二十二話 道は続く
薄く、明かりの灯ったその部屋に人影があった。
円卓。そこに五つ椅子が置かれている。
円卓と言えば騎士であろうが、彼らは別に何の事はない普通の男女だ。
制服に身を包み、しかしながら普通ではない、そんな四人。
五つの椅子に四人が座す。と、くれば五人目もまた彼らと同じ高校生。だが、普通ではない。
しかしその五人目は、
「おっそ〜いっ!! いつ来るのよ、最後の一人は!! 私、待つの嫌いなのよ!!」
まだ来ていない。
身をじたばたさせ、机をバンバンと叩いたのは少女だった。
子供に間違われそうなほどに幼い顔立ちと大きな瞳。体躯もまたしかりで、些か大きめな椅子のためか足が床にまで届いていない。
「……落ち着きましょうよ。まだ指定された時間の五分前じゃないですか」
そんな少女をたしなめたのは一人の少年だ。
着崩した様子の無い真新しい制服と、ピンと伸びた背筋、柔らかな物腰と声は、些か、弱いとも言えるが優しげな印象を感じさせる。
「うるっさいのよ年下のくせしてっ!! 私に口答えするつもり?」
「いや、そんなつもりじゃ……」
机に肘をつき、頬を支えると、こつこつと指で机を叩き始める少女。
「大体ねぇ……高校生にもなって五分前に来てないとか常識がなってないわよ!! そんなんじゃ世の中やっていけないわっ!!」
「そういう先輩は何分前から来ていらっしゃったんですか……?」
「私? ふふん、三十分前よ。当然じゃない、大人な私は誰よりも早く来てなくちゃいけないんだから」
「あぁ、それは凄いや。流石は先輩、大人に見られようと必死なんですねぇ……」
「ちょっとッ!? なんか言った!?」
「いえいえ何も。早く大人になれるといいですね先輩。よしよし」
「頭を撫でるなぁ――――ッ!!」
初対面にしてこの漫才。なかなかウマが合うらしい。
もう一人の男子生徒はその様子を静観しているだけで何も言わず、もう一人の女子生徒もまた、彼と同じように黙している。
その女子生徒――佐伯蛍は知っている。
この円卓の最後の一人が誰であるかを。
彼はここに来ないかもしれないということを。
最終戦、彼が勝ったと知った時は恐らく誰よりも驚いたに違いない。
何故ならば、相手はあの瀬戸千歳なのだから。
瀬戸千歳が裏生徒会の上層部と関わりが有ることは知っていた。
彼女が選挙管理委員会に属し、勧誘と選抜を行って来ていたということも。
蛍はその事を、敬愛する先輩である明智大和から聞いていた。
明智は昨年の裏生徒会に属した経緯を持つ。だからこそ、誰よりも裏生徒会の真実に近しい人物であるはずだ。
明智の話によれば、選挙管理委員会は独自の権限が与えられており、時には戦闘にも干渉できる力を持つという。
つまりそれは見えざる手。神の力を行使できる事に他ならない。
所詮裏生徒会もゲームである以上、管理者の存在は絶対だ。
だとするならば、その管理者である瀬戸千歳と対戦することになった彼は、きっと勝つことが出来ないと思っていた。
だが、彼は勝った。
どういう手があったのかは知らないが、彼は見事に結果を残して見せた。
無理だと言われる事を、必ずやり遂げる。自分が憧れた剣士は今も健在だという事もあり、悲しくもなった。
自分は彼の事を良くは知らない。彼も当然、自分の事は知らない。
だが、剣士としての姿なら目を瞑れば鮮明に甦る程に覚えている。
強く、誰よりも早く、鮮やか。
自分が目指す剣の集大成がここにあるとその時は思った。
強烈な憧れは、己を強くしたことも。彼に近づく事が喜びであり、いつかは並び立つ事が夢だった。
しかしそれは、あくまで夢物語に過ぎない。
憧れていた彼が起こした暴力事件。負傷は剣士の命である左手。停学。蛍が彼の通う天莉高校の推薦を勝ち取った翌日の事だ。
嘘だと思った。信じたくはなかった。
けれど真実。それを証明したのは同じ師を仰ぐ明智大和の荒れようからも察する事が出来た。
だが、蛍は崩れなかった。憧れが己を強くしたのは間違いではない。だが、これからは違う。
己の剣は、彼を越える為にある。
蛍は強くなった。
己の力を過信しない蛍には驕りというものは存在せず、故に強い。
少女が求めたのは己を更なる高みへと導く戦場。
彼女が抱くのは、鮮剣を越えること。
彼と同じ高校に入り、夢は目前にまであったというのに何かが壊れた。
そう、佐伯もまた壊れているのだ。
裏生徒会に参加する者は何処かに弱さを抱えたもの達。
弱いから何かにすがり、助けを請う。
それは蛍であろうとも、明智であろうとも変わらない。だから此処にいるのだ。
蛍は自分の身が強ばるのを感じた。
――来る。
他の者も同様らしく、先ほどまでがやがやと煩かった少年と少女もまた、口をつぐみ、扉へと意識を向けた。
ここにいる誰もが警戒の色を強める中、蛍は一人違和感を抱いていた。
――本当にこれはあの人だというのですか……?
