DAUGHTERS CONFLICT(ドーターズ コンフリクト)
公開を父の日に合わせてみました。
内容に直接の関係はないです。
今回は、パパ視点→凛視点→パパ視点で進みます。
美貴が学校で泣いちゃった日から一夜が明けた。
今日は土曜日で学校も仕事もお休みだ。
一家全員が家にそろう平和で穏やかな一日。娘たちは思い思いに休日を過ごしている。
俺もパパとして何かすることはないかなと思って部屋を出ると、リビングのほうから愛の声が聞こえてきた。
「凛おねえちゃん、パパどこ~」
「さあ、あいつなら自分の部屋にいるんじゃない?」
応じているのは凛のようだ。
「あいつじゃなくて、パパよ。パパはパパって呼ばないと、めーなのよ。ただしい言葉をつかうのよ」
「“あいつ”が駄目なら“あの人”、でいいかしら」
「う~~~」
なんだか雲行きが怪しいな。このままだと愛が泣いちゃうかもしれないと思い、二人の元へ駆けつけた。
「愛、パパはここだよ」
「あ、パパだ~」
愛は、俺の姿を見た途端、笑顔で抱きついてきた。こんなに可愛い娘に抱きつかれるなんて、なんて幸せなことだろう。
ソファーに座っている凛は、俺にちらと目を向けたが、すぐに読みかけの雑誌へ視線を戻した。
「パパ、あのね、凛おねえちゃんがね」
愛が不機嫌そうな顔で訴えてくる。愛は表情の変化が豊かで分かりやすく、またそんなところが最高に可愛い。
「パパのこと、“あいつ”っていうの。パパはパパなのに、ちゃんと言わないんだよ」
愛にとって、パパの呼び方は結構重要なことらしい。
俺は娘からどう呼ばれてもあまり気にならない……というか、これからどんどん反抗期に入っていくであろう娘たちに、うるさく言ってもきりがないと思っている。
とはいえ、愛を嫌な気持ちにさせる凛の態度は感心しないな。
「愛、ありがとう。パパはどう呼ばれたって平気だよ。
でも凛、愛を悲しませたら駄目だろ。パパのことはどう言ってもいいけど、妹とは仲良くしなさい」
注意をすると、凛は雑誌を閉じて立ち上がった。
「わかりました、お・と・う・さ・ま」
顔は俺のほうに向けつつも、視線は少し外して、わざとらしく言う。そうして刺々しい雰囲気のまま、2階の自室へと向かって行った。
「凛おねえちゃん、変ー」
さっきまで不機嫌だった愛だが、今はむしろ姉を心配しているような表情で見送っている。
……確かに、凛はちょっと様子がおかしいかもしれない。俺にならともかく、妹に当たるようなことはめったにしないのに。
でもツンとした感じもそれはそれで可愛いと思ってしまうのは俺が親バカだからだろうか。
「愛、大丈夫だよ。凛お姉ちゃんは、別に愛に怒ってるわけじゃないんだ。怒ってるとしたら多分パパにだよ」
「なんでかなー。凛おねえちゃんもパパのこと好きなのに」
「ははは。そうだね、何でだろうね。きっと色々あるんだよ。
……そういえば、さっきは何でパパを探してたの?」
すっかり忘れていた。
「あ」
愛も忘れていたようだ。
「パパ、あのね、さっきね、テレビのしーえむで、パパが好きなロボットのバンダムがでてたから、おしえてあげようとおもったの。でも……」
リビングに置いているテレビを振り返る。
「もう、おわっちゃった」
まあ、CMは短いから、呼んでいる間に終わってしまうものだろう。それにいくら俺がバンダムが好きでも、いちいちCMまでチェックしているわけではない。
でも。俺を喜ばせようと呼びにまで来てくれた、愛の優しさがたまらなく愛おしい。
気持ちがこみ上げてきて、屈んで愛を抱きしめた。
「教えてくれてありがとう、愛。その気持ち、パパはとっても嬉しいよ」
愛の柔らかな頬に頬ずりする。
「パパ、もっともっと~」
愛も俺に抱きついて、というか首にしがみついて頬ずりを返してくる。小さい子ならではの高い体温も伝わってきて、何とも幸せな気分。
しかし、調子に乗っていると、愛が「パパ、おひげ痛い~」と言い出した。
……そうだ。今日は休みだからと油断して、まだ髭を剃っていないんだった。
愛はきゃっきゃと笑っているので、本気で嫌がっているわけではなさそうだが、子どもの肌はデリケートだ。
伸びかけの髭で肌を傷付けてはいけないと思い、俺は洗面所へ髭剃りに向かった。
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自室へ戻った凛は、明かりも付けないままベッドへ倒れ込んだ。顔に当てた右手の隙間から、ぼんやりと天井を眺める。
また、あいつにひどい態度を取ってしまった。
でもこれでいい。こうしてあいつから嫌われていけばいいんだ。
あいつもいつか、私のことなんて相手にしなくなるだろう。
だけど、全然関係のない愛にまで当たってしまったのは失態だった。自分の大人気のなさに呆れてしまう。これはあいつの言うとおり、私が悪い。
後で愛にはちゃんと謝ろう。何だか、私はいつも後悔ばかりしている気がする。
それにしても、あいつは何でいつも、気にせず私に話しかけてくるんだろう。
ひどいことしか言わない私なのに。
