月は東に陽は西に ①
朝でもなく、昼というにはまだ早い時間帯に来客の知らせがあった。
『騎馬が10騎ほど北から来る』と、オアシスの東西にある砂山の上の見張り小屋から知らせが来た。
マナのオアシスは城壁も武装も無いので、攻め込まれた所で応戦できるわけでも無いのだが、見張りは置いている。
オアシスを訪れる旅人を早く見つけて受け入れる準備をする為の見張りで、商売上、重宝している。
その見張りが、『何やら怪しげな者が来る』と。
聞いても、セアラの頭に最初に浮かんだのは、
売れる物なにかあるかしら
と。
阿漕な商売はしない。
次の商売に繋がらないから。
旅人の通過点でしかないオアシスで阿漕な事をすれば、その噂は人の流れに沿ってたちまち方々へ広がっていく。
なので、
ひとまず、休ませてあげる場所を用意しておかないとね
セアラは馬用のスペースと乗り手が休める天幕の仕度を人に任せた。
マナのオアシスは旅人の待遇がいいとなかなか評判になっている。
オアシスを訪れる隊商や旅人たちは行程次第で、休憩だけでその日のうちにそのまま出発してしまう事もある。
なので、急ぎの旅の者達が休む為の天幕をいくつも建ててある。
長期滞在型の造りでは無いので、室内はゆっくり座れる絨毯敷の床と水瓶があるだけなのだが、旅の不足品を街で調達をする間に荷物の保管やラクダの休息をするスペースをスピーディに確保できるのはありがたい。
オアシスへ滞在するならば、そこで宿の手配を頼む事も出来る。
案内所の役割も兼ねていた。
北から来た騎馬も、ひとまずそこへ。
と、馬が街へ到着し、セアラの前に降り立った騎手が被っていた布を取って現れた顔に見覚えがある。
平然とした顔で、
「寄らせてもらうぞ。」
と、イレット王がセアラへ。
直接会うのは例の『見せしめ投獄』事件以来なのだが、イレット王は何事もなかったかのように、来た。
イレット王の顔を確認したセアラはまず、王の前で砂へ膝をつき、肘を張って顔の前で左手の甲へ右手を重ねて軽く叩頭する。
女性の敬礼は正座で同じ姿勢を取って完全に地面まで叩頭するのだが、セアラは男性仕様の膝立ちの姿勢でイレット王へ敬礼した。
イレット王は勝気なセアラの敬礼が『男勝りな敬意の表し方』ではあるが、
「ほぉ、殊勝な心掛けだな。」
感心する。
てっきり、いきなり噛みついて来るかと思っていた。
が、やはりセアラはセアラなので、
「一応、我が王ですからね。」
言って、目上の相手が許していないのにそのまま立って仁王立ちになる。
で、
「遠路はるばる、こんなところで何してるわけ?」
平常運転に戻った。
相変わらずのセアラにイレット王は笑いながら、
「少し、意見を聴きたい事がある。」
無礼を気にしていたら話が進まないのでそのまま続けた。
イレット王がわざわざ話をしに来たらしい。
少しセアラも驚くが、
「私に?」
問いに頷いたイレット王は、
「このオアシスの北に小振りなオアシスがあるだろう?」
「かなり小振りよ?ラクダを休ませるくらいしかできそうもないわね。」
「兵を駐屯させようと思う。庇護の一環もあるが、統治メインだな。」
領土の護りに兵を置く、という事らしい。
他国からの侵略に供えて置かれる兵だが、マナのオアシスの護りにもなる。
話の流れがここからどう転ぶのか、セアラは少し警戒した。
駐屯させるための施設の建設をタダでしろとかそんな話?
