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旦那様は毟りとる?


 王国の首都ブラキカムから前乗りで半月ほど前に『王の使者の使者』が来た。

 『王の使者がそのうちマナのオアシスへ行くので準備万端お出迎えしろ(要約)』という、まったくもって無駄な知らせだった。


   勿体ぶってないでさっさと来ればいいのよ

   たかが新参オアシスに偉そうぶって、そういうのが無駄なのよ


 と、セアラは思う。


   私なら・・・


 自分が人に仕事をさせるとして、脅威でも何でもない、武装も無い砂漠のオアシスへ王の手紙を届ける程度の仕事なら、そこら辺で時間を潰して給料だけ持って行く使えない人材にやらせる。

 堅牢な城壁を巡らせた、他の介入を許さない構えの新興オアシスなら、有能な人材を送って視察させる筈だ。

 それをさせない為に、マナのオアシスの城壁は土留め程度にしたのだ。

 そんなわけで、自分なら有能な人材は忙しいのでそんな出張には出さない。

 『お使いのお使い』が『お使い』が来る事を知らせて来たのだから、身分的にはそれなりの者が来ることは判る。

 栄え始めたオアシスを放っても置けないが気にも留めて居ないというのなら、書面1枚で通達を出せば済む話なのに、だ。

 なのに、わざわざそれなりの身分の者に『お手紙』を持たせてこちらへ寄越す。

 そこは、新参のオアシス相手に礼を尽くして来た王を評価する。

 が、『おつかい(敢えてひらがな)』しかできない無能な部下を持った王に同情する。

 そして、三日前、『王の使者が三日後に着く』という書面が届いたのだ。


   無駄っ!


