問い詰めバスタイム
「世界でいちばん娘が好き!」の続篇ですが、前作を読んでいなくても大丈夫です。
《家族紹介》
パパ……あなた。妻と8人の娘を溺愛している。サラリーマン。
長女・理沙……12歳の小学6年生。眼鏡をかけていて、妻・沙織の若い頃に似ている。やや内気だが、よく気が付く優しい子。
次女・翔子……11歳の小学5年生。スポーツやテレビゲームが好き。ショートカット。妹をからかうのが好き。
三女・凛……10歳の小学4年生。最近ちょっとパパに冷たい?
四女・美貴……9歳の小学3年生。小悪魔系。パパと結婚するのが夢だったが、現実を知ってショックを受ける。
五女・巴……7歳の小学1年生。眼鏡をかけている。ネットや読書が好きで、マニアックな知識を持つ。パパと結婚できないことは以前から知っていた様子。将来の夢は、大学へ行って勉強し、パパと結婚する方法を見つけること。
六女・華弥……幼稚園の年長組。下り気味の眉がチャームポイント。おとなしい性格で、妹たちによくいじられている。
七女・愛……幼稚園の年中組。元気いっぱい。よく華弥で遊んでいる。
八女・優結……幼稚園の年少組。マイペースな大物。愛と一緒によく華弥で遊んでいる。
妻・沙織……眼鏡美人。優しくおっとりした性格で、夫を支え、娘たちを見守っている。
「美貴ったら。3年にもなって、パパと結婚したいだなんて。私だって、1年の時にはもう、そんなの無理だって分かってたのに……」
凛は、2階にある自室で、アルバムを眺めながら一人呟いた。
長い黒髪を無意識に弄りつつ、先ほどの夕食時の会話に思いを馳せる。妹の美貴が、今日の授業中、将来の夢はパパのお嫁さんになることだと言ってクラスの皆に笑われ、泣いてしまったそうだ。美貴はその時初めて、親とは結婚できないと知ったらしく、落ち込んでいた。そんな美貴も、姉や妹に慰められて気を取り直し、その後は穏やかに夕食も済んだのだが。
凛は、昔の自分の姿を見せつけられたような気がして、落ち着かなかった。
今頃、美貴はまたあいつ……パパと一緒にお風呂に入っているのだろうか。親離れ出来ていないにも程がある。そろそろ恥じらいを覚えてもいい歳なのに。自分は1年生の時からもう、一人でお風呂に入っていたな……。
昔を思い出しつつアルバムをめくっていると、コンコン、とドアがノックされた。
「凛姉さん、今日は一緒にお風呂に入りましょう。……部屋、入っていい?」
言うや否や、返事も待たずにドアを開けて入ってきたのは、パジャマを持った美貴だった。
凛は大慌てでアルバムを閉じて机の引き出しにしまい、カギをかける。これだけは誰にも見られるわけにはいかない。
「何見てたの? 顔が真っ赤だけど」
「な、何でもないわよ。それより何、一緒にお風呂?」
「そうそう。いいよね?」
アルバムについては何とか流せたようで、凛は一安心する。しかし、美貴からお風呂の誘いとは珍しい。
「別にいいけど、珍しいわね。っていうか、今日はあいつと一緒じゃないんだ」
「うん。今日は泣いちゃって、顔が腫れてるから。パパには、いつだって一番キレイな私を見てほしいもの」
「あいつにそんな気を使うことないわよ。そんなの気にもしてないんじゃない?」
「気にしてるかしてないかは問題じゃなくて、好きな人の前ではいつでもキレイでいようとする姿勢が大事なのよ」
「……まあいいわ。お風呂、行きましょ」
おませな美貴の言葉に少々呆れつつも、誘いを断る理由は特にないので、凛はパジャマを取り出して美貴と共にお風呂へ向かった。
---
1階に降りると、あいつと翔子がテレビゲームで対戦している様子が見えた。あいつの表情は真剣そのもので、娘の遊び相手をしているというより、本気で勝負を挑んでいるように見える。いい年して大人気ない。男というのはいつまでも子どもなのだろうか。思いつつ、リビングを通り過ぎようとすると、美貴が横に並んで話しかけてきた。
「凛姉さん、パパと結婚できないって知って泣いた時の話、教えて」
「な、何でよ。そんなの忘れたわ」
夕食時、姉の翔子によってばらされた過去。家族の中では2人の姉と両親以外は知らなかったのに、とうとう妹たちにまで知れ渡ってしまった。気まずい思いはしたものの、この話題はうまく流せたと思っていたのに。美貴はしっかり覚えていて食いついてしまったようだ。
「本当は覚えてるくせに~。聞かせてよ、どうやって悲しみを乗り越えたの?」
「さては、これを聞きたくてお風呂に誘ったのね」
こうなった美貴はしつこい。私は覚悟を決めて、どうやって誤魔化そうかと考え始めた。
お風呂にて。美貴の問い詰めは今も続いている。
「凛姉さんが1年生の時か~。それは知らなかったな。それでそれで?」
私より一足先に湯船に入っている美貴が、八重歯をのぞかせ訊いてくる。