扉の向こうから迫る気迫。殺気にも似た、刃の闘気。
触れれば断たれる。そういった剣気をこの場の全員が感じている。
少女は「へぇ」と笑い、少年は「良いですねぇ」と舌なめずりした。
男子生徒は無言を貫き、そして蛍は――見た。
扉を開いた彼の姿を。
――織田卓磨。
裏生徒会、最後の一人である。
この瞬間、此処に全てのメンバーが揃った事で、同時にPAが受信した。
全員が携帯端末へと視線を這わす。
そこには――、
生徒会長 織田卓磨
副会長 朝霧常世
書記 幃右京
会計 佐伯蛍
庶務 東堂蓮矢
手元に届いた文面を見ながら、それぞれが三者三様の反応を示した。
副会長の少女――朝霧常世は何故自分が副会長なのかと憤慨し、少年――幃右京はそれをたしなめる。
庶務である東堂蓮矢は相も変わらず無言を貫き、そしてようやく遅れてきた五人目、裏生徒会長――織田卓磨は口を開いた。
「俺達は仲間ではない。が、それでもここにいる俺達は一種の共同体であることに違いはない。馴れ合わないが、無関心でもいられない。俺達は俺達が抱く目的を叶える為にここにいる、それだけだ」
そう言って、卓磨は席を立った。
会計――佐伯蛍は思った。『鮮剣』が帰ってきましたね、と。
天莉高校裏生徒会は此処に成った。
●
例えるならそれは、あくまで好奇心の一種なのかもしれない。
好んで見ようとは思わない。しかしながら興味はある。
そんなちょっとした好奇心がきっかけだったのだ。
だが、そんな好奇心も思いもよらぬ方向に転ぶとあれば些か焦りもするのだろう。
けれどそんなことはなかった。
予想の範囲など出る筈もなく、しかしながら想像通りの結果は至福とも言える甘美さを持っていた。
自分にまさか、こんな趣味があるとは思わなかった。
愛しき者が、自分の所有物が他人に取られるということが、これ程までに屈辱的だということも。
しかしそれも、こうして終わった今となっては満足できる。
寝取られ趣味も存外悪くないかもしれないと、栃原姫路は笑った。
彼との特等席とも言えるこの屋上に一人立ちながら、月を見て呟いた。
「ああ、愛してるよ卓磨。君は私の物だ。誰にも渡さない。絶対に」
くくっと喉を鳴らし、瞳には涙を溜めながら栃原は――裏生徒会管理者天莉高校担当は、次のステージを愛しの彼に用意する。
まだ見ぬ彼の表情を求めて、彼女はまた動いた。
●
いつもの様に光凛の病室を覗いてから、俺はある場所を目指した。
今日は行った事の無い所へ行こう。そう思ったのは昨日の事だ。
――これ、貴方にあげるわ。私、本当は眼鏡掛けないのよ。
そう言って、瀬戸は俺に自分の眼鏡を差し出した。
それは千歳が掛けていたスペアの眼鏡。
俺が彼女の兄の遺品の眼鏡を改めて返してから、代わりとばかりに差し出したのだ。
要らないと言われれば貰うという、ある意味貧乏臭い所がある俺は、にべもなく頂く事にした。
それに、
――貴方がそれを持っていれば、きっと彼女も喜ぶわ。
そう言われれば受け取らないわけにもいかないだろう。
そして瀬戸はいたずらっ子のように笑って、
――そうそう。駅からちょっと行った所にある図書館に行ってみて。きっと驚くよ。
と、言われたのが昨日の事。
つまり俺は休日を利用して、早速その図書館へと向かっている最中だったのだ。
こうして思い出してみれば、瀬戸の言いたい放題になっている気がするのだが……。どうやら主人格様は俺の苦手なタイプらしい。
しかも俺がそう思っているのを知っている上で何かとちょっかい掛けてくるものだからやりにくいったらありゃしない。
この町、休日だというのに人がいない。
普通な人混みでごった返したりするのが普通なのだろうが、駅前であってもそれほどでもない。
だから余計に、目立つのだ。
男女のカップルなんてものは。
「真斗君っ!! 楽しみだね♪」
「ぬあっ!? ちょ、秋葉、む、胸が当たってる!!」
「ふふっ、真斗君のえっち」
ほとほと呆れる。うざいったらありゃしない。
なんでこんなの見なきゃなんねぇんだよ、休日に一人でいる俺への当て付けか。
というか、俺だって二、三日前まで彼女いたんだぞこらッ!!
