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インタビュー・ウィズ・シスターズ

 姉妹(みんな)パパ(あいつ)への気持ちについて尋ねてみよう。そう思って部屋を出たものの、誰にどう()くかはは全然考えていなかった。

 美貴はもう訊かなくてもいいだろう。美貴のファザコンぶりは改めて確認するまでもなく、よく分っているし、昨夜も話をしている。何より、またからかわれたらたまらない。

 一度話を始めると大騒ぎになりそうな華弥から下の園児組や、ちょっとクセのある翔子姉さんや巴の顔を思い浮かべた後、まずは理沙姉さんを訪ねることに決めた。


 理沙姉さんなら変にからかうようなこともしないだろうし、一番落ち着いて話ができそうだ。

 姉妹の一番上なのに控えめで、全然偉そうなところがない理沙姉さん。一見すると頼りないようにも思えるけれど、優しくて頭がいい姉さんのことを、私は密かに尊敬してたりする。

 理沙姉さんはその性格のためか、長女として妹たちへ遠慮しているためか、パパ(あいつ)やママに甘えている姿ははほとんど見せない。一方、家事の手伝いは姉妹の中で一番よくやっていて、ママの代わりにパパ(あいつ)に食事をよそったり、着替えを用意することも時々している。

家族旅行の準備をする時や、クリスマスとかお正月のような行事の時もよく動いていて、まるでママが二人いるように思えることもある。私はその働きぶりの理由を、長女としての責任感だけじゃないように感じている。

 家族の様子を観察することが習慣になってしまっている私の見立てでは、パパ(あいつ)の近くにいる時間は姉妹の中でも結構長いはずだ。

 美貴のように言葉にすることはなくても、その気持ちはかなり“本気”なように思える。

 そういえば、理沙姉さんもパパと結婚できないと知ったとき、泣いたって聞いたな。

 そんなことを考えているうちに、理沙姉さんの部屋まで来てしまった。

 軽く息を吸って、ノックをすると、理沙姉さんの「どうぞ」と言う声が聞こえた。

「あの、凛です。入ります」

 もう後には引けない。私は扉を開けて部屋へ入った。


 理沙姉さんは勉強中だったようだ。部屋の奥の勉強机に座って、ノートや教科書を広げている。

 土曜日のお昼から勉強なんて、本当に真面目だ。私も不真面目なほうではないと思うけれど、姉さんのこんな姿を見ると少し気後れしてしまう。

「ごめん、勉強の邪魔しちゃった?」

「ううん、そろそろ休憩しようと思ってたところ」

 理沙姉さんはいつものように優しく微笑み、スタンドの電気を消して、回転椅子ごとこちらに向き直った。理沙姉さんの柔らかな雰囲気は、こちらの気後れなんか簡単に溶かしてくれる。

 勝手知ったる姉の部屋。ここから先は遠慮せずに、いつものようにベッドに腰を下ろす。


 理沙姉さんは、「みんなはどうしてる?」と尋ねつつ、眼鏡を外し拭き始めた。そんな仕草も優雅に見える。理沙姉さんはあまり派手な格好はしないし、外見も性格も大人しいけれど、実はなかなかスタイルがいい。抱きつくとふかふかしていて気持ちがいいので、チビたちによくまとわりつかれている。

「華弥と優結は部屋でお絵かき、愛はテレビを見てたよ。他は多分部屋じゃないかな」

 答えながら部屋を眺める。落ち着いた女の子らしい部屋だ。散らかり放題の翔子の部屋や、散らかっているどころではない巴の部屋、ピンク色満載で派手派手しい美貴の部屋、殺風景な私の部屋とも全然雰囲気が違う。本棚は姉妹の個室の中では一番大きく、何となく大人っぽさも感じる。でもその本棚に並んでいるものをよく見ると、辞書や問題集、難しそうな小説等が並ぶ一方、少女漫画の割合も多く、さらには巴から借りてきたらしい胡散臭い本も混ざっていて案外カオスだ。

 

 さて、理沙姉さんのあいつに対する気持ちを、どうやって聞き出そう。美貴をだしに使うようで悪いけど、昨日の騒ぎに絡めて話題を振ってみようか。

「理沙姉さんは、あいつ……、パパのことをどう思ってるの?」

 ……つい口が滑った。前置きもなく直球で尋ねてしまった。変に思われたかな……?

