表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/17

旦那様、それ、平和的交渉?


   強気に出てちょうだい

   イレットは物分かりのいい王よ



 と、セアラが南門の牢からマナを送り出したのは夕方近くの事だったのだが、マナがイレット王との謁見を実現させたのは真夜中近くになっていた。

 しかしそれは予想外に早い事だった。

 忙しい王がすぐに会うという事自体、異例。

 王宮を訪ねたマナが外牢へ入れられているセアラの夫である事と名を告げると、取次が戻って来た頃にはもう日がとっぷりと暮れていたが、『今日中に会うので待て』、と、王からの返事が来た。

 王自身が『あの』セアラの夫を見てみたかったので話が通るのが早かったのだろう。

 外牢での晒しものの罰について、セアラの見立てでは、家臣の前で暴言を吐いた女をそのままにする事が王の沽券にかかわるので(『おつk』のような者もちらほら混じっているし)セアラを城壁の外の牢へ晒しものにした、という物だった。


   間違ってはいないと思うけれど、ハレムの件は本気だったと思う


 と、マナは思う。

 溺愛する妻に対する惚れた欲目もあるかもしれないが、それ抜きにしてもセアラは美しい妻だと思う。

 目を引くような外見の美しさだけではない美しさ。

 あのまっすぐに見てくる眼差しを向けられて、気にならない者は居ない、と思う。

 セアラが何を愛するに値すると思うのかはセアラ次第なので、一国の王と言えど、目の前に居る『ありのままのセアラ』が欲しければ心を勝ち取るしかない。

 負けるつもりは一切無い。

 いずれ、時がセアラを連れ去る事があっても。



◇◇◇◇



 マナが通されたのは、昼間セアラが通された奥向きの謁見の間では無く、王の政務が行われる公的エリアに設けられた王の個室だった。


 王宮の規模から考えると小振りな部屋ではあったが、とりあえず的に作ってあるような部屋では無く、手の込んだ美しいモザイクタイルの壁や柱の装飾が灯り取の火皿の火にてらてらと照らされてオレンジ色に浮かび上がっていた。

 日中の日差しの中で見れば、それは美しい謁見の間に違いない、のだが。

 中に居るのは少し仕事にお疲れ気味の王と、王の腹心の側近らしき男が一人居るだけで、他に人は居ない。

 王は紙や筆の書記道具が散らかる机の向こう側で、部屋に誂えられた大ぶりの椅子にだらりと座ってお疲れモードを隠そうともしていなかった。

 部屋に足を踏み入れたマナは夜中まで仕事が片付かなかった忙しい王の疲労の事など気にも留めず、険しい表情のまま、

「妻を返してもらう。」

 ゆっくりとした口調なのだが、『怒ってます』の声音は変わらずの様子でイレット王へ切り出した。

 挨拶無しにいきなり本題へ入るマナの様子に呆れたイレット王は、

「おまえたち夫婦はどうしてそう口のきき方を知らない?」

 第一印象をそのまま口にしたが、マナは無駄口一切無しで、

「おまえは、女一人の為に砂漠の要所を失うほど愚かなのか?」

 淡々と切り返した。

 マナは内心、


    こんな交渉するなんて、セアラに似てきたな・・・


 と、苦笑いが零れているのだが。

 対するイレット王は、


    聞いていた話とは少し違うようだな


 と、マナをしげしげと観察する。

 聞いた話は『オアシスの長として民から慕われているが、日がな一日木陰に座っているだけで特にオアシスの為に働いている様子は見られない』という話と、『〝オアシスの水の神様〟という噂がある』という胡散臭い話だけだった。

