ダンス・ウィズ・ニンフス
巴の迷いなさが眩しい。
私より3つも年下なのに、自分の気持ちが、自分がどうしたいかが、もう分かっている。
私は、どう思ってるんだろう。どう、したいんだろう。
巴の部屋を出た私は、一度自分の部屋に戻りかけたけれど、やり残していたことを思い出し、1階へ降りていった。
愛を見つけて、八つ当たりしたことを謝らないと。
……探すまでもなく、愛はリビングにいた。
華弥、優結と一緒にテレビを見て、キャッキャと笑っている。
そして何故か、近々幼稚園で行われるお遊戯会で使う、妖精の衣装を着ていた。ひらひらふわふわした白いワンピースと、背中の小さな羽が可愛らしい。頭には銀色のモールで作られたティアラもつけている。髪型は、白いフリルのリボンで結んだツインテールだ。
優結も愛とおそろいの姿だが、こちらの衣装はピンク色で、髪は結んでいない。
華弥だけは出し物が違うのか、着物風の衣装を着ている。裾は膝上丈で、スカート状になっているので、本物の着物と違って動きやすそうだ。オレンジ色を基調とした花柄で、見た目も華やか。
華弥は本当に、和風な格好がよく似合う。昨日少しだけ来ていた七五三の着物のような、本格的な和服姿ではないけれど、それでも十分に気品が感じられる。
流れるような黒髪に白い肌、小さな鼻に下がり眉。
本当の平安美人って、こんな姿だったんじゃないかと思う。
歴史のテレビで見たことがある、小野小町の絵なんかよりも、ずっと説得力があるように感じる。
もっとも、平安美人の何たるかを、私はよく知らないけれど。
3人が見ている番組は、子ども向けの教育番組『おとうさんとずっといっしょ』だった。
私も幼稚園の頃はよく見ていた。
画面に大写しになっている番組タイトルを見て、心が少しざわついたけれど、ここは我慢だ。愛たちや番組に責任はない、これは私の気持ちの問題、と自分に言い聞かせる。
密かに深呼吸して、愛たちに近付いた。
「あ、凛おねえちゃんだ」
私が話かける前に、愛が反応した。
「愛たちね、こんどおゆうぎやるの。妖精さんなんだよ! きらり~ん」
愛は椅子から立ち上がり、新聞紙とキラキラした折り紙製の、星付きステッキを一振りする。
そのステッキはさっきまでお尻に敷いてしまっていたらしく、先が少し曲がっていた。
「さっきまで、ママといっしょにとっくんしてたの」
「そうなんだ、可愛いね」
私は愛に目線を合わせるため、少し屈んだ。
「愛、さっきはごめんね。愛は何も悪くないのに、嫌な態度取っちゃって。少しイライラしていたの」
私が言うと、愛はきょとんとした表情で首をかしげた。
妙なところで頑固な一方、気移りしやすい面もある愛のことだ。
もしかしたら、さっきのことなんてすっかり忘れていたのかもしれない。
でもすぐに笑顔になって、
「うん、いいよー。あやまれるこはえらいこ」
と言いながら、私の頭をよしよしと撫でてきた。
予想外の反応に驚く。
まさか5歳の妹にあやされるとは思わなかった。
多分愛自身は意味をよく分かっておらず、ママやあいつの真似をしているだけなんだろうけれど。
私は一瞬固まったものの、だんだんと愛の素直さと心の広さに和んできた。
「えらいえらいねー」と繰り返す愛に頭を撫でられながら、華弥たちを見る。
優結が「かやちゃん、りこもん」と言いながら、華弥にテレビのリモコンを差し出し、チャンネルを替えるよう催促していた。
ちょうど『おとうさんとずっといっしょ』が終わったらしい。
大人しくリモコンを受け取った華弥が、適当にチャンネルを替える。
優結もチャンネルを替えるくらいはもう出来るのだが、前に調子に乗ってボタンをあちこち押した結果、間違えて録画予約を消してしまったことがある。
消えたのは翔子姉さんとあいつがいつも見ているロボットアニメで、翔子姉さんはとても残念がっていた。
……あいつはいつものように、「俺が優結の前に、リモコンを置きっぱなしにしていたのが悪かったよ」なんて言って、へらへらしていただけだったけれど。
ともかく、そんなことがあってから、優結は自分ではリモコンを操作せず、チャンネルを替えたいときは誰かにリモコンを渡しに行くようになった。
優結なりに失敗を反省した結果の、健気な姿にも見えるけれど、どうやら『誰かにリモコンを渡す』ことが、優結の中でブームになっているだけのようだ。私も食事中にも関わらず、「りこもん、りこもん」と言う優結に、リモコンをほっぺたに押し付けられたことがある。
気が緩んできた私は、ふと思いついて、愛に尋ねた。
「あいつ……じゃなくて、パパのこと、好き?」
巴や姉さんたちにしたインタビューの続きのつもりだ。
そろそろ私を撫でるのにも飽きてきていたらしい愛は、当然のように、「好き!」と即答した。
さらに、
「すき!」「すき!」「「「だいすき!!!」」」
と優結、一拍遅れて華弥も私に駆け寄ってきて、3人で「すきすき~」と連呼し始めた。
やっぱりこの子たちは、無邪気で素直だ。
「じゃあ、ママとパパなら、どっちが好き?」
調子に乗った私は、つい意地悪な質問をしてしまった。
