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泉の娘~砂漠のお伽噺・セアラ  作者: 千年示威
もうひとつありませんか?
16/17

月は東に陽は西に ②



 砂漠の真ん中で水を押さえられるという事は、常に首元へ剣を突き付けられているようなものだ。


   物資を隊商から買い取るのとはわけが違う


 と、イレット王は思う。

 駐屯地の水をマナに握られている事の危険性がまず頭に浮かぶ。

 もし、マナと対峙する事になれば、切り札になる。

 『水を出すことができるという事は、水を止める事も出来る』、これを切り札に王命を拒否される事も在り得る。

 領地として統治する上で、王命に異議を唱えられる事はとてもよろしくない。

 駐屯地の水を分けてもらう事の条件は、マナのオアシスとの良好な関係の維持となるのだろうが、国の有事にマナのオアシスが敵側へ寝返れば背後から突かれる事になる。

 天秤に掛けて、リスクと利益の傾きが大きければ白紙に戻す方が得策なのだ。

 ふむ、とイレット王が一瞬考え、

「駐屯地の話は一度持ち帰る。決まれば後で知らせを送ろう。」

 そう言った表情の揺れをセアラは見逃さず、

「北の脅威から守られる事のメリットを考えれば、〝私〟にとってこれほど得難いものは無いと思うわ。」

 イレット王の揺らぎを見抜いて言う。


   商売人め・・・


 イレット王はにやっと笑い、

「だからこそ、背中から斬られる可能性がある。」

 腹を割って手の内を明かす。

 セアラは首を振り、

「私の夫を守ってもらうのに?」

「はぁ?〝コレ〟が人の手で守る守らないがあるのか?」

 イレット王はマナを指差し呆れた顔で言うのだが、セアラは至極真面目にさらっと、

「敵国が私を人質に取れば、マナは世界を滅ぼすかもしれないわ。」

 『マナに無茶をさせない』というセアラの主張にマナは『あぁ、なるほどね』と納得するが、イレット王は呆れた顔がさらに呆れ返った顔になり、

「・・・・・・・・・・・・えらい自信だな。」

 『また大きく出たもんだな』と。

 セアラは満面の笑みで、

「私、愛されているもの。」

 完全にイレット王が絶句してしまった。

 セアラ曰く『愛されているもの』にはまったくもってその通りなので、マナはそれ以前の『人質に取られる』懸念について、

「君を危ない目に遭わせたりはしないよ?」

 と、マナがふふっと笑うが、一瞬にしてセアラの顔が豹変してマナをじろりと睨んだ。

「牢に入れられたり賊に入られたり、あなたの目の届かないところで色々実績は積んできているわよ?」

 ずばっと切り返され、マナはぐっと詰まってしまう。

 セアラの圧勝を見て、

「7対3だ。」

 イレット王が駐屯に掛かる施設建設費の交渉に入る。

「話が早いわね。でもそこ3対7でしょ?国全体に関わる事なのよ?」

「6対4。6割は出せ、コレが限界だ。」

「5対5。半分は出してちょうだい、こちらは水も出すんですからね。」

 セアラが言い切り、ぐぅぅと唸るイレット王がマナを見ると、顔を顰めたマナはイレット王と視線を合わせて小刻みに首を振り『逆らわない方がいい』と。

 イレット王も同じ表情かおになった。

 ひとつ間が開いて、惨敗に溜め息を吐きながらイレット王は頷いた。

 大きな商談は成立したのだが、イレット王がセアラとマナを交互に見ながら、

「〝傾国の美女〟と〝バケモノ〟ではそもそも札の揃いが悪すぎる。」

 舌打ち雑じりに嫌そうな顔をした。

「バケモノは酷いね。」

 とマナは本気でショックだという顔になり、

「傾国とは聞きづてならないわね!」

 と、セアラはじろりとイレット王を睨む。

 痛くも痒くもないとばかりにイレット王はセアラの睨みをハンと鼻で笑う。

「おまえ、子供の頃は頻繁に王宮へ来ていただろう?」

 苛っとした口調で切り出した。

「覚えてるわよ、前王にとてもよくしていただいたわ。まさか次の代の王に牢へ放り込まれるとは思ってなかったわねー。」

 セアラも嫌味で返すが、

「それは良くもするだろう、おまえは親父のお気に入りだ。おまえのオアシスの近くへ寄ると聞きつけた親父が『セアラちゃんにヨロシク』だと。デレデレしやがって本当にムカつくジジイだ。確かに当時のおまえは、それはそれはお人形さんみたいだったものな。」