 なにせ、ソレは『おつk』が持ち帰った報告だったので話は半分に聞いていたが、先に視察に出していた信頼のおける内偵者の報告もあまり大差なかった。

 なので、話を総合して『掴み所のない男』なのだろうと思っていたのだが。


   なんだ、それなりに働いているじゃないか

   妻の為だから、なのかもしれんが


 という感想を持つが、今し方のマナの話の切り出し方では夫婦そろって外牢へ入ってもらう事になる。

 ある程度予想は出来て居たので、側近は腹を割って話せる者を一人だけにした。

 これなら、マナを牢へ入れなくても問題は無い。

 たかがオアシスひとつの事で話が長引くのも統治能力を問われる事態でよろしくない。

 色々と思う所もあるのだが、イレット王も似た者夫婦の態度を気にしていたのでは話にならないと諦め、

「オアシスの要だとでも?」

 マナへセアラを返さなければならない理由を訊く。

 頷いたマナは、

「私はオアシスの統治には一切関わっていない。」

 事実を言う。

 それにも王は、

「〝マナのオアシス〟、と、聞いているが?」

 『おまえが長ではないのか?』とあらためて聞く。

 マナは首を振り、

「オアシスは妻が繁栄させた。妻が不在となれば数年で枯れるだろう。」


   セアラが絶えれば私もそこに居続ける意味はない


 自分が去ってもオアシスの水を枯らすつもりはないが、水が豊富であるというだけで栄えているオアシスでは無い。

 もはや、セアラ無しでは成り立たないオアシスなのだ。

 マナの言葉の後、無言のままお互い見合って間が空くが、

「いいだろう、女を返してやる。」

 イレット王は手元の紙に何か走り書きをして傍らに立つ側近へ渡した。

 セアラを解放する旨の書面を渡したのだ。

 続けて、

 「ただし、ひと月後に兵を送るのでその時、服従の証を何か貰おうか?」 

 と、イレット王は含ませた物言いをした。


   『この男は得体が知れない』


 王は何とも言いようのないモノを感じて、それが吉か凶か、ひと月後に少しこちらからアクションを起こしてマナをつついてみる事にしたのだ。

 その反応次第では早いうちに摘んでしまった方がいい。

 王として正しい判断だった。

 何かあるのは察したが、マナも、

「適正な税を納めるのは構わない。王の庇護があるのならば。」

 受けた。



◇◇◇◇



 セアラのお供としてついて来て牢に押し込められていたオアシスの男手二人(と傭兵一人)は、深夜に解放される事となったが、牢から出てそこに居るマナを見た瞬間、『どうしてここに居るんですか!?』と心底驚いていた。

 彼らの中では、マナはオアシスの木陰に座っているもの、という思い込みがあったらしい。

 そんな彼らの驚きは、『マナが交渉して彼らが解放された』という事実でさらに倍増されるが、なかなか信じてもらえない。

 静かに笑むマナが『大変な思いをさせてしまったね』と労わるが、『どうしたんですか!?奥様に何かあったんですか!?』『奥様の容態が悪いんですか!?』と、ひたすらセアラの心配をしていて話にならなかった。

 それほど、オアシスの男達には『マナはいつも木陰に座ってる人で、オアシスの年寄り子供の見守り担当』だと思われていたらしい。

 オアシスの女衆も、『マナはオアシスの(本物の)水の神様』だと男達に無理に理解させる事はしていなかったし。

 マナは苦笑いになる。


   まあ、そうだよね

   みんな出稼ぎに行ってたからね・・・


 彼らが留守の間に、マナはオアシスへ居着いたのだから知らないのは仕方がない。

 居着いて、オアシスの人々を見守って来た。

 今はセアラがオアシスを見守って居るので、彼らの認識がそのままでも問題ない。

 彼らをオアシスで暮らせるようにしたのはセアラなのだから、今、彼らがセアラの身を本気で案じて慌てているのも嬉しい。

 彼らは志願してセアラを守る旅に付き合ってくれたのだろう。

 外の世界を知っている彼らなら、今回の王との交渉が上手くいかなかった場合はセアラと一緒に首を刎ねられる事もあると判っていただろうに、と、そう思うとさらに嬉しい。


   彼らにも、セアラを返さなければ


 と、思う。

 イレット王の側近の男が松明を握る数名の衛兵に王の指示書を見せながら説明し、マナとセアラのお供達は衛兵達と城壁の外へ向かった。

 そして夜の暗がりにある外牢の中からセアラが解放される。

 牢の中から出てきたセアラへお供の二人が駆け寄るが、二人には目もくれずにセアラは真っ直ぐマナの胸の中へ無言で飛び込むと、小さな声で、

「・・・疲れた。」

 と、どっと息を吐いた。

 マナの胸にしがみついて、マナが冷たくない事も確認できた。

 怒りが消えている。

 そして、お供も解放され、セアラも解放された。

 マナ自身も無事に戻った。(王を殺した気配もないし。)

 この成果は喜ばずにはいられない。

 セアラは顔を上げ、マナへにっこりと微笑んでみせて、

「上出来じゃない、惚れ直したわ。」

 弾む声で絶賛する。

 セアラの喜ぶ顔に、マナは、

「伸びしろがあるとは驚きだね。」

 照れたようにふふっと笑う。

 二人で顔を見合わせて笑い合い、セアラはあらためて、

「帰りましょう、みんなが待ってるわ。」

 心はもう、オアシスの木陰にあった。 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