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旦那様、甘い水配る?


 セアラの生家はブラキカムの都に近い砂漠の大きなオアシスの豪商だった。

 いくつかの大きな隊商(キャラバン)がそのオアシスを拠点としていて、通常は物持ちが数軒でひとつの隊商を雇い、砂漠越えの荷を運ばせるのだが、セアラの生家ではお抱えの隊商を1軒で持っていた。

 そんな豪商の住まいであるから、屋敷は相当に大きかった。

 砂漠の家屋はちょっとした小金持ちの家ならば、暑気対策で当然のように小洒落た中庭があるのであるが、セアラの生家には豪華な中庭があり、ミニオアシスばりに樹木が生え、小川まで流れていたのだ。

 それ程の財力があった。

 屋敷のどこにでも小奇麗な使用人が居た。

 建物自体も、日干し煉瓦と石積みで、いたる所が青いタイルやら塗り壁を掘った細工が施された美しい造りだった。

 そして、豪商の美しい『妻達』。

 並居る妻たちの中で、セアラの母は抜きに出て美しかった。

 金の髪と緑がかった碧眼、滑らかで白い肌、細い指、程よい肉付き、極めつけは『従順』。

 屋敷の奥へ飾っておくにはこの上なく申し分なかった。


 セアラは、容姿だけは丸っと母親の美貌を受け継いでいた。

 ただ、中身を駄々洩れにする目力だけは隠しようがなかったのであるが。


◇◇◇◇


 セアラが居座ってから、セアラの持てる財力(と歴代の夫たちからぶん獲った人手や資材)を大量投入してマナのオアシスは全てが改装された。

 まず一番最初に水路を作り一番近い水脈から水を呼んで土地の基礎を造った。

 同時進行で建てられたのは、オアシスに居た住人すべてを収容できるだけの部屋数を持つ長屋。

 そこへ住人を移し、元々あった住居は全て取り壊して、オアシスに土塁の城壁を造って区画整備をしたのち、建物を新築して住人を戻す。

 城壁と言ってもオアシスの中へ砂が流れて来ないように、土留め程度の短い擁壁を切れ切れに配置しただけに留めておいた。

 砂漠のど真ん中で、どこかの国から『力を溜めて勢いを持つのでは』などと痛くもない腹を探られるのも面白くない。

 豊かに暮らしたいだけで、領土争いなどに関わりたくも無いのである。

 敵意が無いことを示すためにも、堅牢な城壁を築くわけにはいかないのだ。

 侵略者については侵略の価値が出てから考えるとして。

 オアシスの場所は、黙っていてもキャラバンが立ち寄るような砂漠のど真ん中にあるので、流れてくる者達にお金を落として貰えるような事をすれば、元々のオアシスの住人たちが仕事を求めて出稼ぎに行く事は無いのだ。