愛と優結は「う~~~」と頭を抱え、首をかしげ、体をひねり、真剣に考え込み始める。
私はすぐに申し訳なくなって、謝ろうとしたけれど、そのとき華弥が静かに口を開いた。
「……家族ならおかあさん。おとこのひとならおとうさんがすき」
詩を詠むように優美な細い声で、しかしはっきりと言い切る。
思わず絶句する私。
「あ、そうだ! ママはおんなのひとで、パパはおとこのひとだから、ちがうんだ!」
愛は難問が解けたように、ぱあっと笑顔になり、優結と顔を見合わせる。
「あー、そっかー、そっかー」
優結もしきりにうなずきながら、ぱちぱちと手を叩く。
この2人は絶対に意味をよく分かっていないと思うけれど……、華弥は、どういうつもりで言ったんだろう。
可憐に微笑み妹2人を見守る、平安時代のお姫さまみたいな華弥を見ても、何も読み取れなかった。
「あ、じゃあ凛おねえちゃんは? パパとママ、すき?」
「えっ」
愛からの思わぬ反撃にたじろぐ。
「ええと……」
どう切り抜けるか悩んでいると、テレビから流行のアイドルソングが流れてきた。
妹3人の興味は、すぐにそちらへ移る。何とか助かった。
「美貴ちゃんのやつ!」
愛が画面を指さして叫ぶ。
そこに映っているのは、アイドル好きの美貴がよく真似をしているグループだった。
そう言う愛も最近はアイドルにはまっていて、テレビでライブシーンなどが流れると、よく踊り出している。
「りゃりゃりゃりゃりゃ~~~」
まだ歌詞をあまり理解できない愛が、舌足らずな鼻歌風味に歌いつつ、くるくると回り出す。
優結もつられて、ぱちぱち手を叩く。この子は、何かあるとすぐに手を叩いている。
華弥も控えめながら、体を揺らし、乗っているようだ。
そんな3人の様子はとても可愛いけれど、付き合っていたらキリがない。愛も元気そうで、私が八つ当たりをしたことなんか、もう気にしていない様子だ。
また何か痛いところを突かれないうちに、私は部屋へ戻ることにした。
「……楽しそうで何よりだわ。ごゆっくり」
しかし、私が2階への階段に向かおうとした瞬間、
「凛おねえちゃんも、いっしょにおどろ」
と、愛が言い出した。
画面の中のアイドルグループは、丁度2曲目を歌い出そうとしている。
さらに『片想い中のあなたへ! 恋愛応援ソングの決定版!』なんてテロップが、画面に流れ出した。
「な、なんでよ。私はもう部屋に戻るわ」
冗談じゃない。
別に嫌いなグループではないけれど、どうして私がアイドルの、しかも恋愛応援ソングなんて曲で、踊らなければならないのか。
「あやまるときは、おわびをしないと、めーなのよ」
改めて去ろうとした私は、愛に弱みを突かれた。
全くこの子は、余計なことばかり覚えてくる……。
優結は寂しそうな目で私を見ながら、言った。
「りんちゃん、おどらないの?」
華弥は無言だったが、小鹿のような、訴えかけるような目で私を見つめてくるので、放っておけない気持ちにさせられた。
「でも、ほら、私スカートだし。踊りにくいわ」
「愛もスカート!」
「ゆいも!」
「華弥もですよ?」
私は虚しい抵抗をしてみたけれど、案の定、3人の息の合った連携に潰されてしまった。
「みんなおそろいだね! ほんものみたい!」
愛は画面を指さし、大はしゃぎだ。
実際には、画面の中の本物のアイドルたちと、私たちの服装の共通点は、ミニスカートということくらいしかない。でも、愛にはそれで十分なようだ。
「わ、分かったわ。じゃあ、1曲だけ。1曲だけ付き合ったら、すぐに帰るわよ」
覚悟を決めて、私は踊りに付き合うことにした。
踊りといっても、画面のアイドルの振り付けを、見よう見まねで追いかけるくらいしかできないけれど。
……すごく、恥ずかしい。
近くに園児組の3人以外がいなくて本当によかった。
特にこんなところを、あいつに見られたりなんかしたら、もう立ち直れない。
「凛おねえちゃん、かっこいいー!」
「かっきー!」
「すごいです」
私が踊り始めた途端、愛、優結、華弥たちから歓声が上がる。
……正直、悪い気はしない。
そして3人も、私に負けじと踊り始めた。
……結局、計5曲分付き合わされた。
というか、番組が終わるまで踊り続けていた。
結構動きが激しかったので、汗をかいてしまった。
私を含め、みんな髪が額に張り付き、服も少し乱れている。
アイドルはこれを歌いながら、しかも完璧に踊れるんだ。
適当に真似をしていただけの私たちでも、この有様なのに。
画面の向こうで手を振る彼女たちを、私は少し見直した。
「じゃあ……、ハァ……、これで本当に、最後ね。
あなたたちも……、フゥ、ちょっと休んだら……?」
完全に息が上がった声で、私は言った。
ついでに、乱れたスカートの裾を直す。
「うん、凛おねえちゃん、ありがとう!」
「またおどろうね」
「たのしかったです」
ようやく解放された私は、愛、優結、華弥に見送られ、洗面所に向かった。
顔を洗って、恥ずかしさと運動で火照った体を冷ましたかった。
一部修正しました。(2015.3.1)