 イレット王が一気に愚痴る。

 どの辺かは判らないが、どこかの時点でスイッチが入ってしまったらしい。

 頭の回転の良いイレット王だけに、愚痴る勢いも澱みなく滑らかだった。

 一点、セアラが引っ掛かったのは、

「私を知ってるの?」

 『お人形さんみたいだったセアラ』は前王以外の王族と面識がないので驚いた。

 そう言われれば、商談のお供とは思えない程の頻度で王宮へ行っていた覚えはある。

 当時、前王は本当にニコニコとセアラの相手をしてくれていた。

 王のプライベートエリアへ招かれ、王と父親がお茶を楽しむ間、王はセアラを膝へ抱いて色々な国へ行った話や外国の姫君達の話を聞かせてくれていた覚えがある。

 『どの姫君達よりも美しい娘になるだろう』とも。

 前王の記憶はある。

 が、『第四王子のイレット様』の記憶は無い。

 当のイレット王は少々お喋りが過ぎたと言葉が澱むが、セアラの『続けなさいよ』の視線に頭を掻きながら、

「〝玉座とセットの王妃候補〟を興味本位で覗き見した事がある。」

 こっそり見ていた事を白状した。

「なにそれ!」

 まったく身に覚えのない話でセアラは目を丸くする。

 イレット王は観念したのか、

「おまえについて『ウチの子になってくれないかな』を連呼した親父に訊いてくれ。おまえが原因で私の兄が三人とも死んでる。」

 正確には『ウチの子になってくれないかな、そうだ、次の王妃にしちゃえば娘になるじゃん(要約)』だったのだが。

 複数の王子に玉座はひとつなのだ、玉座への切符があるなら手にしたいと思う者が出てもおかしくはない。

 いくら長兄の第一王子が優秀で次代の王の御世も安泰であると巷で噂になっていようとも。

 セアラの美貌が無ければ前王の世迷言ジョークで済んだのだが。

 セアラは首を振り、

「知らないわよ、そんな話。」

「表向きは病死だが、何年も前に街でおまえを見かけた次兄が親父の世迷言を本気にして長兄を暗殺し、自分の命も弟に狙われるかもしれないとすぐ下の弟も殺した。私も殺害リストに入っていてだな、私が生き残るために次兄を殺す羽目になった。そしてアホな親父を即、隠居させて私が王になったというわけだ。どうだ知らなかっただろう?」

「知ってるわけ無いじゃない!私はあなたが即位する前からこれまで通算18回も嫁がされて、その18回目は殺されかけたのよ?」

 引かない二人の主張は、とうとう言い争いになっている。

 イレット王はそのセアラの結婚について、

「親父がおまえの父親へ密告したのだ、さっさと何処かへ嫁に出さねば怒り狂っていた国王わたしに殺されていたからな。それだけで済めばいいが一族揃ってどうなっていたか。」

 と。

 やっと、セアラの背中が冷える。

 これに気付くのは二度目だが、目の前に居るのは国王なのだ。

 『国を乱れさせた』でも『次兄と結託していた』でもなんでもいい、相手はセアラを処罰するための理由は作れる立場にある。

 もうひとつ、気付く。

 セアラの父親が必死にセアラを嫁がせようとしていたのは、

「私を守ろうと、何度もお嫁に出そうとしてたのね。」

 親心を知らなかったとは言え、ナチュラルに18回も返品されてしまったが。

 しん、と、おとなしくなったセアラへ、

「当時は本当に兵を送ろうと思っていた。しかし、親父も含めてとにかく王宮には使えないヤツが溢れて居たし、後始末やら即位やらで忙しくてそれどころじゃなかった。親父は無関心で、()()()()()()から生き残った息子に王位を譲るつもりで放置だったからな、所詮、王位など血塗られてなんぼだ。」

 イレット王の言葉にセアラは頷く。


   私がまったく知らないところで始まって、

   まったく知らないうちに終わってたなんて


 ここまで来るとセアラにはどうしようもない事なのだが、

「ここは、〝ご迷惑お掛けいたしまして申し訳ございませんでした〟なの、よね?」

 困った。

 イレット王が判断するなら、セアラはおとなしく首を差出したいのだが、ソレはマナが許さないだろう。

 『そういうのは要らん』とイレット王は首を振り、

「私自身、玉座はノーマークで俗世間に揉まれて生きているのが楽だったんだが、まぁ、こうなってしまったわけだ。長兄が王となるのが当然と思っていたのにいきなり王になった、というだけの話で、迷惑な話だが面白くはある。」

 武人の王はスッキリした顔でそう言う。

 セアラも、

「父へ何か贈り物でも届けたい気分だわ。」

 『教えてくれてありがとう』と静かに笑む。

 マナは『話は終わったかな?』と、

「次は私の番だけど、いいかい?」

 イレット王へ。

 何を言われるのか見当もつかず、少し警戒するイレット王が構える気配があるが、マナは構わず、

「セアラをハレムに置きたいと言ったのは本気だったね?」

 セアラを王宮へ呼びつけた時の話を蒸し返した。

 『やっぱり四六時中くっついて来てたのね』と、セアラはマナをじろりと睨むが、マナは何か思う所があるようでふふっと笑って返した。

 隠してもしょうがないのでイレット王は頷き、

「気の迷いだ。これ程の美女なら飾っておいてもいいかと思うだろう?」

 そこで一度区切ってセアラを見ながらニヤッと笑い、

「だが、わたしの横に置いておけるような女か?」

 思っていたよりも攻撃力の高い答えに、マナが笑い出した。

「理解できているならいい、それが知りたかったんだ。」

 『ありのままのセアラという意味で理解しているのか』を知りたかったので訊いたのだが、王の権限で強引にセアラを抑え込む事が無いかの確認であって、イレット王がセアラを苦手としている事の自白まで強要したつもりはなかったのだ。

 イレット王の言葉の反動が大きかったようで、

「失礼ね!」

 セアラの声が高くなる。

 そのセアラの気色ばんだ様子に、イレット王は『な?これだろ?』とマナへ目配せしたあと、

「王の妻が政治に口を出せば、わたしが始末する。そういう事だ。」

 イレット王はありのままの事を言った。


   『お飾りにするには性格的に無理がある、まつりごとに口出しすれば処刑するしかない』


 と、セアラについて思うまま言いたい放題言い放ったわけだが、今度はイレット王の背中が冷えた。

 はっと口を押えてマナを見る。

 マナは相変わらず穏やかな顔でイレット王の話を聞いていて、

「落ち着く所へ落ち着いたのだから、私は何も言う事は無いよ。」

 うんうんと頷いた。



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