表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/22

十七話  織田卓磨

 それは、俺に対する明智の不満や屈折した感情。

 それまで、俺達が共に過ごしてきた時間の中で、変わらないと安心しきっていた友情が崩れた瞬間だった。

 

 ――『鮮剣』。

 俺からすればこの忌まわしき呼び名も、明智からすれば憧憬の対象だったようだ。

 自身の夢を託すに値すると認めた、俺――織田卓磨に対する賞賛の意味での名。

 深い意味で、この名について考えたことなど俺は一度もなかった。

 そう呼ばれる事に違和感はあっても、貶されている訳ではなかったから、いつしか考える事をやめていたのだ。

 

 だが、こうして明智の本心を聞き、至る。

 その重さ、託されていた思い。

 そして――夢。

 

 最も俺という人物にして相応しくない事こそがこれだろう。

 追い求め、そこに至るために努力する、人の生きる糧のようなものである夢、けれど俺には最も縁遠い言葉。

 変わらないことを望む俺が、今の状況を変えてまで望むような事など無い。だからこそ、俺は夢を見ない。

 

 誰よりも、このくそったれな残酷な現実を知っているから。

 だが今、俺はこうして夢を掴もうとしている。

 光凛の命を助けるという、まさしく夢物語の様な話を。

 願いを叶えるゲーム、それに参加してまで得ようとする俺の姿は、確かに明智の言う通り、矛盾の塊だ。

 

 現実を誰よりも受け止めていた俺だからこそ、明智は俺に夢を託したのだ。

 けれどそれは、俺の起こした事件により永遠に叶わない所まで行ってしまった。

 他の部員たちも同様なのだろう。だからこそ俺の名は、地に落ちた。

 羽をもがれた鳥のように、醜く這いつくばる事しか出来ない俺に失望したのだ。

 だがそれは……


「勝手だな……」

「何……?」

 

 明智が眉を立てる。手に握る大太刀が震えている。

 俺は未だに幻痛を訴え続ける肩に手を添えながら、


「勝手だって言ったんだよッ!!」


 それは間違っている事だと、言わずにはいられなかった。


「何が夢を託しただ? 笑わせんじゃねぇよ。テメェで勝手に諦めたくせして、他人に自分の姿を重ねるな。そのくせ、その夢が叶わないと知って勝手に失望? 都合の良い事言ってんじゃねぇッ!! テメェの夢だろうが!! 他人に頼ってんじゃねぇよ!!」

「お前に何が分かるッ!! 持たざる者は、誰かにすがる事しか出来ない奴は、夢を他人に託す事しか出来ないんだよッ!! お前には才能がある!! 天から授かった剣の才能が。……お前の剣は本当に綺麗だ。一目見た時から俺とは違うと思い知った。だからこそッ!! お前となら夢を見れるとそう思ったんだ!!」

「……夢は自分で叶えるモノだろうが」

「違う……それは持つ者だけが得られる特権だ。それが現実。お前の言う、どうにもならないくそったれな現実だろう?」

 

 半ば泣き笑いの様な顔で、明智は肩を竦めた。

 皮肉の様にそう言った明智はゆっくり息を吐き出した。


「なぁ……お前、なんでここにいるんだよ。お前みたいな奴が居て良い場所じゃないんだよここは。お前……何がしたいんだ?」

「明智、その言葉そっくりそのまま返すぜ。他人に夢を託したお前が、何故ここにいる? お前がそうまでして叶えたい願いは一体なんだ?」

 

 質問に質問を重ねる俺。両者お互いの問いに答えず睨み合ったまま。

 しかし、状況は動く。


「……織田、俺は勝たせて貰うぞ」

 

 それだけ言って、明智は太刀を構えた。

 そしてそのまま上段の構えを取った。

 瞬間、殺気が明智から迸る。

 先程よりも濃密で絡み付く殺気が、俺の全身を這う。

 動けばすかさず斬りかかる、そういった空気を纏う明智。

 

 ――ここからがアイツの本気だ。

 

