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旦那様の予感的中?


 雇った隊商のラクダに揺られて辿り着いた王都の入り口で、セアラはすっぽりと被ったベールの隙間から高々とそびえる城壁を見上げた。

 オアシスの男手を二人と、雇い入れた傭兵(ボディガード)一人。

 オアシスへ立ち寄った隊商が砂漠を越えて王都へ向かうというので、四人でそこへ紛れて王都へ来たのだ。



 セアラは幼い頃、父親に手を引かれて王都ブラキカムへ何度も行った事があった。

 青いタイルで飾られた緑の繁る広い王宮へも。

 父親の商談でお供について行っただけなのだが、その時、当時の王にも謁見している。

 深い皺を刻む精悍な顔立ちで、特に眼つきが鋭いが、『幼児にデレる優しい爺様』という印象が残っている。

 その当時の王は高齢であったので、今はもう代替わりしていた。

 『何故か』兄達が次々に病死してしまったので、第四王子だったイレットが王となり、前王の全てを受け継いで玉座に居ると聞く。

 近隣の領主に据えたのは全て腹心の部下ばかりで、旧体制の家臣たちは閑職や隠居宣告されてしまったという事まではセアラも知っていたのだが、その後はまぁざっくり新体制の足を引っ張る旧体制の構図であったらしいという事までしか知らない。

 『王のおつかい(ひらがな)』はおそらく旧体制の人材であったのではなかろうか、との推測は間違っていないと思う。

 イレット王の政治がどのようなものであるか、興味はあったがそこまで深く知った事では無かった。

 何故なら、イレット王が即位する少し前くらいから父親が次から次に持ち込む縁談によって、『嫁ぎまくる』のに忙しかったので、国を見渡す余裕などなかったのだ。

 ある意味、国中に嫁いでしまったのであちこちの地方の様子には詳しくなったかもしれない。

 ふと思うと、幼い頃に父親と共に王宮へ出向いていたあれも、王族への縁談交渉だったかもしれないが、本当に幼い頃の事で、前王以外の王族の誰かと会った記憶もない。


   その時、縁談がまとまらなくてよかった


 と、思いながら心に浮かぶのはマナの事だった。


   今日も木陰でオアシスを眺めて過ごしているのかしら

   働かない夫の元に落ち着くとは思わなかったけれど、

   あののんびりした人が忙しなく働く所なんて想像できないわね


 ふふっと口元が緩む。

 まだ城門をくぐりもしていないが、『早く(夫の元へ)帰りたいな』と思ってしまう。


◇◇◇◇


 王都へ到着し、宿を決めてから王に目通りを願い出て正解だった。

 目通りまで二日掛かると言われ、実際に目通りしたのは三日目だった。

 予想はしていたので焦りも無かったし、王都の賑やかな市場や街の施設の状態、教育、医療、人々の暮らしぶり、目で見て確かめる時間はたっぷりとれた。

 衣装屋へ寄って『無駄に着飾る』準備も。

 時間が足りない程、世上調査をしていた所で王の使者が来て呼び出しが掛かり、しっかり『無駄に着飾る』も仕上げる。

 最後は、美しく飾り立てたセアラの結い上げた金の髪に、『これが似合うと思うよ』と夫に持たされた緑色の大きな玉がついた金の簪を差した。


 この時は、『供物のひとつなのだろう』と、思っていたのだが。


 勿体ぶって、深々と厚手のベールを被って飾り立てた自身を隠す。

 有象無象に見せひらすつもりで飾り立てた訳ではない。

 オアシスの女主人を王へ見せつける為なのだ。


   使えるものは何でも使う


 腹を決め、そして、王宮へ足を踏み入れた。

 お供をしてくれたオアシスの男手と傭兵(ボディガード)は王宮へ入ってすぐに待機所で待つように言われて別れ、その後現れた女侍従に身体検査を受けて武器の所持が無い事を確認され、そのまま奥へと案内された。

 宮殿を歩くと、見覚えのある景色が所々にあった。

 砂漠の宮殿はベースが煉瓦造りの塗り壁仕上げなので基本は砂色なのだが、空の青と中庭の池と青いタイルで飾り立てられていて、色味が少ない割には殺風景な印象はまったくない。

 ふと見える小部屋の内部には赤やオレンジの色彩を使った壁の模様が可愛らしかったり。

 思わずきょろきょろと見覚えのある物を探す。

 謁見の間までの道のりに、広い中庭を巡る回廊を通る。

 アーチのついた天井を支えて立ち並ぶ柱の彫細工が細かくて美しい。

 

   相変わらず美しいわね


 どこか懐かしいと思う気持ちから、あまり緊張はしなかった。

 しかし、歩きながら思い出す。


   ここ、奥向きじゃない?