などと、考えただけでも悲しくなってきたので俺は若干早歩きになりながらも行く。
だが、男の方。アイツとは、いずれまた何処かで会う、そんな気がするのだが……。
――歩くこと数分、目的の図書館へと到着。
「へぇ……こんなとこあったんだな……」
手動の扉を開いて中に入ると、カウンターがある。
司書さんが軽く礼をしてきたので俺もちょこんとだけ返し、奥へと進んでいく。
それは壮観とも言うべき光景だった。
当たり前の話だが、本が並んでいた。
この町には人口の低下もあって、大型書店なるものは存在していない。
ましてや学校の図書室なんかと比べ物になんてなるはずもない様な本達が数多あった。
「――へぇ」
と、間抜けな声をあげながら俺は本を端から見ていく。
聞いたこともないような著作や著名。学校の教科書に出る様な有名なものなど、様々な本がある。
こうして見ているだけでも面白い。
色々なタイトルや、凝った著名を見ているだけで楽しくなる。
千歳が此処に来たら喜ぶんだろうな、と不意に思った。
すると、俺の視界に入り込んできたのは、一人の少女だった。
光凛よりもやや年上。中学生ぐらいだろうか。
艶やかな黒髪を揺らしながら、少女は本を凝視している。
――いくらなんでも近すぎだろっ!?
そう、なにせ距離が目茶苦茶近い。眉間にシワを寄せて、目を細めている。
どうやら見えないのだろうか。
俺はふと、自分が眼鏡を持っている事に気づいた。
確か千歳の眼鏡には度が入っていたので、もしかしたら裸眼よりはマシかもしれない。
「なぁ君。これ、使ってみたらどう?」
いきなり声を掛けられ、びくっとする少女。
ヤバイ、冷静に考えれば知らない男の人に声掛けられるなんて中学生にしたら何の罰ゲームだよっ!?
「あ、えと……その。な、何か用、ですか?」
もろに警戒心丸出しで少女は後退る。
一歩、二歩、三歩。本棚の間隔が狭く、少女がぶつかってしまった。
――あぶないッ!!
瞬間、頭上から落ちてくる本。よりにもよって全集や辞典ばかりだ。
しかしそれを省みず、俺は少女に覆い被さる。
――あれ、これって……
不意に、俺は既知感に襲われた。以前にもこうゆうことなかったっけ?
そんな思考を断ち切るように本の雨が降り注ぐ。あがっぶべっと変な声を漏らしながら何とか耐えきると、俺は少女の様子を確認した。
「おい、大丈夫……か!?」
俺は目を剥いた。今のこの状況、とにかくまずい!!
なんと、俺の右手が彼女の胸をガッチリ掴んでいるのだ。未発達ながら、形のいい張りのある見事な――ってそうじゃねぇッ!!
俺は慌てて飛び退いた。少女に土下座の姿勢を取りつつ、無かったことにならないかなぁと淡い希望を抱く。
「ん……ふ」
少女が気付いた。起き上がり、スカートの裾を払う。
俺はゆっくり顔をあげながら少女の顔を伺うと、
「ねぇ……お兄さん」
少女は俺に話し掛けてきた。
「な、なんだ?」
俺はここまでか、と観念しつつ体の震えを大きくする。
「……本、拾って。本が可哀想だよ……」
少女の申し出は意外なモノだった。
そう、意外どころの話じゃない。自分よりも本を優先するその姿はどっかの誰かのようだ。
そこで瀬戸がどうして俺を此処に越させたかったのか分かった。
俺は立ち上がると、
「良いよ。そのかわり、お薦めの本教えてくれない?」
眼鏡を差し出しながら言った。
少女は、
「うんっ!!」
満面の笑顔の花を咲かせた。
これで終わりです。ありがとうございました。