 直後、セアラは苛々とその長い金の髪を洗った。 


◇◇◇◇


 王の使者が到着する当日。

 寝坊はしたが、セアラは渾身の力(財力)を込めて身支度を整えた。

 セアラの執務用の部屋には、衣装や小物が絨毯の上に広げられ、小間使い二人が忙しなく仕度を手伝っている。

 この日の為に肌を整え、衣装も上等の絹で誂え、自分を飾り立てる準備をしてきたのだ。


   アホには最初が肝心なのよね


 無能な者ほどプライドが高いし人を侮り、自分の主観もりもりで報告を持ち帰る。

 おそらく、それも王は判っていると思うが。

 見てくれだけでも『おつかい(もう一回ひらがな)』のプライドに見合うだけの装備で臨む事にした。

 椅子に座って小間使いに髪を結って貰いながら、手鏡片手に唇へ紅をさすセアラの表情は試合前の闘士のようだった。

 そんなセアラの様子に、水配りから戻って部屋を覗いたマナはくすくすと笑いながら、

「これも使うといいよ、きっと似合うから。」

 と、無造作に床に山積みにされた装飾品の山を示した。

 突然そこに現れたのだが、それを目にした途端、セアラと小間使いの目が丸くなり動きが止まってしまった。

 美しい玉や金の細工物の装飾品で、王の宝物庫にあってもおかしくない質のものばかりで一瞬見惚れたのだが、一早く正気に戻ったセアラはハッとして、

「これは、どういう事かしら?」

 じろりとマナを睨む。

 何故セアラが睨んで来るのかわからないが、マナはさらりと、

「かなり前に貰った供物だよ。私は使わないのだけど、みんな勝手に置いて行くからね。」

 セアラはマナの腕に並ぶ金の腕輪を指差し、

「その腕輪はお気に入りなわけ? 以前、私も二本ほど旅費にあなたから貰った事があるけれど、かなりの品物だったわ。」

 セアラの話の落ち着き先がなんとなく読めたマナは、

「私の腕輪は私の〝一部〟だよ。供物は私が預かっているだけだと思ってる。」

 静かに笑う。

 マナの答えは的を射ていたようで、セアラは心底ほっとしたように、

「よかった。あなたがそれをケチって貧乏オアシスを放っておいたのかと思ったら腹が立ったもの。ごめんなさい。」

 素直に誤解を謝る。

 良い事であれ悪い事であれ、『(本来であれば)人ではないマナが何かに入れ込んで人々の暮らしを乱すような事はしない』という事を、セアラはよく理解していた。

 セアラの『オアシスとオアシスの人々を大切に思う』その思いに、マナも頷いてふと笑い、

「私が持っている財は水だけだよ。君が望むなら湖だって造ってみせるよ。」

 言った途端、マナはまたじろりとセアラに睨まれた。

 セアラは、

「安売りしないでちょうだい、商売にならないでしょ?」

 顔が商売人に戻っていた。


◇◇◇◇


 来客を迎えるために誂えていた広間で対面したのは、やたら顔を上向きにして、貧相な細面から人を見下すような視線を送って来る初老の男だった。

 ご苦労な事に、輿に乗って来たらしく、身なりが宮廷へ参内するのかという程に仰々しい。

 〝そこ〟しかないのだろう、中身が無い分、そうでもしないとやっていけないのかもしれない。

 対するセアラも『判り易く身を飾り立てて』、少しばかり段をつけた高床の上から、下段でふんぞり返っている『王の使者』をまじまじと観察した。

 一応、来客を迎える最低限の礼儀として立って出迎えてはいる。

 張りぼての王の使者に、


   やっぱりね


 としか、思わなかったが。

 王の気苦労を何となく察してもう一度同情する。

 王の使者は御付きの男を三名ほど従えて部屋へ通され、ムスっとしたままずっとそこに棒立ちだったのだが、セアラが段上から降りる事無く、無言のまま手を少し持ち上げる動作だけで『ご用向きをどうぞ』と示した途端、眉を吊り上げて露骨に苛ついた顔になった。

 少し間が開いたが、後ろに控える従者が王の使者へ巻紙を渡し、それを仰々しく開いて、

 「マナのオアシスの長へ、王命である。」

 と、言ったところでちらりとセアラを見た。

 『王命』と言われ、セアラが段上から降りるそぶりを見せると思っていたのだが、段上に立ったままのセアラは微動だにせず、

「どうぞ。そのままお続けになって結構よ。」

 静かに、感情を込めずに言う。

 一瞬、しんと間が開いたが、王の使者の握りこぶしが徐々にふるふると震え始め、

「――――――その前に、」

 という声もふるふるしている。

 かなりご立腹の様子で、

 「王命を受けるのに上座に座るとはどういう了見だ?」

 と、セアラを睨みつけてきた。

 セアラは内心、


   『立ってますけど?』って言ったら怒り過ぎて泡を吹いて倒れるかもしれないわね


 と、面白くなっていたのだが、王の使者の剣幕に怯む事無く、

「まだ、私もこのオアシスの民も、我が王と認めておりません。他国へ出す親書として受け賜ります。どうぞお続けになって。」

 上座に居る意味と直立で聞いている意味を言い切った。

 王の使者が意味を理解しているのかは別として。


◇◇◇◇


 その夜、火皿の薄明かりしかない寝室の寝床の中で、腕枕で寝そべる夫が隣で横になり寛いでいる風の妻の髪を撫でながら、

「私が行ってこようか?」

 マナの声音はいつも通りでのんびりしているが、内容は少々緊迫したものだった。

 昼間の王の使者が持って来たのは王から呼出状だったのだ。

 『新興オアシスの長は王に挨拶に来るように』というもので、実質、そこでオアシスの未来が決まる。

 最悪の展開だと、王が派遣する領主を置く事になるかもしれないし、置かなくてもいいかもしれない。

 王がどう判断しているのかに掛かっているのだが。

 セアラにまったく勝算が無いわけでは無い。

 セアラの生家は首都ブラキカムに一番近いオアシスの豪商なのだ。

 砂漠の王国にとって、流通を押さえる者が強いのは当然で、平たく言うとセアラの生家が羽振りがいいのは王と持ちつ持たれつ、お互い様だ。

 親の七光りといえばそうなのだが、王のひざ元に生家があり、他国に与する意図はなく、王にとって有益な存在であることをすぐに証明する事ができる。

 実質、セアラの生家のあるオアシスには形ばかりの領主しか置いてはいない。

 それは商人たちと王との統治の距離が近いからなのだ。

 商人たちと、王以外の政治に関わる人間が近くなると、よからぬ金をため込んで最終的に国が傾くこともあり得る。


   これほどブラキカムから離れたオアシスなら、なおの事、頭のいい領主は置かない


 自分が王ならそう考える。

 王の使者へ強気に出たのは、セアラの考え無しの行動では無いのだ。

 侮られれば奪われる、侮り過ぎれば潰される。

 ぎりぎりの駆け引きではあった。

 とにかく、王都で決まる。


   使えるものはお父様だって使ってやるわよ


 重責に強めの溜め息が出たが、セアラを案じて自分が王都へ出向こうか?と言ってくれたマナへ、

「あなたには水売りがあるでしょ?」

 セアラ自身が出向く、と、少しだけくすっと笑って答えると、水売り呼ばわりされたマナは困っていない困った顔で、

「お金は貰ってないかな。」

 ぽそりと返すが、セアラはにやりと、

「挨拶を毟り取ってるじゃない。」

 言われ、マナの顔が本当に困った顔になった。

 その顔がおかしくて、セアラはくすくす笑い出した。

 夫の頬へ手を添え、

「とにかく、私が王都へ行くわ。このオアシスの価値は王も見過ごせなくなってるのだから、安売りはしないわよ。」

 安心させるように微笑む。

 先に言われた『挨拶を毟り取っている』という捉え方をした事の無かったマナの頭の中は少々混乱しているようで、

「え・・・と、わかった。」

 と、うわの空でセアラの主張に頷いた。





誤字脱字、ご連絡いただけると幸いです。(文章力はともかくですが)

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