インタビュー・ウィズ・シスターズ2
理沙姉さんの部屋を後にした私は、次に翔子姉さんの部屋へ向かうことにした。
昨夜、私の黒歴史をさらっと暴露したことへの抗議もしたいところだ。
スポーツやゲーム、漫画が好きな翔子姉さんは、パパと趣味が合う。美貴や幼稚園のチビたちのような甘え方はしないけれど、ある意味パパと一番距離が近いように見える。
女ばかりに囲まれているパパにとっても、男の子っぽい翔子姉さんは家族で一番気安い相手なのかもしれない。普段は口に出さないけれど、パパも娘ばかりじゃなく息子も欲しいと思ってるようだし。
翔子姉さんの部屋のドアをノックして名乗ると、「あいよー」という呑気な声が帰ってきた。
よく動き回っている姉さんのことだから、もしかしたら出かけているかもしれないと思っていたけれど、部屋にいるようだ。
翔子姉さんはベッドにうつ伏せに寝そべって、携帯ゲーム機で遊んでいた。服装はキャミソールとホットパンツ。いかにもリラックスしているというスタイルだ。最近は回数が減ったけど、昔からよく男の子と外で遊んで泥だらけになっている翔子姉さんは、男の子っぽい印象が強いと思っていた。けれどもこうした無防備な格好をしていると、何だか色っぽくも見える。こんな体であいつと一緒にお風呂に入っているのは少しまずいんじゃないかという気がした。
翔子姉さんの部屋は相変わらず散らかっている。バットやグローブ、サッカーボールに、漫画や雑誌、ゲームにCD、プラモデル等々が部屋中に散乱している。理沙姉さんの部屋とほぼ同じ間取りなのに、印象は全然違う。散乱している物の中には姉妹や友達からの借り物も多いらしいけれど、失くしたりしないのだろうか。
私は床を埋め尽くす雑誌や服をかわしながら何とかして椅子に辿り着き、更に椅子の上の雑誌を床に逃がし、ようやく座ることが出来た。しかし、その椅子にも数着の服が引っかけてある。
部屋を片づけるよう、ママに何度も注意されているのにこの有様なのだから、姉さんもなかなか意志が強いのかもしれない。
私は、机の上で戦争をしているバンダムのプラモデルたちを眺めながら、口を開いた。
「今日は出かけないんだ」
「トモたちと遊びに行くはずだったんだけど、ドタキャンされてね」
翔子姉さんは応えながら、ゲームを中断して私のほうに向き直った。
「まあ、とーちゃんと協力プレイするためにレベル上げもしなきゃいけなかったし、丁度よかったよ」
翔子姉さんとあいつは、今同じゲームで遊んでるんだ……。そう思うと、ちょっとうらやましくなった。
「で、凛はどうしたの?」
「……翔子姉さんがあいつのことをどう思ってるのか、聞きたくて。昨日、美貴が学校で泣いたって話を聞いてから、気になったの。9歳にもなって、父親と本気で結婚したいと思ってたなんて驚いたわ。でも、下の妹たちもみんなファザコン気味だし、またああいう騒動がありそうだと思って。それで、みんなが小さい頃、あいつをどう思ってたのか聞いて回ってるの」
2度目だからか、それともこの部屋に充満する、だらけきった空気のためか、理沙姉さんの時よりも緊張せずに切り出せた。
「なるほどねー。ファザコンなのは凛も一緒だし、気になるのは分かるよー」
しかし案の定、翔子姉さんは憎たらしい表情で冷やかしてくる。こういう時の翔子姉さん相手に引き下がれば、形勢はますます悪化するのだ。
「……昨日、翔子姉さんが余計な話をしてくれたおかげで、美貴にさんざん問い詰められたのよ。一緒にお風呂まで入って、あの時の話を聞かせてって離れなかったんだから。いくら家族の間でも、守秘気味はあるのよ。話していいことといけないことがあるわ。今度余計なことを言ったら……、そうね、私はこの子を解体してあげようかしら」
一息に言いつつ、傍らで射撃体勢を取るプラモの首に指をかけた。
「わかった、わかったよぉ~。もう言わないから、ガムスナイパーちゃんは助けてやっておくれ~」
さっきまでの余裕も振り捨てて、私の脚にすがりついて懇願する翔子姉さん。ここまで脅しておけば、ひとまずは大丈夫だろう。
私はプラモから手を放して微笑んだ。
「なんて、冗談よ(半分本気だったけど)」
「だ、だよね~(目が本気だったけど……)」
「それで、姉さんの小さい頃はどうだったの? あいつと、その……、結婚したいとか、思ってたの?」
「そうだなー。とーちゃんはボクにとってはアイボーって感じだからなー。
幼稚園くらいの時は、理沙ねえとか凛と一緒に、とーちゃんと結婚するーとは言ってたかな。それは凛も覚えてるでしょ?
……分かった、もう掘り返さないからアンテナ弄らないで。そこ折れやすいんだよ~。
まあ、小学校上がる頃になって、理沙ねえがそういうこと言わなくなってからは、ボクも言わなくなったかな。とーちゃんと結婚できないってことも分かってきたしね。理沙ねえや凛と違ってそこまで本気じゃなかったから、ショックも少なかったよ」
「誰が、何に本気なのかしら?」
プラモを開脚させつつ尋ねる。翔子姉さんはさりげなく聞き捨てならないことを言うので油断できない。
「凛ー! 後生だよ、その子に罪はないんだー!
……いや、だって、理沙ねえも、凛も、とーちゃんと結婚できないって分かった時、なんか辛そうだったからさ。これは別に冗談じゃなくって、ボクにはそう見えたんだよ」
翔子姉さんはいい加減なようで、意外に鋭いのかもしれない。やっぱり油断ならない人だ。
「分かったわ。その件は水に流します。それで、姉さんの今の気持ちはどうなの?」
「うん、とーちゃんのことはやっぱり好きだよ。運命の赤い糸で結ばれたアイボーだしね。
ボクが将来誰かのお嫁さんになるっていうのも想像ができないから、とーちゃんとも、かーちゃんとも、ずっと一緒にいることになると思うよ。
だから、別に深く考えてないかな。離れたくても離れられないのが家族ってものでしょ?
……あれ、こんな話をしてたんだっけ?」
翔子姉さんがそんな風に考えていたとは知らなかった。今日初めて、翔子姉さんが何となく思い描いている将来の話を聞けた気がする。やっぱり、ずっと一緒に暮らしていても、はっきり尋ねてみないと気付かないことは多いものだ。
「ありがとう。姉さんの気持ちが少し分かったわ」
どこかで話が脱線したかと首を傾げている翔子姉さんに礼を言い、席を立つ。
「また、何かあれば相談するわね。それまでこの子は預けておくわ」
弄っているうちに少し愛着の湧いてきたプラモを軽く突き、再び障害物を乗り越えて出口に向かった。
そしてドアノブに手をかけたその時、ふわっと暖かい感触が、後ろから私を抱きしめた。
「凛~、人にばっかり訊くのはずるいよ~」
耳元に息を吹きかけられたうえに、痛いところを突かれ、私は顔が赤くなった。
「今度、凛の話も聞かせてね。何でも聞くからさ」
少し体が離れた気配のする背後に、顔だけを向けて振り返ると、いつものいたずらっぽい笑みを浮かべた翔子姉さんが立っていた。
「だ、大丈夫、もう人には言わないからさ~」
姉さんは、私を視線をどう受け取ったのか、慌てて人差し指を口に当てる。
「うん、ありがと」
私は一言だけ返し、次の部屋に向かった。
プラモの名前を修正しました。(2015.2.6)