「え、どどどどういうこと? 」

「え? いや、昨日の夜に」

「き、昨日の夜の見てたの……?」

 理沙姉さんは、私が動揺する以上に激しく取り乱した。拭き終わり、かけようとしていた眼鏡も盛大にずれて、右耳にぶら下がっている。

「あ、あれ、眼鏡どこに行ったの?」

「姉さん落ち着いて。そこに引っ掛かってる」

 コントみたいにきょろきょろしている姿を見かねて、姉さんの右耳を指さす。

 慌てる理沙姉さんも可愛いけれど、とりあえず、一番落ち着いて話ができそう、と思ったことは撤回する。

 しかし姉さんがこんなに慌てるなんて、昨日何があったんだろう。

「あ、本当だ。ありがとう」

「昨日の夜って、何かあったの?」

「あ、ううん、何でもないの。本当に何にも、何にもなかったの。私は、何かあってもよかったんだけど……」

 何だか引っかかるけれど、今は追求するのはやめておこう。私自身が昨日美貴から散々問い詰められて苦しんだのに、ここで姉さんを同じように苛めるのはよくない。何より、これ以上(つつ)くと、せっかくかけ直した眼鏡がまたずり落ち、話が進まなくなりそうだ。

 

 ともあれ、姉さんが予想以上に取り乱したことで、逆に私は落ち着くことができた。

「あのね、姉さん。昨日、美貴が騒いでたじゃない? あいつ……パパと結婚したいって。昨日は一旦落ち着いたけれど、うちにはまだ小さい子たちもいるし、これからも似たようなことがあるかもしれないでしょ。そういう時にどう対応したらいいかの参考にならないかなって。姉さんが小さい頃は、パパのことどう思ってたのか、聞けたらと思って」

 よし、なかなか自然に訊けたと思う。

「それはもちろん、大好きよ。だって家族だし、世界でたった一人のお父さんだもの」

 意外にも堂々と言い切った。頬を少し赤らめながらも、それほど照れてるようにも見えない。きっと理沙姉さんにとっては、パパ(あいつ)が好きという気持ちは、隠すものでも恥ずかしがるものでもないんだ。何だか目もきらきらしているように見える。

「じゃあ、結婚したいとかは?」

「わひゃ! そ、そんなことは思ってない! わ、私はその、いつもお父さんにお世話になってるから、少しでもお手伝いがしたいだけで。別に、お父さんと一緒にお料理作る時とか、お父さんのお世話をしてる時に、新婚さんみたい~なんて、思ったりは……。あ、また眼鏡が」

 姉さんが顔の前で手を振ると、指が眼鏡に当たり、また眼鏡がずれた。今度は額のあたりまで上がり、前髪に引っ掛かっている。

「姉さん」

「あ、ありがと」

 そっと姉さんの額を指さすと、改めて眼鏡をかけ直した。

 何だが姉さん、自分の世界に入ってどんどん墓穴を掘ってるな。


「あの、これは小さい時にどうだったかって話なんだけど」

「あ、そ、そう。そうだったの。……そうね、小学校に上がる頃までは、私もお父さんと結婚するって言ってたわよ。できないって知ったときは、やっぱり泣いた。でも、それがルールなら仕方ないって、諦めたの。みんなに迷惑はかけられないし」

「本当に、諦められたの?」

「だって、どうにもならないことだもの。もし、何か方法があるなら、どんなことだって頑張ったかもしれないけど……」

 そういう姉さんの表情は、恋する乙女そのものに見えた。

「つまり、結婚は諦めたけど、まだパパのことは好きってこと?」

「す、好きだけど、それは家族としてで、深い意味じゃないの!」

 力強く言うけれど、全然説得力がないよ姉さん。

「……本当に、結婚だとかは、どうでもいいの。私は今の暮らしが幸せ。お父さんやお母さんのお手伝いをして、少しでも役に立てるのが嬉しいの。お手伝いをした時、お父さんはよく、頭を撫でてくれるんだよ。大きな手で撫でられたら、すごく安心するの。それだけでもう、最高に幸せ。だから一生、お(そば)でお役に立てたらいいなって思ってる」

 理沙姉さんは本心から、今のままで満足しているみたいだ。でも、ほんのちょっとだけ、寂しそうにも見えた。

 だから、つい言ってしまった。

「何だか、本当のお嫁さんみたいね」

「もう、そんなつもりじゃないです! あ、眼鏡眼鏡」

 思わず身を乗り出した理沙姉さんは、その拍子にまたずれた眼鏡を慌ててかけ直す。


 話ができたおかげで、理沙姉さんの気持ちは少し分かった気がする。

 理沙姉さんにとって、パパ(あいつ)を好きってことは恥ずかしいことじゃないけれど、どんな風に好きかを知られるのは恥ずかしいことみたいだ。それはきっと、“好き”に、家族として以外の意味が含まれているからだと思う。

 どれだけ好きでも、今以上の関係にはなれない。そのことを分かったうえで、今のままで充分だと思っているんだ。

「姉さん、お話しできてよかった。ありがとう」

「私も、凛ちゃんとこんな話するのは珍しいから、楽しかった。凛ちゃんも、お父さんのこと気になるんだね。だったらもっと甘えたらいいのに」

「あ、いや、そういうわけじゃ……」

「そうだ、凛ちゃんも何かお手伝いしたら。肩たたきとかしてあげれば、お父さんすごく喜ぶよ」

 「それはちょっと……」

 変な流れになる前に退散しよう。

 「本当にありがとう。じゃあ、そろそろ行くね」


 次は、誰の部屋に行こうかな。

 脱字を一箇所修正しました。(2015.2.11)

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