 中学時代、アイツの構えはベーシックな中段だった。

 体格はさほど大きい選手ではなかった奴が、高校であれほどの体躯へと成長し、その流れであの構えを身に付けたのか。

 隙がない。これが剣道の試合であったのなら、小手や面は間違いなく致命傷にはならず、かといって、一見がら空きに見える胴を狙おうものなら、すかさず上段に構えられた剣が頭蓋を叩き割る。

 

 一撃必殺、そして一刀両断。

 それこそが、奴が身に付けた剣技。

 ただそれは、これが剣道であったならの話。

 

 これはゲーム。

 これは裏生徒会。

 多種多様、不可思議な能力が存在するこのゲームで、ただの単純な剣技はなんの意味も成さない。

 が、明智もそれは分かっているだろう。

 そして、明智の真価はあの大太刀だけであるはずもない。

 明智がこれから繰り出そうとしているのはただの剣撃ではない。

 ずばり、能力の行使だ。

 対して、俺は――。


「織田……お前に俺の剣は受けられない。その飴細工と同じように、お前のその幻想も、現実も、矜持も、何もかも、砕いてやるッ!!」

 

 そうだ。俺の能力は、飴細工で作られた刀を生み出すこと。

 まるで意味がない、相手を倒す力もないそういった欠陥品。

 俺の能力は俺自身だと明智は言った。

 変わらないことを望んでも、必ずそれは崩れてしまう。抗う事すら許されない、初めから決まっている、予定調和。

 

 ――それが俺、織田卓磨。

 

 だとしたら俺が今までしていた事は一体なんだというのか。

 すべて無駄で、必死に足掻いている様はただのピエロじゃないか。このくそったれな現実に翻弄される道化と一緒だ。

 そんな俺を形作った飴細工の刀。何も斬れず、崩壊が決定しているそれこそが俺。

 

 ……そんな事、認められる筈がねぇだろ。

 

 確かに上手くいった試しなんてない。あの時光凛の本当の声に気付いてやる事が出来なかったのも、俺が起こしてしまったあの事件も、その時その時に良かれと思って選んだ事が無駄だったなんて、そんな筈がない。

 俺が生きる道は誰かに決められた道じゃない。

 変わってしまう事が例え回避することが出来なくても、動いた故の結果ならば、その変わった世界すらも俺の生きる世界だ。

 だから――


「織田……受けろ、俺の剣ッ!!」

 

 と、俺の思考を遮る衝撃が、刹那に生まれた。

 それは雷。視認を許さぬ光速の波動。

 上段に掲げられた太刀が振り下ろされた瞬間、迸った紫電が周囲に拡散し弾け、俺めがけて飛んできた。

 

 いや――飛んできたの『だろう』。

 俺が確認出来たのは振り下ろされる瞬間だけ、実際に雷の軌道は目で追えていない。

 だが、こうして俺の全身を貫いた血が沸騰する程の熱源はまさしく雷の一閃。

 俺はその場に膝を着く。意識が断ち切られていくのが分かる。

 思考が遠退く。決意が揺らぐ。離れた明智の姿が霞んでいく。

 

 ――クソッ! 俺はまだなんにもしちゃいない。一太刀浴びせる事も出来ていないというのに、俺はここで寝るのか? 馬鹿を言えッ! ……掴まなきゃならないモノがあるのに、俺は寝ちゃいけねぇんだ。俺の全てを捨ててもそれを手に入れるのには、足りないっていうのか? 

 

 それは蝋燭が消える瞬間の炎の猛りか。俺の中で思考の波が連続する。

 だが、遠くから耳に届く明智の声。


「どうだ。これが俺の力。俺の能力――《雷仰斬(らいこうざん)》。俺が作り上げた剣撃だ」

 

 それが明智の能力の名。

 太刀から生み出された雷速の一閃。まさしく雷に打たれた様な衝撃だった。

 それを喰らって立っていられる俺は運が良い。確かに明智のあの一撃は全力だったのだから。

 そこで、俺はふと疑問を懐いた。

 

 ――だとしたら、俺は何故立っていられたのだ?