   ハレムはもっと奥だけど、王のプライベートスペースよね


 セアラの記憶では、幼い頃に父親と一緒に分厚い綺麗な絨毯の上で前王とゆっくりお茶を飲みながら談笑していたエリアだった筈。


   初対面の新参オアシスの長を呼びつけるにしては不用心過ぎない?


 女だと舐められているのか、それとも『おつかい(ひらが・・・)』の報告で何かしら思惑があるのか。

 前を歩いていた案内女が『こちらです』と示したのは、一際間口の縦横大きな謁見専用の部屋だった。

 壁の彫細工にも見覚えがある。

 昔、前王とお茶した部屋。

 だが、内部はお茶をするような雰囲気はなかった。

 綺麗な絨毯も寄り掛かるクッションもなく、事務的に必要な物が揃えられている謁見専用の空間になっていた。


   使う人が違うとこうも違うものなのね


 と、セアラは中へ入ると同時に被っていたベールを取り、正面の玉座に居る男を真っ直ぐに見た。

 護衛の側近が両壁に並ぶ謁見の間で見たイレット王の顔は、間違いなく『幼児にデレる優しい爺様』の息子だった。

 『デレる』と『優しい』は一切感じないが、精悍な顔立ちは面影がある。

 そして、思っていたより若い。

 『爺様』の息子ならかなり年齢がいっているだろうと思ったが、見た目だけならマナとかわらないように見える。(マナにはおそらく年齢が無いと思うが)