育っててもらっていることに、何のお礼も返さず、間違った気持ちまで持ってしまっている私なのに。
私は、姉さんたちや妹たちのように、あいつに接することはできない。
みんなのように、あいつと自然に話したり、……甘えたりすれば、いつかきっと、今よりもっとあいつに迷惑をかけることになる。傷付けることになる。
だからこちらから、あいつに話しかけることはほとんどない。接する時間が長く、深くなると、それだけリスクは高まる。あいつから話しかけてくれば応えはするけれど、そのたびに心がざわついて、怖くてたまらなくなる。
怖さをごまかすために、いつもきつい言葉で逃げてしまう。
そしてそのたびに、自分の弱さを実感して、自分のことが嫌になる。
あいつをあいつと呼ぶのも、怖いからだ。
もし、お父さんとか、パパだなんて呼んでしまうと、私はきっと気持ちを堪えきれない。
だけどそれも、あと数年の我慢だ。
中学を出たら出来るだけ遠くの高校へ行って、独り暮らしをしよう。
これ以上家に迷惑はかけたくないから、お金は自分で用意しないといけない。バイトでも何でもして頑張ろう。
離れて暮らせば、きっとあいつのことも忘れられる。
そしてかっこいい彼氏を作るんだ。
結婚して、子どもができたら、ここに戻って来よう。それくらいになれば、あいつとも、自然に話せるようになっているはずだ。
みんなに話すと笑われそうなくらい、ずっと先のことに思える話。でもこれは、真剣に何度も何度も考えた、一番幸せな未来なのだ。
でも何故だか、その幸せな未来を想像するたびに、胸が痛くなってしまう。
ベッドから起き上がると、いつの間にか目尻に滲み始めていた涙を拭い、机の方を見た。
机の上には、いくつもの写真立てを飾っているが、収められているのはママや姉妹の写真ばかりで、あいつのはない。
中にはみんなと一緒にあいつが映っている写真もあるだが、折り曲げたりして隠している。
そんな写真を見たら、あいつは悲しむだろうかと思い、また胸がちくりと痛む。
でもこれは仕方がないことなのだ。
だって。
机に向かうたびにあいつの顔なんかが見えたら、勉強だって手に付かなくなってしまうもの。
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洗面所で髭を剃りながら、凛のことを考える。
凛はまだ10歳だが、もう反抗期というものが来ているのだろか。少し時期が早い気もするが、凛は頭がいいし早熟なのかもしれない。理沙や翔子にはまだまだ反抗期らしいところはないので、個人差もあるのだろう。
娘に反抗されるのは確かに寂しいところもあるが、今のところ噂に聞いていたほどは辛くはない。
凛は怒り方も可愛いので、これなら反抗期も乗り越えられるんじゃないかと、楽観的な気持ちにもなってしまう。
よく職場の先輩などからは、女の子は大きくなると生意気になって可愛くなくなるって言われてたけど、全然そんなことない。生意気なら生意気なりの可愛さがあるのだ。
だけど反抗期の本当の大変さはこれから来るのかもしれない。中学生になったあたりからが本番だと聞くし。
まあそれはそれとして。凛も理由なく反抗してるわけではないだろう。もしパパに不満があるなら、それは解消してあげたい。
どう接したってパパを嫌いになるのが、年頃の娘という生き物なのかもしれないけれど。
しかし凛もほんの少し前まではパパにべったりだったなあ。
髭剃り機をしまって顔を洗いつつ思い出に浸っていると、ふと思い出したものがあり、自分の部屋へと向かった。
自室のタンスの引き出しを開けると、探し物はすぐに見つかった。封筒に入れて大事にしまっていたそれは、幼稚園の頃の凛が描いてプレゼントしてくれた絵だ。
画用紙いっぱいに描かれているのは、結婚式の様子。
中央には、チャペルを背にし、純白のウェディングドレスに身を包んだ凛。その右手は、黒いタキシード姿の俺の左手とつながれてる。
凛と俺の結婚式のようだが、凛の左手は淡いピンクのドレスを着たママとつながっていて、何ともアンバランスだ。
さらにその周りには、理沙、翔子、美貴、巴、華弥に、まだ赤ん坊の愛までがウェディングドレス姿で勢揃いして、3人を取り囲んでいる。
当時まだ産まれていなかった優結は、もちろん描かれていない。しかし、飼ったこともない白い子犬が愛にじゃついていて、まるで家族がもう1人増えることを予期していたようにも感じられる。
幼稚園児らしい、拙くて支離滅裂な絵だけど、家族みんなの特徴をよく捉えていて、一目で誰が誰だか分かるようになっている。
それになにより、みんな笑顔でとっても幸せそうで、見ているこっちまで幸せになる、魔法みたいな絵だ。
あまりに素晴らしい絵なので、しばらくの間は額に入れてこの部屋に飾っていた。しかしいつ頃だったか、凛が外してほしいと言い出したので、今はこうしてタンスにしまっている。
あの凛にも、こんな絵を描く無邪気な時期があったんだ。
今の凛も可愛いけど、この頃の無邪気な凛もまた可愛かったなあ。
でも、こんな凛が、俺に反発するようになったのはいつ頃からだったっけ?