守られる領地が大きく出資するのは普通の事だが、セアラの表情の変化に、
「金の話は後だ、そんなに露骨に値切ろうと構えた顔をされると話が進まない。」
イレット王が先読みする。
「よく判ってるじゃない、商売上手ね。」
観の良いイレット王の切り返しに、セアラはにやりと笑う。
「私の仕事もおまえの仕事もとどのつまりは似たり寄ったりだ。ひとまず視察に来たんだが、相談ついでに顔を見に来た。」
イレット王もふと笑いそう言うが、セアラは夫が座る木陰の方へ視線を向けて、
「あなたに言おうと思ってたんだけど、さっきから私の夫が無表情になっているわよ?」
と、『夫の表情も読んでみたら?』と。
イレット王がはっとしたように両手で口元を押さえ、
「〝夫の顔〟を見に来たことにしてくれ。」
先の発言を訂正する。
口を押えるのは何かしらトラウマがあるらしい。
イレット王の様子にセアラは気の毒そうに頷き、
「その方がいいと思うわ。」
騎馬集団を天幕へ案内し、夫を呼んだ。
天幕の中はイレット王とセアラ夫婦の三人だけで、王の護衛の騎手達は天幕の外の警戒をしていた。
三人で顔を合わせ、お互い、『刺客を送った事』も『嫌がらせをした事』も話題にするわけでもなく、久しぶりに顔を合わせた知り合い程度で取り立てて堅い空気は無いまま話の本題に入った。
イレット王はマナのオアシスの北にある小振りなオアシスの視察結果から、そこを兵の駐屯地としたい旨を伝える。
小振りなオアシスであるから、そこで生活が成り立つ為にはマナのオアシスと密にしておかなければ成立しない。
距離的にはギリギリ不可能ではないと思われるが、やはり、現地の人間の見立ても必要なので意見を聞きに来た。
王なのだから人にやらせておいてもいいのだが、直にマナのオアシスを見たいという欲求も大きかった。
そして、最大の理由としては、相談の相手がこの男なだけに自分で来たかった。
得体が知れない男
だと思っていたのだが、奇妙な術も使う怪しげな人物で、読めない。
害があるかと思いきや、『税はちゃんと納めるよ』と真っ当な事を言い、『真っ当な対応』をこちらへ要求してきた。
読めない。
読めないので、イレット王は自分から出向いて来た。
ゆったりと座って穏やかにイレット王の話を聞いたマナは、
「あの水脈はあと五年ほどで枯れるよ。」
さらっと答える。
予想外の方向から意見が戻って来たので、
「そんな事も判るのか。」
イレット王はぎょっとするが、オアシスの水の神様はさらにトンデモで、
「私が許したんだ。もう、役目を終えたいと願い出てきたから。」
と。
イレット王と同時にセアラも、
「「許した?」」
声をあげて唖然とマナを見る。
二人が何を驚いているのか判らず、マナは首を傾げ、
「許したよ。それが?」
きょとんと。
理解が追い付かない風で、
「おまえは何者なんだ?」
イレット王は一番の疑問を口にするが、
「私は物持ちでは無いけど、水持ち、と言ったところかな。」
マナはふふっと笑う。
本人が一番、事の大きさが判っていない。
自分が『神様』だと自覚のない人間にどう訊いたものか、少し考え込んだセアラが、
「ね、王都に大きな川があるけど、あれが役目を終えたいと思ったらあなたに許しを請うの?」
セアラ自身が理解するために問う。
セアラが唐突に質問を開始したので、マナも真面目に、
「川はいくつもの水脈が集まったものだから、それぞれが一度に願い出る事は無いよ。水が細るのは水が沸く土地の問題だから。」
答える。
セアラの意図を察したイレット王もそれに乗っかり、
「雨は?空の水もおまえの管轄か?」
イレット王の問いに、『イレット!ナイス質問!』とばかりにセアラもうんうんと頷いてマナの答を待つ。
マナは一瞬『君もなの?二人とも何が聞きたいの???』と不思議そうな顔をして、
「他の事象の影響が大きいものに関しては私は与り知らないね。」
答えたが、イレット王とセアラには答えが物足りないようで、二人して次の設問を考えているが、セアラが、
「じゃぁ、じゃぁ・・・そうね、何がいいかしら。」
と、ものすごいスピードで頭の中を組み立てて居ると、さすがにマナが察して、
「私がどこまでの水を管理しているのか知りたいのかい?」
「それよ!」
マナが正しく疑問をまとめ、セアラがスッキリした顔をマナへ上げた。
イレット王も同じく、マナの答を待つ顔をしている。
が、疑問を正しく疑問と認識できてスッキリしていた二人はまた絶句する。
マナは、
「〝すべて〟、と言ったら?」
『手持ちの答がこれしかないけどこれで疑問は解決するのかな』という、二人の期待に応えられそうな答えで答えてみたのだが。
セアラとイレット王の口が何か言いたいが、言い掛けて止まる。
いささか、引いた。
規模が想像を超えている。
拒否気味のセアラの頭が、つい、
「まさか。」
と、セアラの口を開かせた。
セアラの顔が少し強張っている事に気付いて、マナは少し寂しそうに、
「君の夫である事に変わりは無いよ。」
セアラも、マナが感じているモノを察して、
「手に負えない話というのが感想だけど。」
と、正直に伝え、
「そもそも、あなたの『仕事』は絶対に誰も替われないのだから今までと何も変わらないし、私にとって『あなた』はあなたでしかないわね。」
マナが言う意味はちゃんと理解しているから安心していい、と、寂しがり屋の水の王へ言う。
まさか、そんな大層なものが寂れたオアシスに居座っていたとは思いもしなかったのだが。
マナもほっとしたような顔になり頷いて、今度は放心状態のイレット王へ、
「あまり私の直轄が増えるのはよくないのだけど、北のオアシスは私が維持しよう。兵が駐屯するのは構わないけど、〝お買い物〟はこのオアシスでしてくれればいい。」
妻の商いの助けになればと提案する。
駐屯する兵達が生活するために、定期的にマナのオアシスへお金が落ちて潤うのは願ったりだ。
セアラもぱあっと顔が明るくなり、
「それ、いい考えだわ。兵士にちゃんとお給料払ってあげてね。」
と、スポンサーのイレット王へ。
なかなか立ち直れないイレット王は、
「おまえ達の価値観について行けない時がある。」
と、ボソッと呟いた。
一発打ちですので、誤字脱字ご連絡いただけると幸いです。
〇誤字のご連絡ありがとうございました(助かりますっ)