「それでも何も、今話したことで全部。1年生の時に、学校で友だちと話してて、好きな人いる? みたいな話題になったんだけど、その時は私も子どもだったから、パパのお嫁さんになるとか何とか言ったのよ。そしたらみんなに笑われて、恥ずかしくて泣いちゃったって、それだけ。今日のあなたと似たようなものね」
もうこれで許して。美貴も悪意で訊いているわけでなく、純粋な好奇心や、今の気持ちに整理をつけたくて訊いているのだろうけど、自分の恥ずかしい過去を語るのは辛すぎる。しかも口籠ろうものなら、「照れてる照れる~」なんて囃し立ててくるから質が悪い。美貴の可愛らしい顔が今は悪魔にすら見える。
「じゃあその後のことを詳しく教えてよ。パパへの気持ちは変わったの? あ、もしかして、姉さんがちょっとパパを避けるようになったのって、それが原因? 確かにそれくらいの頃から、凛姉さん、パパと結婚するって言わなくなった気がする」
美貴は妙に鋭いうえに、変なところばかりよく覚えている。しかしここで動揺して弱みを見せるわけにはいかない。
「そ、そそそしょしょ」
ダメだ動揺してしまった。シャンプーが思い切り口に入ってしまう。
「姉さん大丈夫?」
「大丈夫、何でもないわ。……そうよ。みんなに笑われて、それで目が覚めたの。親子で結婚なんて出来ないし、おかしいことだって気付いたわ」
それは本当だ。
「でも、頭で分かっても、気持ちの整理はつかないんじゃない?」
「まあ、1日2日で気持ちが切り替わったわけではないけれど。そのことがきっかけで私は少し大人になったのよ。家族の好きと恋愛の好きは違うんだって。傷付いて人は成長するのよ。
……というか、もともとあいつのことなんて好きでも何でもなかったし。私は騙されてたのよ。小さい頃は、理沙姉さんも翔子姉さんもあいつと結婚するって言ってて、ままごとでも、いつもあいつがダンナ役だったから。私たちは大きくなったら父親と結婚するものなんだって思い込まされてたのよ。まんまとはめられたわ。学校でみんなに笑われて、やっと現実に気付けたけど、同時にあいつに騙されてたって知って、一気に冷めたわ」
思い出すと段々腹が立ってきた。
「姉さん、それは騙してたんじゃなくて、家には小さい妹も多いから、ショックを与えないように、パパと結婚できないってことは言わないようにしてた、ってことらしいよ。ママの提案でそう決めたって、さっき理沙姉さんに聞いたもん。あ、理沙姉さんも、パパと結婚できないって知った時は泣いたんだって」
理沙姉さんにもそういうことがあったんだ……。
それはさておき。
「その取り決めの話は私も聞いたことあるけれど。騙してたことに違いはないわ。あなただって、そのせいで今日泣いたんでしょ」
髪を洗いながら、お人よしな美貴に言う。
同時に、結局、今日の一件で、小さな妹たちも現実を知ったわけだけれど……とも思う。
「まあね。でも、パパから結婚できないって言われてたら、もっと悲しかったかも。私に魅力ないのかなって、すごく落ち込んだと思うわ。ママや姉さんたちから教えられても、ショックでケンカになったと思うし……。今日知って、丁度良かったのかなって」
そう言って美貴は笑う。美貴の笑顔は本当に可愛らしい。染めていないのにやや色の薄い、柔らかな髪も、華やかさを引き立てている。美貴とは正真正銘の姉妹である私も、美貴と顔立ちは似ているはずだが、こんな風に笑うことはできない。
「ポジティブね」
美貴の立ち直りの早さに感心して言う。
「うん。だって、どんなことをしても絶対にパパと結婚するって決めたんだもん。立ち止まって悩んでいる暇はないわ。明日から巴と作戦会議よ!」
威勢よくガッツポーズを決めているが、美貴はどこまで本気なのだろう。いやきっと100%本気なのだろうが、どこまで意味を分かっているのだろう。もし仮に結婚する方法があったとして、実の親であるあいつがそれを受け入れると思っているのだろうか。受け入れたとしてその先は……。
考えかけ、どうでもいいことだと思い直してシャワーの蛇口をひねる。鏡を見ると、美貴とは全く違う、真っ黒な髪をした自分が映っていた。そういえば、今朝あいつから髪が綺麗だって言われたな。思い出すと、急に顔が熱くなった。浮かびかけた余計な考えを、シャンプーと一緒に洗い流すため、シャワーの勢いを強めた。
「色々教えてくれてありがとう。おかげで凛姉さんの気持ちもよく分かったわ」
美貴が湯船から上がり、私の耳に顔を近付けながら言う。
「凛姉さんって、パパのことになるとよく喋るよね」
「ちょっと、どういう意味!?」
シャワーが思い切り目に入ってしまった。
8姉妹の凛ちゃん篇です。
一部加筆修正しました。(2015.3.1)