一匹の動物。
その正体は――
「……っ!?」
狼――よりももっと恐ろしい存在。彼らの生みの親であり、資金を使い果たして食事もままならなくなり、空腹で暴走を起こしている親豚だった。
その親豚を見た瞬間に一番豚は悟った。
――殺される――
と。
一番豚はすぐさま藁の家の中へと避難した。
そして親豚が藁の家の前までやってくると――
「むんっ!!」
豚足を横に一薙ぎ。それにより発生した風圧により、藁の家は風と共に青空へと散り散りに消え去った。
「ギャァァァッ!? だ、誰かァァァ!!」
恐怖に支配されてしまった一番豚が全力疾走で親豚から逃げ出した。しかし親豚も負けじと我が子を追っていく。愛の眼差しではなく、捕食者としての眼差しを送りながら。
やがて一番豚は二番豚の家までやってくると、飛び込むように二番豚の家の中へと入ってドアを閉めた。
「に、にーちゃん? どうしたんだよそんな目を血走らせて?」
「……魔物が来る」
「は? 魔物? おおきづちとか? それともいっかくウサギ?」
「……ミルドラース」
「……え?」
目を点にした二番豚が窓からこっそりと外を覗く。
その瞬間、眼前に件の魔物が現れた。
「ギャァァァッ!? デスタムーアだっ!! デスタムーアがこんな緑豊かな自然の地帯に!?」
「お、落ち付け二番豚! この木の家の中に入れば何の心配も――」
ないわけがなかった。
「……あれ? 何か焦げ臭くない?」
「……ていうか燃えてねこの家?」
デスタムーア――ではない、親豚の手にはチャッカマンと油たっぷりのボトルが握られていた。つまりはそういうことである。
「俺はあんな陰湿な手口を使う魔王を見たことがない!!」
「にーちゃんこっち!! こっちの窓から脱出しよう!!」
「ま、待て二番豚!! 下手に動くと魔物に――」
しかし二番豚は冷静さを欠いているようで、一番豚の言う事を聞きもせずにもう一つも窓から脱出を試みた。
「いらっしゃい……」
「え゛っ? ちょ、ちょっと待っ――ぎいやぁぁぁぁ…………」
バリッ、ゴリッ、ブシャッ、ブチュッ
そんな音が聞こえてきた時、もう二度と二番豚の声が聞こえてくることはなかった。
「ウア゛ァァァァ!!!」
断末魔の叫び声を上げてドアから外に飛び出す。だが捕食をし終えた親豚がすぐに一番豚の存在に目を付け、追い始めた。
一番豚は走った。力のある限り走り続けた。しかし親豚との距離は一向に離れることも縮むこともない。
そして最後の希望の星である三番豚のレンガの家が見えて来た。三番豚は二番豚の家を同じような形でその家の中に侵入し、すぐに鍵を閉めた。
「ど、どうしたの兄ちゃん? 今にも死にそうな顔してるけど?」
「……外に死相が見えた」
「え? 兄ちゃんの?」
「……俺達の」
「……?」
言っている意味をよく理解できないまま三番豚は窓から外を覗く。
そしてまた眼前に親豚の恐ろしい顔面が姿を現した。
「はははっ、死神って初めて見たような気がするよ僕。とりあえず遺書書いとこ……」
「何早々と諦めてんの!? 心配するな大丈夫だ!! ここはレンガの家なんだぞ!? 吹き飛ばされることもない、焼かれることもない、そして粉々に打ち砕かれることもない!! まさに絶対防壁の居城も同――」
じだとしても、今の親豚は不可能を可能にする力を持っている。一番豚はそのことをまるで理解できてはいなかった。
カチャカチャカチャ……
「……ん? 何の音?」
それは唯一の入り口である玄関のドアから聞こえる音。それに気付いた時にはもう全てが遅かった。何もかもが遅すぎた。
カチャリッ
「……そういえばさ三番豚。鍵穴って四種類あるんだけど知ってる?」
「え? 知らないけど、種類なんてあったの?」
「うん。頑丈な順から『ディンプル系ピンシリンダー』『ロータリーディスクタンブラー』『ピンシリンダー』『ディスクシリンダー』ってのがあってな。ここに入る前のあの一瞬で確認しておいたんだけど、この家の鍵穴ってディクスシリンダーだったんだよ」
「……つまりどういうこと?」
「この家はピッキングの餌食だって言いたいわけ――」
バリッ、ゴリッ、ブシャッ、ブチュッ
こうして、親豚の子たちは仲良く親豚の胃の中へと収まったとさ。
めでたしめでたし。
~※~
「めでたくねェェェェ!!!」
頭を抱えながら数度目のシャウトが家内に響き渡る。
「ハッハッハッ、童話をちょっとアレンジした“こわい”話だ。どうだった? 今までと比べるとまだマシだったろ?」
「いや確かにそうだったけども!! 恐怖を伝えると同時に子供達の童話が汚されちゃったよ!!」
「でも結果的に“こわい”話として収まったろ? 今回はどうやら俺の勝ちなようだな」
「まぁ……確かに今回のはホラー要素と笑い要素が含まれたまだマシな――」
「最終的に子供達が親豚の胃の中に入ってしまう。これが本当の“子は胃”話ってな。いやぁ満足したぁ~♪」
「いやそういう意味だったんかィィィィ!!!」
こうして、今年の“こわい”話は“こわい”くらいに馬鹿馬鹿しいオチで幕を閉じるのだった。
ホラー小説家の皆様に一言。
学習しない者で本当にすいませんでした。