 

 運、とはいっても、そこには理由が存在しなければならないはずなのに、それが分からない。

 俺が電撃を受け、しかし立っている。いや……それどころか――


「ッ!? 織田……お前……!?」

 

 明智が目を見開く。自分の能力名を語った時とは違うあからさまな驚きの現れ。

 しかしそれこそが、俺の身に起きた現象の証明だ。

 

 そう、『俺の身体が明智の一撃を喰らう前の状態に戻っている』という現象の。

 痛みはあった。意識を断たれる感触はあった。しかし同時に、思考する事が出来た。

 つまりこれこそが、俺の――


「なるほど……そういう事か。それがお前の能力」

 

 明智も気付いた。俺と同じ考えに至ったのだ。

 だが、確証は持てていないらしい。明智は再び太刀を上段へと構えた。


「試してやる……もう一度見せてみろ織田……。次の一撃はマグレじゃ済まないぞ!!」

 

 太刀が紫電を発する。光が生まれ拡がっていく。

 それは先程よりも強い力の集合体。立ちはだかる者を消し去らんとする圧倒的忘却力。

 これを受ければ間違いなく負け。

 俺はこのゲームを去り、望みを断たれる。そして、リスクたる俺の大切なものがひとつ失われる事になる。

 そんな事は絶対にあってはならない。

 俺は無くす為にここにいるんじゃない。手に入れる為にここにいるのだ。

 マグレでもなんでも良い。もう一度奇跡を起こせ、欲しろ。

 俺が求めた力はなんだ? 俺が必要とするモノは一体なんだ?

 何が俺だ? 俺自身は一体なんだ?

 思い出せ。感じろ。捻り出せ。

 存在の全ての中から、可能性という名の種を拾え。

 俺は、織田卓磨は――、


「織田ああああああああああ!!」

 

 明智の叫びと共にそれは来た。

 雷仰斬。明智の能力が発動する。

 目まぐるしく飛び散る火花。雷の轟きは、明智の魂の輝きか。

 だがそれを俺は――受けてみせるッ!!


「うぉぉぉぉぉぉおおおおおッ――!!」

 

 再び宿れ。その手に宿せ。

 自分自身を刀という形に作り変えろ。

 力が応える。籠った意思が刃となり、たったひとつの言の葉を俺の心へ刻み込む。

 俺は静かにその名を呟いた。


「――《刀幻鏡(とうげんきょう)》」

 

 俺の能力(ちから)の名前を。

 

 ――刹那、生まれたのは刀。

 それは先程と同じ飴細工。力を込めれば簡単に壊れる諸刃の刃。

 だがそれは、


「これが俺だ、明智ぃぃぃいいいいいいいッ――!!」

 

 俺はその刃を床に叩き付けた。

 音を立て、崩れ落ちる刃。

 飛び散る破片、崩れる刀身。だがこれこそが、この力の発動条件。

 

 次の瞬間、雷が俺の身体を穿つ。

 再び疾るその雷の咆哮が俺の意識と身体を断ちに来る。

 今度こそ確信しているだろう明智。だが、この瞬間も俺の思考は確かに機能している。

 思考は途切れない。意識は断ちきれない。身体は穿たれない。

 全ては元の通りに戻る。時は戻らない。けれど俺は変わらない。

 俺の世界は――変わらない。


「やはりか……織田……お前のその力は……!」

 

 再び目を剥く明智。焦りと困惑が混じった表情で問い掛けてくる。

 俺は自分の身体が満足に動いている事を感じつつ、答える。


「そうだ。これが俺の、俺自身が形となった力。過程のみが過ぎ、結果は変わることなく、元へと回帰する。これが俺の《刀幻鏡》の持つ能力」

 

 既に起きた事象は消えず、結果だけが、事象の起きる前へと戻る。

 現実に抗い、変わらない事を望んだ俺が夢見るたったひとつの幻想。

 戻らぬ日々があるから、今が大切だと言えるから。俺はそれを無くしたくないと思うから、だから望む。変わるな、と。

 それが俺自身。織田卓磨が望む答え。


「明智……これが俺の世界だ……」

 

 今見せよう。織田卓磨の世界を。

 脆く、壊れる事が前提の刃の世界を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