 玉座にどっかり座り、肘乗せについた肘に顎をついてこちらを観察している威圧感と佇まいは武人の王だとひと目で判った。

 体育会系の美丈夫、なのだろう。

 黒髪と黒い目と、良い体躯。

 部屋の入り口に立ったまま、たっぷり時間をかけてセアラもイレット王を観察し、


   私の夫と部品は同じ物なのだけど・・・


 夫褒めの値踏みをしていたセアラは、間合いをみて微かに会釈をし、部屋の中央まで進んでそのまま真っ直ぐイレット王を見つめた。

 『派手な美人』で『内面駄々洩れの目力』のセアラをイレット王がどう値踏みしているのか測る。

 真っ直ぐセアラを見返していたイレット王は、 

「美しい女だと聞いてはいたが。」

 と、無表情にちらりと壁際の側近たちの一人へ目線を送った。

 セアラもしれっとそちらへ視線を向けると、側近に混じって『おつかい(ひら・・・)』が居た。

 王の視線を受け、王へ頷いた『おつか(』がセアラをちらりと見た一瞬の嫌味な表情から、いかにも『やっつけてやってくださいよ』的な小悪党の気配がした。

 『おつか(』と目が合ったセアラは、静かに口元だけに笑みを作って返した。


   やっぱりまともな報告はしていないのねー

   はいはい、その程度の人材だと予想はしてましたよー


 隠しようのないセアラの目力には、それがはっきり出てしまっていたようで、『おつか(』はセアラと目があった途端、歯を食いしばった口元を小刻みに震えさせた。

 『おつか(』とセアラの様子に、ニヤっと笑ったイレット王がセアラへ視線を戻し、じっと見る。

 言葉を促されたセアラは、軽く目を閉じてふっと息を吐き気持ちをリセットすると、顔をあげて真っ直ぐイレット王を見つめ、

「お互い忙しい身ですので本題に入りましょう。」

 始める。

 ここまで奥の部屋へ通すという事は、どうせ身上調査は終わっている筈なのでまだるっこしい挨拶自己紹介とおべんちゃらなど要らない筈だ。

 『おつか(』の報告が全てだと思うような王ならば、何を言ったところで無駄だろう。

 オアシスの未来を決める。

 それだけで進む。

 セアラの意図は伝わっているらしく、頷いたイレット王もさらりと返して来た。

「マナのオアシスの税を取り決める。」

 この反応はセアラにとって好感触だと言える。

 無駄がない。

 セアラも押しも引きもせず、淡々と、

「メリットは?」

 訊く。

「私の国だ。私の領土の税の話をするのが何かおかしいか?」

「デメリットしか感じないわ。砂漠の真ん中でどこの国も領土として主張してなかったじゃない。」

 西にあるブラキカムが一番近いと言えば近いが領土にギリギリ入っているか居ないかの砂漠の真ん中で、東方と北方にもイレット王の国と同規模の国がある。

 商取引の通過点と言う点で、どこの国が領土として主張してもいいような端っこなのだが、統治するにはどの国からも遠すぎるので、順当にいけば一番近いイレット王だろう。

 セアラの言い分に頷いたイレット王は、

「人が住んでいるのかも不明な荒地なら捨て置くが、あれほど栄えたオアシスを放置するわけがなかろう。」

「いきなり私たちの王だと言われて、はいそうですかって言います?」

「統治とはそういうものだ。」

「あなたの庇護を受けてメリットがある確約も無いのに?」

「侵略から守ってやる。」

 王が言い、セアラは踏み込んでみた。

 美貌の顔ににっこりと笑みを浮かべ、

「今、あなたから侵略されているわ。」

 これをイレット王がどう捉えるかで決まる。

 税を納める以上、庇護の確約を貰わねばならない。

 納める税は、オアシスの人々の積み重ねで得られるモノから捻出されるのだ。

 なので、言葉を選んで遠慮している場合では無い。

 イレット王の回答は、

「今までは侵略される要素は無かったが、これから侵略を受ける可能性が出てきただろう?」

 オアシスの民の積み重ねたモノを侵略される危険があり、ただ隊商の休憩地であり続ける事が難しい事を示すが、セアラは首を振り、

「羽振りが良くなったオアシスにたかってるだけじゃない、呆れるわ。」

 暗に、『どこの国が領地と主張しても同じではないのか?』と、『イレット王の庇護』のメリットを訊く。

 セアラが言葉に載せた深読みもイレット王は解し、

「気に入った。妥協点は?」

 と、笑った。

 段々と、イレット王も面白くなってきている風がある。

 イレット王にしてみても、今までノーマークだった砂漠の真ん中のオアシスなのだから、領土の端を守る駐屯地としての利用価値が高いのであって、そこまで税に拘っていたわけではないのだ。

 おとなしく国旗を掲げてくれればそれでいいが、それだけでは統治として成り立たない。

 セアラは王の腹の内を確信すると、『妥協点』も踏み込んでみる事に。

「王都の医師を4人と薬師を3人、オアシスへ移住させて。」

 本当はここまで要らないのだが、高い見積もりを出して値引きでお得感を出すのが商売だ。

 ここまで来たら引かない。

 セアラの言い分は大オアシスを賄っても余りあるほどの医療要求なのだ。

 セアラのハッタリに、とうとうイレット王は声を漏らして笑い始めた。

「それはまた大きく出たな。」

 どんな商売人の売り込みでも売り買いの内容が同じなら、営業力の高い方を買う。

 セアラの商売にイレット王が出した答えは、

「医師1人と薬師1人ならおまえのために考えてやろう。おまえが私のハレムへ入るなら要らぬ心配だが。」

 少し意地の悪い言い方をしてからかってみようと思ったが、イレット王が『ハレム』と言い出したために思いの外セアラの内心が乱れてしまい、

「バカじゃないの?私は人妻よ?ひとまず医師と薬師の件をのんでくれるのならこちらも考えるわ。ついでに学士もくれれば上等ね。」

 言ってしまった。

 言った後、『あ、まずい』と。

 話が弾んで忘れて居たが、相手は国王なのだ。

 にこやかな表情だけは崩さずに済んだが、セアラの背中がどんどん冷えるような気がしていた。

 イレット王は笑いつつ、じっとセアラを見つめて、

「三日、考える猶予を与える。」

 言う。

 セアラも虚勢を保ちつつ、

「何を考えるの?考えるのはあなたよ?」

 イレット王も表情は変えず、

「いや、考える必要に駆られるだろう。衛兵、城壁の南門の外牢へこの女を三日放り込め。水も食料も渡すな。」

 当然の回答をした。

 この暑い季節に砂漠の真ん中で水無し炎天下が何を意味するのか。

 イレット王が本気なのかポーズなのかはまったくわからないが、

「では、私もあなたに考える時間をあげる。私の条件は大負けに負けて医師が2人、薬師が2人。それだけ出してくれれば税を納めるのはお安い御用よ。オアシスの守りはあなたの助けは必要ないわ。」

 セアラも、負けるわけにはいかなかった。






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