 という算段で、果樹を移植し家畜を肥やし、ふんだんに水を使って農地も作った。

 商いをする為の下準備だった。

 すぐにそれらが回り始めるわけでは無いので、回るまでは歴代の夫達から格安で物資を買い入れる。

 まずは、思いつく限り、手が尽くせる限りの下地作りと同時に、走り出していた。


 そして、最初に建てた長屋をオアシスを訪れた隊商たちの宿と飯屋とし、それをマルテの母親であるシアの夫婦に任せたのだった。

 オアシスの元々の住人達にはそれぞれ得意な仕事を与え、オアシスの改造に雇った人足達もそのままオアシスで厚遇して居つかせてしまい、人手も賄った。

 恐ろしいスピードで、マナのオアシスが豊かになった。


◇◇◇◇



 東西に小高い砂山に囲まれたマナのオアシスの東の砂山側には、水路の終点となる泉がある。

 そのほとりにセアラは新居を構えた。

 セアラの生家のような豪奢な屋敷では無く、つつましやかな中庭を持つプチ豪邸。

 手伝いが二人も居れば手が足りる程度に大きな屋敷を構えた。

 マナと二人で暮らす分には小振りな屋敷でも良いのだが、なにせ『オアシスの長』の屋敷なので、客間を造らなければならず、仕方なく、このサイズになってしまったのだ。

 小奇麗な色彩のタイルと塗り壁の彫細工で飾られた『お屋敷』である。

 そしてそのお屋敷の新婚夫婦の寝室らしき、真新しい家具と寝具で誂えられた部屋で夜が明ける。

 天蓋から降りる白いレースの中には、素焼きタイルの床に厚手の絨毯が敷かれ、その上にあるふかふかとした寝具の中でスヤスヤと眠るセアラの姿があった。

 夫の腕枕がいつの間にか金糸の縁取りのあるお高めの枕にすり替えられていても、セアラが目覚める気配はない。

 身支度を整えたマナが天蓋から降りるレースをすり抜けてそっと中へ入り、幸せそうに眠るセアラの額に口元を寄せると、セアラが薄く目覚める気配があった。

 セアラの額へ自分の額をつけた至近距離から、小声で、

「おはよう。」

 と、マナが声を掛けるが、セアラの目は閉じたまま、

「・・・ん。」

 と、寝惚けた声を返した。

 ふと笑う水の神様は、

「朝の挨拶に行って来るよ。ゆっくり寝ておいで。」

 新妻へ、『唯一の仕事』へ出る旨を告げるが、セアラの目は開く事は無く、

「・・・ん・・・。」

 と、そのまま眠りに落ちて行ってしまった。



◇◇◇◇



 次にセアラの耳に届いたのは、部屋中の窓の外戸を開け放って朝日を室内へ放り込んで来るマルテの声だった。

「セアラ、もう起きなきゃ。お客さんが来るのでしょ?」

「ん・・・マルテ?」

 やっと目を開けたセアラの顔を覗き込んで、マルテが一度首を傾げ、何かを思いついたように首を戻すと、ぱぁっと明るい表情を見せて、

「今日はお水が甘い日なの?」

 楽しそうに訊く。

 寝惚け眼でその問いを受取り、しっかり頭の中へ届けた瞬間、セアラの目がしっかり開いた。

 そして、

「        何の話?」

 セアラが訝し気に問い返すと、マルテは得意げに、

「母さんが言ってた。マナとセアラが仲良しの日はお水が甘いからお菓子沢山作るって。」

 言い切るマルテの顔は、美味しいお菓子への期待から素晴らしく輝いていたのであるが、無邪気に語るマルテの言葉の意味をしっかりと噛み締めたセアラは頭が真っ白になる。


   『夫婦仲が良いと水が甘くなる』


 さて、その水はいったいどこでどうやって、マルテの母であるシアは手に入れているのか?

 先に出掛けた夫は『朝の挨拶と引き換えにオアシスの人々の家にある水瓶に水を注ぐ』水の神様なのだ。

 元々、出稼ぎに出た家族を待つ貧しいオアシスの人々に同情(?)してここに居座った水の神様。

 以前あったはずの水脈が移動してしまい、マナが水を与えなければ、あっという間にこのオアシスは干上がっていたのだ。

 その水を与える代償に、マナはオアシスの人々に『朝の挨拶』をしてもらう事にした。

 寂しがり屋だから、『そうして人々と過ごして居たかった』らしい。(未確認情報)

 ただ、水が乏しい以前のオアシスとは違い、今の『マナのオアシス』はカレーズを整備して街として整えたので、ライフラインとしてマナの水をもう必要とはしていない。

 必要無いのだが、オアシスは人々の繋がりとしてのマナの水を必要としている。

 朝から街中の子供と年寄りが一カ所に集まり朝食をとる。

 朝食に出向く年寄りの安否確認と、食事が終われば子供らが年寄りの世話をする、というこのオアシスの習慣だった。

 以前も今も、オアシスの人々の家々にはマナがどこからともなく水を湧かす水瓶があり、毎朝マナに挨拶してその水瓶に水を満たして貰っているのだ。

 大問題なのは、


    それぞれの家にある水瓶に、『夫婦仲が良いと甘い水』が配られる


 つまり、オアシス中がマナとセアラの夫婦仲について朝一番に知る事になるのだ。


   『今日はお水が甘い日なの?』


 と、マルテは訊いたが、セアラの頭の中では言葉の並びが大人の事情に変換された。


   『昨日は    だったの?』


 とんでもない話だ。


  (かなり濃密だったことは否定しないけど!

  (新婚だからそれは当然な話で誰かに言い訳する事でも無いわけじゃない?

  (そもそも、何故言い訳しなければならないの?

  (いや、今朝寝坊したのは昨日マナが・・・違う、そうじゃなくて


 あっという間にパニックになって飛び起きたセアラの口は、何か言いたげなままで開いて固まり声も出ない。

「             。」

 何か言わなければと思うが、全く言葉が思いつかなかった。

 いつもならば饒舌に紡がれるセアラの辛辣な言葉が全く出ない事に、

「どうしたの? セアラ、お顔が真っ赤だよ?お熱あるの?」

 マルテは不思議そうに首をかしげてセアラの顔を覗き込んだ。




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